マルク・ミンコフスキ指揮 東京都交響楽団 2015年12月15日 サントリーホール

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全く参った。東京は一体どういう街なのだ。東京都交響楽団、通称都響のプログラムは、このブログでもいくつかご紹介して来たように、最近とみにマニアックなのであるが、その中でも相当にマニアックな内容のコンサートがほぼ満席、しかも、在京のオケで起こる頻度は非常に低いと思われる、楽団員が引き上げたあとも拍手が鳴りやまずに指揮者だけが再登場するという事態 (朝比奈隆の晩年以降、本当にどのくらいあることだろうか) が発生するという、この日のコンサートであった。一体どのような内容であったのか。

まず、指揮者は上にある通り、マルク・ミンコフスキ。この名前はそこそこのクラシック音楽ファンなら知っている名前であろう。フランスのルーヴル宮音楽隊という楽団を率いて、古楽器でバロックや古典派を録音している指揮者である。日本でもレコード・アカデミー賞 (私は正直、全然興味ないのであるが) を何度か受賞しているので、それなりの知名度であるはず。都響には去年の夏一度客演していて、オール・ビゼー・プログラムを指揮して大変素晴らしかった。今回が二度目の共演であるが、さて、曲目は一体何だろう。

 ルーセル : バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」作品43 第1組曲・第2組曲
 ブルックナー : 交響曲第 0番ニ短調

なぬ?! 上述の通り、ミンコフスキは日本では古楽の演奏家として名を上げた人。それなのに今回は、フランス近代音楽とオーストリアの後期ロマン派の、しかもどちらも決して演奏頻度が高いとは言えない曲だ。いやいや、一緒に食べたら消化不良を起こすような組み合わせではないか (笑)。しかし。しかしである。マニアックとはいえ、これこそ聴くに値する素晴らしい演奏会だ。というのも、このような曲目では演奏の質が大きく問われるからだ。

アルベール・ルーセル (1869 - 1937) はフランス近代を代表する作曲家のひとりだが、知られている作品はそれほど多くない。以前このブログでも、ステファヌ・ドゥヌーヴ指揮 NHK 交響楽団が演奏した彼の 3番の交響曲を採り上げたが、多分それが彼の最も有名な曲。そして、それに次いで 2曲のバレエ曲、すなわち、この「バッカスとアリアーヌ」と「蜘蛛の饗宴」が比較的有名だ。しかし、前者は演奏される場合もほとんどが第 2組曲で、今回のように第 1組曲が演奏されるのは珍しい。この第 2組曲、フランス人指揮者ならほとんどがレパートリーに持っている曲で、代表はなんと言ってもシャルル・ミュンシュだが、ジャン・マルティノンとかジャン・フルネも得意としていたし、珍しいところでは、ベルギーの往年の巨匠、アンドレ・古い箪笥、いやクリュイタンスがこの曲の大詰めを鬼気迫る表情で指揮している映像もある。また、高齢のせいか最近活動を聴かなくなってしまったフランスの名指揮者、セルジュ・ボドが読売日本響を指揮した白熱の熱演では、隣に座っていた若い男性が反対隣の彼女に、「スゲー!! 人生変わった!!」と興奮して話しかけているのを目撃した。今思い立って、「日本の交響楽団 1927 - 1981」という演奏記録を引っ張り出して見てみると、記録にある 1927年以降で初めてこの曲が日本のオケによって演奏されたのは、1961年の日フィルで、指揮はなんとなんと、あの作曲家ブルーノ・マデルナだ・それに続き、同じ日フィルで翌年にはあの悪魔的巨匠、ミュンシュが演奏している。だがこの記録でも、第 1組曲の演奏記録は 1981年までは皆無である。

というわけで、今回のルーセルであるが、ミンコフスキは指揮台に登壇すると、振り返りざま、すぐに演奏を始めた。この人、気持ちを作ると非常にストレートに音楽にのめり込むタイプで、前回のビゼーもそのような名演であったが、今回の都響は、そのミンコフスキの厳しい要求に楽々応えて行く。実はこの曲、第 1組曲と第 2組曲を合わせてバレエ音楽の全曲なのであるが、とにかく最初から最後まで指揮者はせわしなく動き回らなければならない忙しい曲なのだ。この指揮者、このようなずんぐりむっくりな体型だが、その身体能力の高いこと。相変わらず芯のしっかりした都響の響きを縦横に捌いて、見事の一言。ここで彼は、古楽演奏にとどまらない、フランス指揮者としての出自を明らかにした。私がふるいつきたいくらい好きな終結部の盛り上がりも、まあ人生が変わるほどではなかったにせよ、実に颯爽と駆け抜けた。
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さて、後半のブルックナーである。この作曲家はもちろん数々の荘厳な大作交響曲で知られているが、番号つきの交響曲は、未完を含めて 9曲だ。ところが今回演奏されたのは、「0番」である。よくご存じない方は驚かれるであろう。だって普通、作品を作ったら 1番から始めますよね! (笑)。実はこの曲、順番としては第 1交響曲の後 (1869年) に作曲されたが、どうやら気に入らなかったようで、楽譜は (自筆譜表紙に「交響曲第 2番」と書いていたにもかかわらず) 完成後も放置され、その次に書かれた交響曲に 2番のナンバリングをしてしまった。ところが晩年になって作曲者はこの楽譜を引っ張り出して来て、手書きの「第 2番」を消して「無効」と書き換えた。そして、「0番 (ドイツ語で Nullte = ヌルテ) 」として生地リンツの博物館に寄贈したという。尚、ブルックナーには 1番より前にもう 1曲習作の交響曲があり、それは「00番」と呼ばれる。野球選手の背番号ではないが、覚えやすいとは言えますな。この0番、しかしながら、作曲者が破棄せずに博物館に楽譜を寄贈したということは、やはり愛着があったのではないか。それは聴いてみれば明らかだ。初期の作とはいえ、ブルックナー以外の何物でもない音楽だからだ。録音もそれなりに沢山あり、ブルックナーの権威朝比奈隆、日本で実演も披露したスクロヴァチェフスキや、その他メジャーな指揮者では、ショルティ、マゼール、インバル、シャイーらが録音している。

今回のミンコフスキの演奏は驚くべき水準であり、曲の再評価を促すようなものになった。ヴァイオリンを対抗配置 (向かって左に第 1ヴァイオリン、向かって右に第 2ヴァイオリン) にしていたのだが、この曲にはその配置が大きな効果を発揮した。冒頭すぐに旋律を弾くのは第 2ヴァイオリンだけ。それがとにかく、強くて艶のある、いい音だ。そしてそれを受けて第 1ヴァイオリンが演奏する際には、分奏、つまり半分ずつ違う音形を弾くのである。もちろんその第 1、第 2ヴァイオリンの間にヴィオラとチェロがいて、右奥にはコントラバスがいる。指揮者はその弦楽器群に対して大きく弧を描く身振りで、壮麗な音を弾き出していた。あたかも後年のブルックナーの交響曲で音の大伽藍が立ち現われる前、ロマネスクの聖堂というと語弊があるが、豪快というよりはきめ細かい、しかし絶妙のハーモニーを作り出す音の建造物という印象だ。以前、ハーディングの指揮するブルックナー 7番の感想で、その曲は弦楽器があたかも滔々と流れる川で、そこに管楽器が浮かぶようだと書いたが、この 0番は全く違う印象で、弦楽器同士は鋭い音形で絡み合い、木管が活躍しだすと弦が黙ってしまう箇所もある。でもそれが非常に新鮮に響き、ブルックナーの創作の原点を考えさせる結果となったのである。ミンコフスキは楽章の間でも指揮棒を構えたままで、曲の推進力を重視していた。全曲が終了したときに彼は譜面台からスコアを採り上げ、抱きしめながら、「これこれ」と指差した。「あまりなじみがなかったかもしれないけど、素晴らしい音楽でしょ!」という意味であったろう。そして指揮台から下りると、コンサートマスターの矢部達哉をハグして両頬にキスだ。それからカーテンコールの間、終始嬉しそうで、楽団員からの拍手を受けて再び指揮台に登ったときに出た聴衆からのブラヴォーの声に、自分の右耳を差して、次に右手親指をグッと突き出したのだ。「ブラヴォー、聞こえましたよ。アンタ、分かってるね!」という意味だと解釈した。そして、冒頭に記した通り、楽団員が引き上げても拍手は鳴りやまず、指揮者ひとりを再度ステージに呼び戻したのである。

そんなすごい演奏であったのだが、このミンコフスキ、誰かに似ていないか。そう、ほかでもないブルックナーだ。この肖像画は上の写真と角度が似ているので、分かりやすいだろう。古楽の専門家と思っていた指揮者は、実は現代のブルックナーであったのだ!!
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というわけで、今回も都響の演奏に圧倒されたわけだが、このオケは今年創立 50周年。ということは、私と同い年ではないか。近い将来、記事に書くことになる見込みがあるのだが、考えてみれば、私が初めて聴いた生のオーケストラは、実はこの都響であったのだ。今回の会場であるサントリーホールには、このような自立式ポスターが展示されていた。素晴らしい歴代の指揮者たち。存亡の危機を乗り越えて、今日の高度な演奏水準に辿り着いた道程を思うと、感慨しきりである。大野和士音楽監督のもと、さらなる飛躍を期待しております。東京の文化シーンを熱くするマニアックプログラム、大歓迎!!
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by yokohama7474 | 2015-12-16 00:33 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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