黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝 国立西洋美術館

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この展覧会のポスターを見たとき、一体いかなる内容か分からなかった。宣伝文句の中には、「黄金を愛した権力者たちもこれだけの傑作は目にできなかった」とあり、なおさらハテナマークである。金細工など各地にあって、ポスターの写真を見ても、そんなに驚くような内容とは思えない。まあ、ツタンカーメンの黄金のマスクが来ているなら興味も沸くが、気をつけないとそれも実際にはチッコイものかもしれない。もう騙されないぞ!!

という堅い決意を持って入ってみたこの展覧会、結論から言ってしまえば、最初から最後まで驚きの連続とは言わないが、一部展示品にはビックリ仰天のものがあり、もし人生でこの機会を逃すと次回はなかなか難しいと思われる。それを見るだけでも大いに意味はある。展覧会の構成は、第 1章 : 世界最古の金、第 2章 : 古代ギリシャ、第 3章 : トラキア、第 4章 : エトルリアと古代ローマ。なるほど、第 1章はどこのことやら分からないが、展覧会の副題にある通り、「古代地中海世界の秘宝」ということのようだ。

人類にとって黄金とは、古代からの憧れの的。ギリシャ神話にも、触るものみな黄金に変えたミダス王の話や、ゼウスが黄金の雨に変身してわが物としたダナエ (この 2人を強引に結びつけたのが、以前の記事で採り上げたリヒャルト・シュトラウスのオペラ「ダナエの愛」だ)、また、アルゴー船に乗って金の羊毛を探しに行ったイアソンの話などがある。この展覧会はまず、そのようなギリシャ神話を描いた絵画や、ギリシャ時代の壺などから始まる。私の大好きなモローの「イアソン」が、はるばるオルセーから出品されている。
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ただ、ギリシャ神話関連の展示ならほかの機会にも見ることができる。第 1章の目玉は、人類史上最古の金細工だ。もちろん日本初公開だろう。
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1972年、ブルガリアの黒海沿岸のリゾート地、ヴァルナの建設現場で偶然発掘された約 300基の古代人の集団墓地のそこここから、多くの金製品が出土した。その年代は、驚くなかれ、今から 6,000年以上前なのだ!! このヴァルナで発掘された金は、同時代のエジプトやメソポタミアで発掘された金をかき集めたよりも遥かに多い量だという。このヴァルナという場所、私は以前ブルガリア人と仕事をしたときに、相手の会社の社長が、平日は首都ソフィアで暮らしていて、週末になるとヴァルナの別荘でのんびりするのだという話を聞いたことがあるので、たまたま名前は知っている。だが、ほとんどの日本人にとっては、聞いたこともない場所であろう。一体どこにあるのだろう。以下の地図で、黒海の西岸、黒い星印のあたりだ。
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よく、黒海は大きな湖ではないのかという疑問が呈されるが、地中海とつながっている海である。だがギリシャから黒海に辿り着くには、ボスポラス海峡の手前にあるダーダネルス海峡という狭い箇所を通り抜ける必要があり、相当な難所であったらしい。ところが一旦黒海に出てしまうと、そこには広く静かな海が広がっているのだ。つまり古代ギリシャ人にとっては、豊富な金を持つ黒海地域は、あたかも金の羊毛を求めたイアソンが艱難辛苦を超えて辿り着く楽園のようなイメージであったのかもしれない。すなわち、アルゴー船の冒険譚は、大昔から存在したヴァルナの黄金伝説を追い求める物語であったのではないか。と、ここで脱線するが、アルゴー船と言えば黙ってはいられない。あのクレイメーション (粘土を使って怪物のミニチュアを動かす特撮の一種) の巨匠、レイ・ハレーハウゼンの「アルゴ探検隊の大冒険」(1963) という映画だ。昔からよくテレビでも放送していたのでご存じかもしれぬが、こんなレトロな感じ。イアソンの向かう先は、ヴァルナなのだろうか。あ、もちろん、ベン・アフレックの映画「アルゴ」の題名も、この神話に由来するのであろう。
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というわけで、人類最古の金の加工品だが、もちろんその作りは非常に単純であり、上の写真で分かる通り、大きなものは少ない。だが、額のあたりに金製品が乗っており、腕輪やネックレスもあり、また、右手は石の斧を握っている。6,000年前ですよ。すごいことだ。

さて、第 2章は古代ギリシャだが、正直、ここは早足で通り過ぎてもよいと思う。展示物が細かいのだ。もちろんよく見ると素晴らしい細工である。例えばこれなど、紀元前475年から450年という時代の耳飾り。まあ確かにすごい。早足はもったいない (笑)。
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この展覧会の真の驚きは、第 3章、トラキアだ。トラキアとは古代民族の名で、現在の場所はまたしてもブルガリア。今回来日したのは、同国の至宝、ヴァルチトラン遺宝とパナギュリシュテ遺宝の 2つだ。まずヴァルチトラン遺宝だが、その発見には興味深いエピソードがある。1924年のある日、ぶどう畑で働いていた兄弟が偶然に複数の蓋付容器 (汚れていて真鍮製に見えた) を掘り出した。すわ、お宝発見かと、農夫たちとともに中を改めたが、容器はいずれも空であり、「なーんだ、ただの真鍮の容器か」とがっかりした兄弟のひとりは、発掘された中の大きなボウルは取っ手がついていて便利であったので、豚の飼い葉桶として利用することにした。ところが、腹をすかせた豚がボウルを舐めまわした結果、23金の輝きが現れたのだ!! その価値が分かったことで関係者間の争いが始まり、一部は切り刻まれてしまったらしい。警察と博物館が仲裁に入り、なんとか 13点、総重量 12.425 kg の遺宝を守ることができたとのこと。この写真がそうだが、合金成分は金 88.15%、銀 9.7%、銅 1.74%、鉄 0.4%。素朴ながら、どっしりとした見事な存在感だ。
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制作年代については諸説あるようだが、紀元前 14世紀後半から 13世紀初頭という説が有力とのこと。気が遠くなる。
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さて、もうひとつのトラキアの黄金は、さらにすごい。パナギュリシュテ遺宝。これは 1949年、やはり地元の兄弟によって偶然発見されたものだ。この豪華絢爛さはどうだ。上で見たヴァルチトラン遺宝からは 1,000年くらい降ると言われて、なんだよそんなに最近なのかと思って冷静に考えてみると、紀元前 4世紀から 3世紀だ。いやメチャメチャ古いだろ、それ (笑)。
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私は、通常なら黄金とか宝石には特に心惹かれることもないのだが、これは別格だ。8点のリュトン (角杯) と 1点のフィアレ (皿) という合計 9点からなっており、饗宴で酒食を楽しむための食器セットなのである。ガラスケースの回りを一周し、息でガラスが曇るほど近くで、貼りつかんばかりにマジマジと眺め入ったが、2,300年も 2,400年も前にこんなものを作ったのはどんな人たちかと思うと、またしても気が遠くなった。このクオリティは、近代ヨーロッパの作品に全く劣っていない。これはアンフォラ (よくワインなどを入れて保管するようなとんがった形の容器) 形リュトン。取っ手にはケンタウロス、胴体には古代ギリシャ神話の「テーバイ攻めの七将」が浮き彫りされている。ギリシャ神話を題材にして近世や近代に作られた容器はあっても、この場合には神話が作られたその時代のものだと考えると、なんとも不思議な気がする。つまり、ケンタウロスがこんな格好だったとは、後世の人間の創作ではなく、ケンタウロスは古代ギリシャ時代からケンタウロスだったのである。
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そしてこれがまたすごい。フィアレと呼ばれる皿だが、ここに表されているのは、黒人の顔だ。コップに顔があってもいいじゃないかと言ったのは岡本太郎だが、金の皿に黒人の顔があってもいいじゃないかと言った人はいないと思う。かなりリアルに作られているので、実際のモデルを見て製作されたのであろうか。しかも、同心円状に 3重になっている (その内側はどんぐり)。でもなんでこんなに黒人の顔を並べたのか。納得の行く説明を聞くまでは死ねない。
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これは女神をかたどったリュトン。女神アテナであり、頭の上にはスフィンクスが乗っている。この見事な造形美には心底驚かされる。
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そしてこれは、鹿をかたどったリュトン。ワインを飲むためのものだそうである。まあそれにしても、実用性の高いリュトンをわざわざ高級な金で作り、しかもその形を鹿の顔にするとは、一体誰が考えたのか。ただ飲むだけなら、コップ形でよいではないか。2,000年以上前にこのような究極の遊び心を持っていたトラキアの人たちに果てしない興味を覚える。
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そして最後の第 4章は、エトルリアと古代ローマ。ここではトラキアのコーナーほど驚くものはないが、それでもユニークな金細工があれこれ展示されている。例えばこれは、動物模様のある留め金。紀元前 7世紀第 1四半期の作。ちょっと分かりにくいが、架空の動物キマイラやセイレン、スフィンクスと、ライオンや馬といった動物が、合計で 131体配されているとのこと。副葬品で、遺骨の頭部近くで出土した外套の留め金と考えられている。紀元前 7世紀ですよ。おそるべし。エトルリア人は死後の世界を重視して、高度な技術を要する金細工を惜しみなく墓に入れたらしい。
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これは、裸体女性像が表された飾り板。紀元前 650年頃のものだそうだ。ベルトの装飾品と考えられていて、この女性たちは、実は玉座に座っているところだという。こんな時代に人の姿をこのように表すのは面白い。
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この展覧会、細かい金細工をじっくり見るとかなり時間がかかってしまう。もし行かれる方は (因みに、東京のあと、仙台と名古屋を巡回)、トラキアのコーナーに辿り着く前に消耗しないようにご留意されたい。本当に今回を逃したら、ブルガリアに出掛けて行かない限り、次はいつ見ることができるか分からない。古代の黄金への欲望に表された古代地中海世界の豊かな文明に触れ、気持ちだけでもリッチになる機会というのも悪くない。

by yokohama7474 | 2015-12-12 01:18 | 美術・旅行 | Comments(0)
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