鼓童 ワン・アース・ツアー 混沌 (演出 : 坂東玉三郎) 2015年12月19日 文京シビックホール

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これは、むしろ演劇の範疇でご紹介すべきものかもしれないとも思い、あれこれ考えた挙句、やはり音楽としてご紹介することにする。佐渡に本拠を置いて世界的な活動を続ける和太鼓演奏集団の鼓童 (こどう) は、一般的にどの程度名が知られているのか分からないが、今回の公演が老若男女で満員 (結構な数の外人も含む) であったことから、私ごときがとやかく言うまでもなく、かなりの人気であることは明らかだ。今回、創立35周年を記念して行われている、「混沌」と題されたツアーは、なんとあの坂東玉三郎の演出である。実はこの玉三郎、2012年からこの鼓童の芸術監督を務めているのだ。いやいや、そうとは知りませんでした。ただの女形 (いや、それだけでも大変なものだが 笑) にとどまらない彼の幅広い芸術的才能が、こんなところで発揮されるとは、なんとも意義深いことである。

さて、この鼓童、私にとっては彼らだけの単独公演を聴くのは初めてだが、その生演奏ということなら、29年前に既に聴いていて、その後、主として日本の現代音楽との関連でメディアを通してその演奏に触れてきたのである。29年前の公演とは、これだ。
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ついこの間のような気がするが、1986年、サントリーホールのオープニングシリーズの一環として行われた、「小澤征爾と日本の作曲家たち」というコンサートで、石井眞木の「モノプリズム」に出演した彼らの演奏にびっくり仰天。和太鼓の凄まじい迫力と意外に多様性のある音に圧倒されたのである。この鼓童、その前身は「鬼太鼓座 (おんでこざ)」といい、創設者のひとり林 英哲 (確か毎日フルマラソンをしていると言っていた!!) は、時折クラシック音楽とも接点があり、例えば、小澤の 60歳記念演奏会では、そのオープニングで和太鼓をソロで叩いたし、ケント・ナガノ指揮するベルリン・フィルとも共演している。もちろん、今のメンバーの大半は、この 30年近く前の演奏会の頃は生まれていないであろう。そう思うと、このグループのユニークな活動が形を変えながらも継続・発展して来ていることは、誠にご同慶の至りであり、今回のように多くの聴衆を集められること自体、本当に素晴らしいことだと思う。今回のツアー日程は以下の通り、1ヶ月に亘って全国で行われ、ここ東京の文京シビックホールでの 5公演が締めくくりだ。
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どんな曲を演奏するのか。以下がプログラムに掲載されている曲目。玉三郎自身の作品もあり、ほかは主としてメンバーの作品だが、パフォーマンスは曲の区切りに関係なく続いて行くので、どの曲がなんという題名であるかは定かではなく、ただ舞台の推移を眺めていれば充分楽しめる。
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さて、鼓童はこれに先立つ近年の公演では、「伝説」「神秘」「永遠」というタイトルを冠してきたらしい。今回のタイトル「混沌」について、玉三郎の言葉を引用しよう。

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作品を創っていくうちに「混沌」という言葉には更に (注 : 無秩序とかはっきりしないということ以上に) 複雑な意味が有るということに気付きます。この世の中自体がどんなに整然となり、人間がどんなに進化し、どんなに文明の開けた時代を創りあげようとも、結局は結論のない「混沌」とした世界なのだとも考えられます。それを音楽の世界で皆様に感じていただくのはとても難しいことです。(中略) この世に有るあらゆる音が脈絡も無く交差し、いかにも形が整ったのではないか・・・と感じた途端に、また混沌とした所に行ってしまうような作品を・・・と考えました。(後略)

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ホールに入場する聴衆が上演開始前に舞台上に発見するのは、稽古場そのままの雑然とした状況で、一部の楽器にはシートがかけられているし、それ以外の楽器は袖にしまわれている。そこをメンバーたちがラフな格好であちこちうろついていて、スタッフと立ち話などしている。そのうちメンバーの一部が太鼓の紐を 2人一組で強く縛るなどして準備を整えだすと、自然とあちらでポン、こちらでトンと、音が響き始める。そうするうちに客席の照明が落ちて、徐々にそれぞれの楽器を持ったメンバーたちが舞台に登場し、気がつくと合奏になっているという趣向。なるほど、混沌の中から秩序が生まれるというイメージだ。この後も、笑いを取るシーンを含め、台詞こそないものの、奏者の演技が舞台の進行を作るという要素が見られたので、冒頭に書いた通り、演劇の範疇にすべきかと考えた。だが、それぞれの奏者が音を出しながら演技をするということは、少なくともそこに鳴る音なしには舞台は成り立たないのであるから、メンバー間の相互作用も含めて、この舞台の主役は音楽であると整理できるであろう。

数えてみると17名のメンバーが舞台にいて、あれこれの楽器を演奏するのであるが、その中に女性も 3名いる。彼女たちはこのようなパンクな恰好に着替えるシーンもあり、何をするかと思えば、ビニールでグルグル巻きにされたタイヤをボコボコ叩くのである。それが意外にも様々なニュアンスに変化するのが面白い。ちなみにこのタイヤ、全編を通してしょっちゅう舞台上を行ったり来たり、前後左右に転がることになる。
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基本的には太鼓の演奏集団であるので、大小様々な太鼓を演奏するが、笛や鈴も使われるし、中にはフルート 3本と中国の揚琴 (弦を叩いてノスタルジックな音を出す。ハンガリーのツィンバロンに類似。以下写真参照) で大変静かな叙情あふれるシーンもあった。さすがに太鼓をドコドコ叩くだけでは、休憩 20分を挟んで 2時間の上演時間はもたないし、逆にこれだけのバラエティを盛り込んでくれることで、聴衆が退屈することはまずないだろう。
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メンバーはいずれも素晴らしい腕を持っていて、このような合奏においても息がぴったりだし、演奏を聴いていてなんとも楽しくなるのだ。
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また後半の見せ場は、3人のメンバーがドラムを叩きまくるところだ。本来和太鼓とドラムは、同じ打楽器とはいっても撥の使い方が違い、今回のステージのためにプロのドラマーの特訓を受けたという。そのドラマーとは、あのロック・バンド、ブルーハーツでドラムを叩いていた梶原徹也という人。おー、25年間くらい一貫してカラオケで「TRAIN TRAIN」をがなりたてている私としては、なんというかその、ちょっと気恥ずかしい・・・ (笑)。
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そして最後は、ドラムと巨大な和太鼓の対決となる。これぞまさに鼓童。録音ではとても味わえない、腹の底に響いてくる生の太鼓の音に、なんとも言えない高揚感を覚える。
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このようにあれこれ工夫が凝らされた舞台であるが、最後は静かな中を数名の上半身裸のメンバーたちが客席に背中を向け、体をひねって虚空に字を書くような動作で公演は終わる。まさに混沌から生まれた秩序がまた混沌に返る瞬間。だが、その過程で一旦秩序が生まれたことは、確実に次の混沌を前の混沌とは違うものにしているのだ。なんとも余韻のある終わり方である。

以下は練習風景。玉三郎がいかにも嬉しげだし、厳しくも創意工夫に満ちた練習過程が偲ばれる。2枚目の写真で玉三郎と喋っているのが、ドラム監修の梶原徹也であろう。
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鼓童のこれからのスケジュールであるが、来年はヨーロッパ及び南米公演、その後 6月から 7月にかけて「混沌」の再演、そして 8月にはサントリーホールで 3夜連続公演だ。9月から12月にかけては、「螺旋」という新作上演。翌 2017年 2月には北米公演と、まさに世界をまたにかけた活動が続く。特にサントリーホール公演は、同ホールのオープン 30周年の記念行事の一環。30年の時を経て、あのホールでまた鼓童を聴けるのを楽しみにしよう。こうして世代を超えた技術伝承がなされているのであろう。

by yokohama7474 | 2015-12-20 18:03 | 音楽 (Live) | Comments(0)