Foujita (小栗康平監督)

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このブログではこれまでにも何度か、画家 藤田 嗣治 (ふじた つぐはる 1886 - 1968) について触れる機会があった。私にとっては、日本と西洋の関係を考える上でも大変重要な画家であり、まあそれほど構えずとも、その繊細な作風に心惹かれると単純に言ってしまってもよいであろう。この映画は、その藤田が署名にも使った Foujita という名前の表記を題名にしており、文字通り藤田の人生の二つの側面を描く作品で、主演はオダギリ・ジョー、脚本・監督は小栗康平だ。まずは、本当の藤田の写真、そしてこの映画におけるオダギリ・ジョー演じる藤田の写真をご覧頂こう。
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小栗の作品と言えば、高校生の頃、現国の教師に、「今晩テレビで放送があるから是非見るように」と薦められて見たデビュー作「泥の河」しか知らない。暗い内容であったが、そのセピア色の静謐な画面では人間の営みのやるせなさが淡々と描かれており、「貧乏くさいなぁ」と思いつつ (笑)、なんとも心に残る映画であったことは間違いない。だが、その後の「伽倻子のために」「死の棘」「眠る男」「埋もれ木」は見る機会なく、彼の 6本目の作品である本作は、私が初めて劇場で見る小栗監督の映画であるのだ。30年以上経っても未だにはっきりと記憶している「泥の河」で見られた静謐さが、この映画においても全編を貫いていることが印象深い。冒頭の数ショットは動きのない風景 (パリの藤田のアトリエ) であるが、かつての小津映画すら想起させる画面の安定感と静けさ、そして何よりも、いるべきものがそこにいない神秘感を感じさせるのだ。そして約 2時間の全編のうち、前半は華やかな 1920年代パリ、後半は何もかもが戦争に巻き込まれている 1940年代の日本が舞台である (従ってオダギリ・ジョーの台詞の半分はフランス語だ)。中間部ではパリの喧騒や軍部の焦燥感が描かれるが、最後の部分ではタルコフスキーすら思わせる水の流れが現れ、戦争を浄化するような、やはり非常に静謐な画面に回帰して終わる。ここで描かれているのは藤田の画業の全貌ではなく、その評価についての説教じみた箇所もなければ、画家自身がが独白で胸中を吐露するシーンもない。従ってこれは決して藤田の伝記映画ではなく、藤田という芸術家に対する小栗監督のオマージュと呼ぶべきだろう。

とは言いながら、やはり藤田の芸術を愛する者にとっては、映画を見ながらやはり藤田という画家がいかなる人であったのか、またいかなる思いで絵を描き続けたのかということを考えてしまうのもまた、無理からぬことだろう。11月22日の記事で藤田の戦争画について採り上げたが、この映画においては、戦時中の彼の行動が淡々と描かれていて、物事を考えるヒントになる。ひとつのシーンで藤田とともに出て来る画家は宮本三郎。彼は山下奉文がシンガポールを占領したときに英国の司令官パーシヴァルと講和交渉をした際の絵で有名だ。
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この絵は戦争画として最も有名なものであるし、この映画の中でも、模範的な戦争画として軍部から称揚される。だが劇中の宮本と藤田たち自身は、一体戦争画として何を描くのべきなかについて、心の奥底では迷っている状況で描かれている。その時代の画家たちにとって、戦争画との関わりは様々だが、一見時流におもねていても、実際には持てる技術の発揮の場という思いが強かったのではなかろうか。ちなみにこの宮本三郎の作品だけを集めた小さな美術館が、世田谷美術館分館として東急九品仏駅近くに存在している。そこへ行くとこの画家のより本質的な特色を知ることができるので、戦争画のみで宮本をご存じの方には、一度行ってみることをお奨めする。あ、上記の戦争画は近代美術館の保管であり、その美術館には展示していないので念のため。

さて、前半のパリの喧騒とは異なり、この映画の後半は、ひたすら沈んだ色調だ。室内でもライティングをせずに撮影しているシーンがほとんどで、暗さに段々目が慣れていくような気がする。そして舞台は、藤田が疎開する日本の郊外になる。史実では疎開先は相模湖近くの藤野村だそうだが、この映画ではどこか架空の村のような印象だ。ラスト近く、切り通しにおける奇抜なライティングの変化などを使って、小栗は藤田を幻想の土地に踏み込ませる。そこは現実か夢かも分からない霞のかかった山の中で、キツネが人をばかすのである。海外での盛名も画家としての矜持も、また巧まずして身に着けた処世術も、そこではただ霞の中でどこかに消えて行ってしまう。そこでの藤田は、なんとも幸福そうなのである。
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音楽を担当している佐藤聰明 (さとう そうめい) は、昔アジアン・テイストのレコードなど聴いたことがあり、いわゆる現代音楽の作曲家としても、堅苦しい芸術然としたものでない、むしろサブカルチャー的な前衛音楽の作り手というイメージがある。この映画では、武満徹を思わせる静謐な弦の響きが見事だ。大概この種の映画では、音楽に関して東京コンサーツという団体がクレジットに出て来るものだが、今回もあたりだ。これは音楽マネジメント会社のようですな。

このように、なかなかに手の込んだ作りであり、芸術的雰囲気は大変よいのだが、強いて多少の違和感を挙げるとすると、実在の芸術家を採り上げる際には、何かもうひとつ、その芸術家の精神に肉薄する方が感銘が深まるのではないか。藤田の目は狂乱の 1920年代パリをエトランゼとしてどう見ていたのか。戦争の歯車に巻き込まれる 1940年代の日本を当事者としてどう感じていたのか。この映画はそれらの点において語ることがなく、あまありにもイマジネーションに頼り過ぎのようにも思われる。それから、前半のパリのシーンに出て来る女優たち。私が大変興味を持っていて、以前伝記まで読んだことのあるキキの役にしても、藤田の伴侶たちの役にしても、残念ながら輝くものを感じない。プログラムを調べると、それなりに実績のあるちゃんとした役者さんたちのようであるが、やはり言葉の壁があったのか、それぞれの役柄に求められる個性を感じることができない。後半に出て来る中谷 美紀が素晴らしい出来なので、その対照でよけいそのように感じたのかもしれないが。

最後に、これぞ藤田という作品をご紹介しよう。この映画の中に製作風景の出て来る「五人の裸婦」(1923)。東京国立近代美術館所蔵である。
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これは藤田がパリのクリュニー美術館にある有名な一角獣のタペストリーからヒントを得て、五感のそれぞれを表す女性たちを描いたもの。このタペストリーについては、この映画の中でも、それを鑑賞する藤田が描かれるし、このブログでも 6月21日の記事で触れている。興味深かったのは、映画の中で藤田は、モデルを前にしながら、手元では歌麿の浮世絵を見ながら筆を走らせていたことだ。彼がパリで大人気を博したのは、西洋にはなかったこの女性の白い肌の表現によるところが大きい。もちろん日本的なイメージとしての浮世絵に倣うという作戦はしたたかだと言えるが、その乳白色をいかに出したかという点は長らく謎であったらしい。ところが、やはり藤田の作品を多く所蔵する箱根のポーラ美術館に行った際に、その色の秘密についての解説展示を見ることができた。どうやら、ベビーパウダーを絵の具に混ぜていたらしいのだ。さーすが、女性の美を追求する高級化粧品会社の美術館の展示であると感心したものだ (笑)。決定的な証拠は、あの偉大な写真家、土門 拳が撮った藤田の製作現場の写真に写っていたことらしいので、この藤田という人、自分の企業秘密に関して、神経質に見えて意外と大らかだったのかもしれない。まだまだ知らない藤田の顔が沢山あるので、この映画は映画として評価しつつも、藤田の絵画作品は絵画作品として坦懐に見ることで、自分なりの理解を深めたいと思う。

Commented by 杜のフジタファン at 2015-12-23 00:02 x
私も観てきました。
フジタの伴侶たちは、この映画においては、傍論なのでしょう。どの女性に対しても、結局は変わらないフジタの人物像こそが印象に残りました。
「アッツ島玉砕」の脇に立って、観覧者にお辞儀をするフジタのエピソードは、あちこちで目にしますが、映像で見せられて納得しました。
映画の後半の造りを、オダギリジョーは納得しているのでしょうか?監督の視線は分からないでもないのですが、あれではオダギリジョーでなくてもいいような気がしてなりません。

Commented by yokohama7474 at 2015-12-23 00:48
お、さすがフジタファンさん。興味深い感想をありがとうございます。伴侶に対して変わらないということは、よほど自分がしっかりしているか、他者に興味がないか、思いを表面に表さない人だったのでしょうね。オダギリジョーは、確か監督のなすがままに従ったという趣旨の発言をしていましたが、あの淡々とした作りは、確かに役者としての共感は難しいかもしれませんね。
by yokohama7474 | 2015-12-09 00:39 | 映画 | Comments(2)