山田 和樹指揮 NHK 交響楽団 2016年 1月10日 NHK ホール

年明け、今月の N 響の定期には 2人の指揮者が登場する。3つの定期プログラムのうち 2つは、北オセチア出身のトゥガン・ソヒエフ (1977年生まれ)。そしてもう 1つは、山田和樹 (1979年生まれ) が指揮をする。ともに 30代で現在華々しく活躍を続けている俊英だ。もしかすると、クラシックをあまりご存じない方は、日本人指揮者が日本のオケを指揮するのは当たり前のことではないかと思われるかもしれないが、昨今の東京のオケの競争状況からは、なかなかそういうことにはならない。実際のところ、日本人指揮者で日本のオケの指揮台に登場する人は、まさに選ばれた人たちだけであるのだ。そんな中、若い世代を代表する山田は、既にスイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者であり、同じく首席客演指揮者を務めるモンテカルロ・フィルでは、今年音楽監督に就任するなど、既に欧州、特にフランス語圏で活躍の場を広げている。日本でも既に日フィルの正指揮者であるが、実は今回が N 響定期演奏会へのデビューなのである。
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曲目が面白い。
 ビゼー : 小組曲「こどもの遊び」作品22
 ドビュッシー (カプレ編) : バレエ音楽「おもちゃ箱」(語り : 松嶋菜々子)
 ストラヴィンスキー : バレエ音楽「ペトルーシュカ」1911年版

なるほど、フランス語圏での活躍について上で触れたが、これは完全にフランスプログラムだ (ストラヴィンスキーはロシア人だが、この曲はパリで書かれたもの)。加えて、子供や人形というテーマで一貫している。ところがさらに興味を惹くのは、山田が定期公演以外の N 響の演奏会にデビューしたのは 2012年 6月のオーチャードホール公演で、そのときは交響曲第 5番を含むオール・ベートーヴェン・プログラムであったのだ。しばらく前まで N 響といえばドイツ物というイメージがあり、今の首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィはその点を高く評価しているが、デュトワが音楽監督であった時代以降、このオケの柔軟性は大きく広がったわけであり、山田がまずドイツ物のど真ん中、ベートーヴェンのしかも 5番に続いてこのオケを指揮するのにフランス物を採り上げるとは、まさにオケのレパートリーの広さと真っ向勝負ということである。調べてみると山田は、2010年から 2012年までは N 響の副指揮者を務めていたらしいので、実はこのオケのことは充分知り尽くしているのであろう。

1曲目のビゼーの「こども遊び」は、あの「アルルの女」(1872) と「カルメン」(1873 - 74) の間に書かれた曲で、12分ほどの短い曲。もともとピアノ連弾用として書いた曲の 1部を、自分の子供が生まれた年に管弦楽に編曲したものらしい。大変かわいらしい曲ではあるのだが、「アルルの女」「カルメン」という天下の 2大超有名曲の前に影は薄く、私自身も中学生のときにバレンボイムのレコードで聴いて以来、この曲を知ってはいても、それほど面白いと思ったことはない。ところが今回の山田の演奏では、時として聴こえるビゼーの 2大超有名曲に近い響きに、若干驚いてしまった。いわば、それら超有名曲からドラマ性を若干緩くしたような曲なのだ。もちろん、ドラマ性のないビゼーなんてビゼーではないという見方もあろうが、少なくとも、若くして逝ってしまったこの天才作曲家のメンタリティの奥深さに気づかされるような、丁寧で透明感のある演奏であった。

2曲目のドビュッシーの「おもちゃ箱」も、決してポピュラーな曲ではない。ドビュッシーは娘のシュシュのためにいくつか曲を書いているが、これもそのひとつで、1913年にピアノ曲として作曲が開始された。ところが、パリでは 1913年に何が起こったか。そう、楽壇に衝撃を与えたディアギレフ率いるロシアバレエ団による、ストラヴィンスキーの「春の祭典」の初演 (指揮 : ピエール・モントゥー) だ。ところがその 2週間前、ドビュッシーも同じロシアバレエ団の公演、同じモントゥーの指揮で、バレエ「遊戯」を初演しているのだ (以前、デュトワが「パリ 1913年」と題する N 響の演奏会でこれらをともに採り上げたのを思い出す)。この「遊戯」、私はあまり面白い曲とは思わないのだが、ドビュッシーにとっては自信作であったところ、「春の祭典」の陰に隠れてさっぱり評価されず、「おもちゃ箱」の作曲もストップしてしまう。その後作曲を再開したものの、彼は 1918年に亡くなってしまうので、未完に終わったこの曲を、友人のアンドレ・カプレ (ポーの「赤き死の仮面」の音楽化で多少は歴史に名を残している) が補作して 1919年に初演された。ところで「遊戯」とか「おもちゃ箱」とか、何やら似たような題名だが、前者はテニスの試合と男女の恋の駆け引きを表し、後者は全く子供のおとぎ話なので、内容はかなり違います (笑)。この「おもちゃ箱」には語りが入り、それを今回は女優の松嶋菜々子が担当した。
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私は芸能通ではないので、彼女の最近の活動には明るくないが、まあ一般常識から言うと (?)、主演映画やドラマが目白押しということでもないようだ。ベテラン女優というと失礼かもしれないが、既に 2児の母でもあり、この作品のように子供に童話を読んで聞かせるような語りにはぴったりというところか。その立ち姿はすらりと美しく、さすがに女優さんである。但しこの作品の語りは、兵隊と人形と道化師が何をしたというような内容で、息詰まる場面や驚愕の場面があるわけではなく、ただ淡々と優しく語りをこなせばそれでよいので、まあ、特にこのような有名女優を起用せずともよかったかもしれない。山田の指揮は的確で、キビキビと音楽は進んで行ったが、いかんせん、正直なところあまり面白い曲でもないので、気が付いたら終わっていたような印象。

やはりこの日の期待は、メインの「ペトルーシュカ」だ。ストラヴィンスキーの 3大バレエの中でも最もきらびやかで楽しい曲だが、演奏は「春の祭典」よりも難しいとも言われている。俊英山田和樹の手腕の見せ所であろう。これは初演のときに主役を演じた伝説のダンサー、ニジンスキーと、作曲者のストラヴィンスキーの写真。
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山田の指揮は期待にたがわぬ鮮やかなもので、それに応じる N 響も、高い集中力を持って素晴らしい音色を聴かせてくれた。この指揮者の門出を祝うかのような貢献ぶりで、大団円に向けた箇所では、弦楽器群はまるでブラームスの交響曲を弾くかのように全身で演奏した。耳で聴いて分かるミスは金管に 2か所ほどあったが、この曲の場合、どんな世界一流のオケでもそのくらいはご愛敬。曲全体を通して輝かしさがあれば、少しくらいのミスは問題ないと言えるだろう。また、この曲で重要なパートを弾くピアニストは、プログラムに名前が記載されていないので、N 響所属の方のようだが、この前のドビュッシーでもこのストラヴィンスキーでも、大変鮮やかで切れのよい演奏であった。終演後、楽団員も晴れ晴れとした表情に見えたが、それは指揮者との相性とか、個々の楽員の出来という点で、この日の演奏が上々のものであったことによるのであろう。カーテンコールのときには楽団から指揮者に花束贈呈もあり、楽団としても、この期待の俊英との今後の活動を望んでいるものと思われた。聴き終わって大変に気持ちのよい演奏会であった。

さて、この山田和樹、今年最初の 3ヶ月の予定では、なんと言っても日フィルとのマーラー・ツィクルスがある。前座に武満徹の曲を置いて、3年がかりで番号順にマーラーの交響曲を演奏して行くが、今年の 1・2・3月には 4・5・6番が演奏される。私の場合、どの日もほかのコンサートとバッティングしてしまったが、ほかのコンサートのチケットをすべて売って、この 3回を聴きに行くこととした。それ以外にも、3月には自ら結成した横浜シンフォニエッタとメンデルスゾーンの「聖パウロ」、6月には英国のバーミンガム市交響楽団との演奏会など、いろいろ聴く機会があるようだ。旬の指揮者を多彩な曲目で聴ける喜びはひとしおで、これも東京の音楽界を彩る特色と言えるだろう。

ところでコンサートとは直接関係ないが、曲目が「ペトルーシュカ」ということで、会場ではこの曲の代表的な演奏として、ピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管のドイツ・グラモフォンの CD (カップリングは「春の祭典」) が売られていて、そこに「追悼 ピエール・ブーレーズ」という文字を発見。既に高齢なのでいずれはと思っていたが、今年 1月 5日に亡くなったことをそれまで知らなかったので、心の中で合掌した。20世紀の音楽界をいろんな意味で充実したものにした作曲家・指揮者である。追悼の意を込めて、その CD のジャケットをここに掲げておく。もし、この曲を今まで聴いたことがないが、興味を持ったという方がおられれば、まずはこの CD を買い求めることをお奨めしておこう。
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Commented by 吉村 at 2016-01-19 15:24 x
山田さん、注目すべきですね!私も1月30日のマーラーの4番聴きに行きます。
Commented by yokohama7474 at 2016-01-20 09:15
コメントありがとうございます。では、当日現場にてお目にかかりましょう‼
by yokohama7474 | 2016-01-12 23:19 | 音楽 (Live) | Comments(2)