シャルル・デュトワ指揮 NHK 交響楽団 2015年12月12日 NHK ホール

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N 響の名誉音楽監督のデュトワは、今年も 12月に来日して、3種類の定期演奏会を指揮した。そのうちのオペラ「サロメ」は既に採り上げたが、この日演奏したのはこれまた大作、マーラーの交響曲第 3番ニ短調だ。以前にも書いた通り、この曲は演奏に 100分を要する桁違いの長さの交響曲で、以前はギネス・ブックにも載っていた。そんな大作を実際に聴く機会はどのくらいあるのだろうか。統計があるわけではないが、私の経験から独断に基づいて申し上げると、世界の主要都市、ニューヨークやロンドンやパリや、そこに北京やシンガポールや香港を加えてもよいが、どの都市でもどんなに多くてもせいぜい年に 1回か、かなりの確率で数年に 1回であろう。この曲は長いだけではなく、アルト独唱、女声合唱に、児童合唱まで必要で、しかもその声楽陣の出番は、全曲の 1/10 くらいだろう。なんと不経済な。そうそう演奏できる曲ではないのだ。ところが。ところがである。今年の東京では、私が聴いただけでも在京のオケがこの曲を演奏するのは 4回目だ。まず、2月の山田和樹指揮日本フィル (この演奏はこのブログを始める前なので記事を書いていない)、6月のテミルカーノフ指揮読売日本響、9月のノット指揮東京響、そして今回のデュトワ指揮 NHK 響だ。こんな都市、世界中を探してもほかにあるだろうか。しかも、どの演奏会も満員だ。おそるべし東京。

デュトワのレパートリーの中でマーラーは、決して重い比重を占めているわけではない。だが、その華やかなオーケストラの能力の最大限の活用は、デュトワの持ち味にかなり合うのではないか。特に、世界苦を背負って絶叫するような後期の作品ではない、この 3番なぞ、かなり彼には適性がありそうだ。今回のアルト歌手はドイツ人のビルギット・レンメルト。
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世界的に活躍しているようだが、調べてみると、私が経験した演奏としては、2011年に新国立劇場で上演されたドヴォルザークの「ルサルカ」の魔法使いの役がある。ラトルとウィーン・フィルのベートーヴェン 9番の録音でもソリストを務めている。また合唱は、女声が東京音楽大学、児童合唱が NHK 東京児童合唱団だ。歌手・合唱団は全員暗譜での演奏。そのあたりも東京らしい執着ぶりだ。

演奏は、期待にたがわぬ充実したものになった。いかにマーラーが日本でよく演奏されると言っても、この長い曲を終始緊張感を持って演奏するのは並大抵のことではないはず。デュトワの指揮は、「サロメ」の記事でも書いた通り、纏綿と歌うところもないし、クライマックスでテンポを落として大見得を切るところもない。楽譜が着実に音になって行くという感じだ。それが物足りないと言う人はいるかもしれない。だが、これだけあれこれのレパートリーをこれだけの安定感で指揮できる人もそうは多くないと思う。この指揮者は本当に音楽の道程がよく分かっている人だなといつも感心するのだ。今回興味深かったのは、終楽章 (第 6楽章) を、指揮棒を持たずに素手で指揮したこと。デュトワの演奏会には随分来ているが、指揮棒を持たない姿は思い出せない。これはやはり、オケから柔らかい歌を引き出そうということであろうが、このなんとも美しい楽章の、特に大詰めに向けての波のような盛り上がりを巧まずして演出していた。それからこの曲の最後では、2対のティンパニが堂々と鳴って、あたかも巨人の歩みのように巨大な響きを沸き起こすのであるが、この最後の最後の大詰めで、2対のティンパニがほんのわずかでもずれてしまうと、画竜点睛を欠くということになってしまうので、いつもハラハラするのであるが、今日は面白いものを目にした。第 1ティンパニ奏者は指揮者を見て叩き、第 2ティンパニ奏者は指揮者でなく、第 1ティンパニ奏者を見ながら叩くのだ。つまり、2人のティンパニ奏者がそれぞれ指揮者を見てしまうと、ごくわずか呼吸が合わない可能性があるところ、この方法なら、合わせることの難易度がぐっと減るからだ。おかげで、ラストの盛り上がりは大変よくまとまり、かつ感動的なものとなった。

このデュトワという指揮者、大変な巧者であるがゆえに、音作りでも非常に現実的な方法を取るように思われる。上記のティンパニの例が指揮者の指示なのか否か分からぬが、その可能性は高いだろう。また、通常は切れ目なしに演奏されることでこの曲の奥行きを増すことになる第 3楽章以下も、今回は数秒ずつの切れ目があった。特に、第 5楽章の「ビム・バム」の合唱の余韻が残っている間に、あの無限の感情を湛えた安らかな第 6楽章に移る際の微妙な呼吸は、この曲の醍醐味のひとつだが、デュトワは第 5楽章が終わると合唱団を座らせ、それから第 6楽章を始めたのである。さすがに東京の聴衆はこの曲をよく知っているのであろう、そのような楽章間で咳をする人は少なかったが、もしゴホゴホ咳をされれば、指揮者のコントロール外で危うく音楽の流れが痛むところだったかもしれない。でも、これがデュトワの実務的な手腕なのであろう。気を取り直して (?) 始めた終楽章は、感傷的ではないが、充分抒情的であったのだ。このデュトワが東京のクラシック音楽シーンを面白くしてくれていることは論を俟たない。来年も 12月に N 響の指揮台に登場するが、未だ曲目は発表されていない。来年も楽しみにしていますよ。

ところで、マーラー (1860 - 1911) がこの交響曲を作曲したのは 1895 - 96年の頃。ザルツブルク近郊のアッター湖の作曲小屋で、夏休みを使って集中的に作曲した。シーズン中は指揮者として忙しかったからだ。この写真は 1892年のものなので、近い頃の肖像だ。当時まだ 32歳。ほぅ、そんなに若くは見えませんがね。
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私の世代は、若い頃に一流のマーラー演奏を、東京に居ながらにして生であれこれ聴けた幸福な世代。もちろん、先に見た通り、今でも東京は巨大マーラー消費市場であるが、そのような状態への礎を築いたのが、やはりバブル期の熱狂的なマーラーブームであったと思う。今、2015年になって、もはやマーラーは特別な作曲家ではなく、東京のオケなら弾きこなす必要のあるメジャーな存在だ。そうであればこそ、最高の音質を最高のホールで聴くことこそが、東京の音楽ファンの願いであり、当然の大前提だ。今日のような熱演こそ、NHK ホールという巨大な体育館では、本当にもったいない。早く N 響を素晴らしい残響の中で日常的に聴ける日が来ることを切望します。同じことを何度も言っているとお叱りを受けるかもしれないが、このブログの記事はすべて、私の率直な思いをぶつけているので、今後も同じことを言い続けると思います。

by yokohama7474 | 2015-12-13 00:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)