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モーシェ・アツモン指揮 神奈川フィル (ヴァイオリン : 佐藤俊介) 2016年 1月16日 横浜みなとみらいホール

この演奏会が開かれた 1月16日 (土) の午後。都内では、ダニエル・ハーディング指揮の新日本フィルと、トゥガン・ソヒエフ指揮の NHK 交響楽団の演奏会があった。いずれも世界に轟く名声を誇る指揮者。前者の演奏会は、同じ内容のものを前日 1月15日 (金) に聴くことができた。では、私が常々絶賛しているソヒエフの演奏会に行くべきではないのか。若干の迷いはあったものの、最終的にはそのチケットは売却することとし、選んだのがこのコンサートだ。ハンガリー生まれのイスラエルの指揮者、モーツェ・アツモンが神奈川フィルを振る。
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私のこの選択について説明しよう。まず、神奈川フィルはその名の通り、神奈川に本拠地を置くプロのオーケストラだ。1970年の設立と比較的新しく、私自身もこれまで、すぐに思い出せるところでは、若杉弘がマーラーの「巨人」を指揮した演奏会と、映画音楽の大家ジェリー・ゴールドスミスが自作を指揮した演奏会しか聴いた記憶がない。CD では、ハンス・マルティン・シュナイト (あのカール・リヒターが設立したミュンヘン・バッハ管弦楽団を引き継いだ人だ) のハイドン「天地創造」など持っているが、それほど親しく接しているオケではない。だが、普段東京の主要 7オーケストラと海外オケ、国内外オペラをフォローするだけで既に時間的にも体力的にも限界であるところ、今回だけはなんとかして久しぶりにこのオケを聴きたいと思ったのだ。その理由は今回の指揮者、モーシェ・アツモン。1931年生まれで、現在実に 84歳。指揮界の大スターというわけではないが、世界を舞台に活躍して来た名匠だ。日本では以前、名古屋フィルの音楽監督も務めていて、それなりの知名度はあるかとも思いつつ、今回の演奏会は、どうだろうか、客席は 6割程度しか埋まっておらず、ちょっと淋しい。やはり、大人気の指揮者とは言い難いのだ。ではなぜ私が、若手の超有望株、ソヒエフよりもこの人を選んだかというと、明確な理由がある。私が初めて聴いたオーケストラコンサートの指揮者が彼であったからだ。

アツモンは 1978年から 5年間、東京都交響楽団 (都響) の首席指揮者を務めていた。私が単身東京に出てきたのは中学 1年、つまり満 13歳になる年、1978年であったので、ちょうどその頃、この指揮者は東京に頻繁に滞在して都響を振っていたはず。そんな時代、中学 1年か 2年のとき、とある日曜日に上野で何か美術展を見たあと、東京文化会館の横を通りかかったときに、都響のファミリーコンサートが開かれているのを知り、思いつきでそれを聴いたのが、私にとっての最初のオーケストラの生体験になったのである。メインは、当時私が唯一全曲を知っていた交響曲、ドヴォルザークの「新世界」、その前に花房晴美 (最近名前をあまり聴かないが、調べてみると、昨年11月、美智子妃殿下が彼女のコンサートに出掛けたとある) がソリストを務めたグリークのピアノ協奏曲、そして最初に何かの序曲があった。ウェーバーの「魔弾の射手」であったろうか・・・。さすがにこのときのプログラムは実家のどこかに眠っているのか、今手元にはなく、正確な日時と曲目は判明しない。だが、日曜の午後の東京文化会館の様子ははっきりと瞼に残っていて、それ以来モーシェ・アツモンの名は、私にとっては親しいものになったのだ。

しかしながら、実のところ私は、アツモンのよき聴き手というわけではなかった。ウィーン・フィルやベルリン・フィル (あのクラウス・テンシュテットがキャンセルした超大作マーラー 8番を代役で振るなど、目覚ましい活躍を見せた) を指揮した実績はあっても、超一流のオケのシェフを務めたという話を聞いたことがないし、何より音楽が手堅く職人的で、ハラハラドキドキという感じにならないというイメージがあったからだ。それから随分時間は経過したが、私は今でも相変わらずアツモンの真価を知らない人間だ。年を取るにつれ、ノスタルジーと加齢臭が日常生活の敵ということになってくるが (笑)、今回、神奈川フィルという渋いところでアツモンを久しぶりに聴けるとなると、やはり今後ますます聴くチャンスのある若手指揮者よりもこちらを選ぼうという気になったのである。今回の曲目は王道を行っており、ブラームス 2曲で、
 ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77
 交響曲第 2番ニ長調作品73
である。これは楽団が公開しているリハーサル風景。この写真でも想像できようが、実際に舞台に登場したアツモンは、とても 84歳には見えないしっかりした足取りであり、全く何の問題もなく立って指揮をする。最近の 80代は昔の 60代くらいのイメージではないか。
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今回ソリストを務めたのは、1984年生まれのヴァイオリニスト、佐藤俊介だ。ジュリアード音楽院であの伝説的名教師、ドロシー・ディレイ (パールマンや五嶋みどり、その他大勢の名ヴァイオリニストを育てた人) について学んだほか、古楽のスペシャリストでもある由。古楽器オーケストラ、コンチェルト・ケルンのコンサートマスターであり、2013年からはアムステルダム音楽院古楽科教授も務めているという。その経歴を裏付けるように、今回の演奏はヴィブラートが少ない古楽風のスタイルではあったが、不思議なことに、ヴァイオリンの音にはある種のロマン性が漂っていて、かなり情緒的な面も見受けられた。一般的なヴァイオリニストが目指す美麗な音のブラームスとは一線を画すものであり、独自の歌い回しに情熱が加わって、なかなかにユニークな演奏であった。カデンツァも今までに聴いたことのないものであったが、基本的には曲の素材を用いたもので、決して前衛的なものではなかった。ひょっとすると自作のカデンツァであったのかもしれない。アツモンの指揮も要領を得たもので、初顔合わせとなる神奈川フィルをうまくコントロールしていたと思う。第 2楽章のオーボエソロも美しく、充実した演奏であった。佐藤はアンコールにバッハの無伴奏ソナタの 2番からアンダンテ楽章を弾いた。この曲は諏訪内晶子などもよくアンコールで弾き、場合によっては音程もテンポもすっきり行かないこともあるのだが、この日の佐藤は、古楽の専門家としての顔も充分に見せ、古雅で安定した演奏であった。

メインのブラームス 2番は、ブラームス的な重さというよりは、この作曲家にしては珍しくイタリア的な歌が必要になる曲である。この日の神奈川フィル、なかなかの熱演であり、決して東京のメジャーオケに負けない内容であったと思う。だがしかし、数限りない一流の演奏に触れることができる中、もう一歩突き抜けた音を聴きたかった気もする。いやもちろん、昨年ニューヨークで聴いたネルソンスとボストン響のこの曲の演奏のようなレヴェルはさすがに酷であるとは思う。だが、多分、もう少しお互いの音を聴きあうことができるのではないかという気もしたし、より緊密なアンサンブルから自然に熱が発するようになればもっとよいなと思った次第。もちろん、曲の歩みに連れて場面場面で移り変わるオケの主役がそれぞれに全体に貢献していたとは思うが、それぞれの音の糸がより合わさってウネウネと伸びて行くようになればさらなる高みが見えてくるものと思う。

84歳にして全く体力の衰えも見せずに指揮を終えたアツモンは、それは実に大したものである。その職人技には完全に脱帽だ。だが、正直なところは、私がそれまでに持っていた彼のイメージが変わるというところにまでは達しなかった。うむ。彼はまだ 84歳 (笑)。今後のさらなる円熟に期待するとともに、私にクラシック音楽という途方もない奥行きを持つ趣味を与えてくれたことに、心から感謝しよう。私の手元には、1995年に発行された都響の 30年史があって、パラパラとめくっていると、1980年にアツモンがベートーヴェン・チクルスを開いたとある。画像検索すると、このようなポスターが出てきた (交響曲以外に、ラドゥ・ルプーとピアノ協奏曲も全曲演奏したようだ)。35年前のアツモン。変わらないなぁ。その職人性で、日本の音楽界にこれからも貢献をお願いします。
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by yokohama7474 | 2016-01-17 01:12 | 音楽 (Live)