第九 秋山和慶指揮 東京交響楽団 2015年12月29日

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12月の後半の東京のコンサートホールは、第九第九で埋め尽くされる。時折「メサイア」をクリスマスシーズンに演奏する団体もあるが、全体の中ではごくごく一部。とにかく第九一色の日本の年末である。ところが、年も押し詰まってさすがに 12月も 29日にもなると、ほとんどの団体は既に年末モードに入ってお休みであり、コンサート数は限られてくる。毎年そんなタイミングで、私の敬愛するマエストロ秋山 和慶 (あきやま かずよし) が、現在桂冠指揮者を務める東京交響楽団 (東響) で第九を採り上げる。いわば東京の年末の第九の真打ちと言ってよいだろう。そして毎年、タイトルは「第九と四季」。第九のほかにヴィヴァルディの「四季」から春と冬を演奏するのが通例だ。この東響は、例年通り、ほかの指揮者とも違う曲との組み合わせで第九を演奏するが、この秋山の指揮する演奏会は常に「第九と四季」なのだ。しかも、ポスターはいつもクリムト。今年は上にある通り、あの「アデーレ・ブロッホ・バウアーの肖像 I」である。そう、私が先だって記事を書いたあの映画の題材になっている、素晴らしい作品だ。

1941年生まれ、今年 74歳の秋山は、以前にも書いた通り、私が最も尊敬する日本の指揮者である。若い頃からの白髪頭で温厚な雰囲気であるゆえ、その音楽の内容を誤解している人も未だに多いかもしれない。だが、彼こそは、ロマン派の音楽を中心に素晴らしい表現力を発揮する稀代の名指揮者なのである。
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昨年の指揮者生活50周年を記念して出版した回想録、「ところで、今日指揮したのは?」は当然読んだが、このタイトルの意味はこうだ。聴衆が音楽に聴き入って、指揮者の個性が目立つよりも音楽そのものに感動し、さて、今日指揮したのは誰だったっけ、という感想を漏らすような演奏が理想ということ。秋山らしい含蓄のある言葉である。日本の地方オケや学生オケや吹奏楽団を頻繁に指揮し、また、いわゆる大指揮者がそもそも絶対やらないようなポピュラー名曲コンサートも厭うことがない。その一方で、仮借なく濃い内容のマーラーやシュトラウス、またシェーンベルクなどを演奏し、ラッヘンマンのような前衛作曲家の作品も、出来立てほやほやの日本の現代音楽作曲家の作品も、分け隔てなく演奏する。いわば、究極の「仕事を選ばない指揮者」。そんな彼が長年のこだわりを持って続けているこの「第九と四季」、どんな内容になったのか。

第九に先立つ四季の「春」と「冬」は、例年若いヴァイオリニストをソロストに迎え、秋山自身がチェンバロを弾いて演奏される。今年のソロは、現在慶応義塾大学 3年生の、毛利 文香 (もうり ふみか) である。今年パガニーニコンクールで 2位になったらしい。若々しい真面目さに好感を持てるが、超絶技巧でバリバリ弾くというよりは、穏やかな箇所の集中した歌い込みが印象的であった。
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さて、では今日も、独断と偏見の第九チェックシートから行こう。

・第九以外の演奏曲
  ヴィヴァルディ : ヴァイオリン協奏曲「四季」からホ長調「春」、ヘ短調「冬」
・コントラバス本数
  6本
・ヴァイオリン対抗配置
  なし
・譜面使用の有無
  指揮者 : あり
  独唱者 : ソプラノのみあり、ほかはなし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・第 2楽章提示部の反復
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間
・独唱者たちの位置
  合唱団の最前列中央 (オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

今年は5種類の第九を聴いたわけであるが、その中のどの 2つの演奏も、このチェックシートの全項目が一致するという事態は遂に発生しなかった。やはりこれらの項目において、それぞれの演奏の特色が如実に表れるわけである。

演奏は極めてオーソドックスなもの。定評ある秋山の卓越したテクニックと、長年のパートナーシップからその指揮を熟知している東響のコンビならではの、安心感のある音楽だ。テンポは揺らぐことなく一貫しており、情緒に流れすぎることもない。その一方で、第 3楽章である緩徐楽章には、万感の思いが込められているのだ。秋山自身は、上に書いた通り、「ところで、今日指揮したのは?」という演奏が理想と言っているが、彼自身の音が強く鳴る演奏も魅力的だ。今日の演奏はその意味では、指揮者の個性が鼻につくという点が全くないと言え、彼自身の理想とする演奏に近かったのではないかと思われる。ただしかし、年末にあれこれの第九を聴いて来た耳には、ずっしりした音の芯とか、思わず管楽器が足を踏み外すような疾走感という点では、若干の課題を残したようにも思われた。これから 80歳に向かって行く秋山の音楽が、凄みを増して行くことを期待したい。

さて、上のチェックシートで、この演奏独特のポイントがあるのに気付かれただろうか。独唱・合唱に関する部分だ。
 ソプラノ : エヴァ・メイ
 メゾ・ソプラノ : 清水 華澄
 テノール : 西村 悟
 バリトン : 妻屋 秀和
 合唱 : 東響コーラス

このうちメゾの清水は上岡 / 読響で、バリトンの妻屋はヤルヴィ / N 響で既に聴いている。歌手の皆さんにとっても年末は第九の大事な仕事だ。で、今回の独唱者の特色は、ソプラノだけが外人ということは猿でも分かるが、そのソプラノ歌手、エヴァ・メイは、合唱団・独唱者の中でたったひとり、譜面を見ながらの歌唱であったのだ。これは正直、奇異な感じに見えた。メイは世界のメジャーオペラハウスで活躍し、数々の名指揮者との協演実績のある、世界的なイタリア人歌手である。第九を暗譜で歌えないことなどありえない。
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彼女が今回譜面を見ながら歌った理由は分からないが、よくヨーロッパでは、宗教曲 (レクイエムを含むミサ曲やオラトリオの類) の歌詞は、神の言葉であるので、曲を覚えていても譜面を見て歌うのがルールであると耳にする。ところがこの第九という曲は、歌われるシラーの詩にキリスト教の精神が色濃く出ていることは事実ではあっても、宗教曲ではない。そうすると、ヨーロッパでの演奏では通常どのようになっているのか。突然無性に知りたくなり、手元にある海外で撮影された第九の映像をいくつか調べてみた。そうすると面白いことが分かったのであるが、合唱も独唱者も譜面を持って歌っている例がかなり多い (バーンスタイン、アバドや、最近紹介されたイヴァン・フィッシャーなど) 一方で、ティーレマンなど、全員暗譜という例も見られ、特に御大カラヤンは、1968年、1977年、1986年の演奏のいずれも (ライヴ感の乏しい映像で分かりにくいものの) が、合唱団も独唱者も暗譜なのである。そこで好奇心に駆られ、カラヤンの宗教曲の映像ではどうなっているか、少し見てみたところ、ブラームスのドイツ・レクイエムは譜面ありだが、ヴェルディのレクイエムは譜面なしで歌手たちは歌っている。ということは、別にどうでないといけないというルールはないのだろう。そんな中、面白いケースを発見。ヤッシャ・ホーレンシュタインという名指揮者がフランス国立放送管を指揮した第九の映像。1963年収録なのでちょっと古いが、これをご覧あれ。
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ソプラノとアルトは譜面を見ているが、男性歌手 2人は見ていない。だが、左から 2番目の歌手は明らかに譜面を持っていないが、どうやら左端の歌手は譜面を持ってはいるものの、固く握りしめて、開いてはいないようだ (笑)。そもそも、現代では左から右へ高音から低音に並ぶ、つまり、ソプラノ、アルト、テノール、バスという順番だが、これは左側が男だ。単純に左右が逆になっているのか、それとも違うのか。もちろんこの曲のほかの箇所を見れば判明するが、このショットが面白いので、あえてその点の確認はやめておこう。要するに、譜面を見ようが見まいが、いい歌を歌ってくれれば、それでよいのだ!!

それから、年の瀬なのでもうひとつネタをサービスしよう。上にマエストロ秋山のことを、「仕事を選ばない指揮者」と書いたが、それはもちろん、敬愛の意を込めた表現なのである。私の手元に、こんなアナログレコードがある。全然違う、「ヒットパレード」というジャケットに入っているが (笑)、どこかで中身が入れ違ったのだろう。盤面には「セレナードの花束」とあって、内容はセレナード特集であるようだが、恐らく 1960年代の古い録音だろう。マエストロの最初期の録音ではないだろうか。指揮者名の赤線は、私が画像を加工したもの。
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ところで今年も「第九と四季」は、恒例の、照明を落としキャンドルライトを振っての「蛍の光」合唱で終わったのであった。客席全体が一体になるような静かな感動を与えられる瞬間だ。だがその曲のオケの伴奏パートは、なんとも「ヒットパレード」的な編曲で、これぞまさに秋山の面目躍如。クラシック音楽に大衆性を付与する活動が、彼のキャリアの初期から継続してきたという一面はあるのだろう。これからも仕事を選ばず、是非ともその芸域をますます広げて行って頂きたいものだ。

by yokohama7474 | 2015-12-30 00:14 | 音楽 (Live) | Comments(1)
Commented by desire_san at 2016-01-09 09:46
新年おめでとうございます。
よき新春をお迎えのことと、お喜び申し上げます。
今年もたくさんの美しい美術。芸術を楽しみたいと思います。
新年にちなんで京都の舞妓さん、芸妓さんの写真をアップしました。
合わせてマーラーとブラームスの話題もアップしました。
ご笑覧いただければ幸いです。
本年もよろしくお願い申しあげます。
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