スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮 読売日本交響楽団 2016年 1月23日 東京オペラシティコンサートホール

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このところほぼ一週間、ヨーロッパに出張していた。その間に日本で聴きたいコンサートもあったが、出張とあっては致し方ない。新聞等で大々的に宣伝を打っていたリッカルド・ムーティ指揮シカゴ交響楽団の 2回の来日公演や、トゥガン・ソヒエフ指揮の NHK 交響楽団の演奏会は (1/24 (日) の名古屋公演を除いては) 終わってしまった。いや正確には、ソヒエフと N 響の演奏会は、1/23 (土) 14時から横浜みなとみらいホールにて開かれる。だが、私はそれには行けないのだ。なぜなら、多分今年のコンサートの中で、いや、私が生涯に聴くコンサートの中でも特別な演奏会が、初台の東京オペラシティで同じ時間帯に開かれるからだ。上のポスターにある通り、現在実に 92歳の巨匠、ポーランド生まれのスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮の読売日本交響楽団による演奏会だ。曲目は、人類が生んだ交響楽作品の中でも、深遠さにおいて並ぶもののない、ブルックナー作曲交響曲第 8番ハ短調である。

指揮のスクロヴァチェフスキーは 1923年生まれ。2007年から 2010年まで、この読響の常任指揮者を務め、現在では名誉桂冠指揮者の地位にある。ここ数年、年を経るごとに貴重になる彼の指揮する読響の演奏会は極力聴くようにしているが、92歳にしてこの極東の地で 90分の超大作を指揮するとは、これは誰がなんと言おうと特別な機会である。ここ東京ではかつても、数々の指揮者が老年にブルックナー演奏で強烈な印象を残している。私が聴いたものでは、ロヴロ・フォン・マタチッチと N 響の 8番、オイゲン・ヨッフムとコンセルトヘボウの 7番 (その前のバンベルク響との 8番も聴いた)、セルジュ・チェリビダッケとミュンヘン・フィルの複数回の来日における 3・4・5・7・8・9番、ギュンター・ヴァントと北ドイツ放送響の 9番、そして朝比奈隆が大フィル、新日本フィル、N 響等を指揮した数々の演奏会。今回のスクロヴァチェフスキと読響の 8番も、その流れの中で間違いなく伝説となるものだろう。上のポスターに謳い文句があれこれ記されているが、これは誇張ではない。人間のなせる業として、これはまさに奇跡に近い。
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その長い名前から、米国では「ミスター S」の愛称で親しまれたこの指揮者を、私は何十年も前から知っていて、自分がまだ幼い頃の年代のレコード芸術誌を他人から譲ってもらって熱心に読んでいた頃、この愛称を頻繁に目にしたものだ。未だミネアポリス交響楽団と名乗っていた今のミネソタ管弦楽団を指揮したマーキュリーレーベルの数々の録音が、私のスクロヴァチェフスキ経験の始まりだった。その後、読響の指揮台に立つようになってから日本での盛名が始まり、ザールブリュッケン放送響 (合併を経た現在の名称はザールブリュッケン・カイザーラウステン・ドイツ放送フィルハーモニー・・・長い!!) を指揮した素晴らしく引き締まったブルックナー全集は絶賛の的であったし、そのオケと 2003年、2011年に来日したときにもブルックナーを演奏した。もちろん読響の常任時代もブルックナーは中核レパートリーであった。だが人間は宿命的に老いる。壮年期にいかに精力的であっても、老年期に入れば気力体力は衰える一方であるはずだ。今や実に 92歳になったスクロヴァチェフスキの演奏やいかに。

私はこの指揮者は基本的に、感傷とは無縁の職人的指揮者と思っているのだが、この日私が目の当たりにしたのは、究極の職人芸が究極の芸術となる瞬間であった。前回聴いた 2014年10月よりもさらにやせ衰えたその姿がステージに表れたとき、そのおぼつかない足取りに思わず目をつぶってしまった。だが、マエストロは誰の力も借りずにひとりで指揮台まで辿り着き、そして、指揮台に置いた譜面を開くことすらなく、その音楽を 90分間に亘って立ったまま奏で続けたのである。感傷はない。だが、聴いている方の Emotion が激しく突き動かされるとは、一体どうしたことだろう。全曲の流れを思い出してみる。第 1楽章と第 2楽章はアタッカで続けて演奏されたが、特に最強部におけるオケの力は凄まじく、この年でこんな音を出せる指揮者が、歴史上そうそういたとは思えないし、今後もそうそう現れるとは思えない。そして、およそ人類の書いた最も深遠な音楽と言ってもよい緩徐楽章アダージョの第 3楽章は、さながら強い意志を持った音の大河である。読響の弦楽器の面々は、全身全霊でマエストロの身振りを音に変換し、普段の演奏会では埋蔵されている力まで、輝きを持って解き放たれたのである。第 4楽章の長い長い騎馬隊の道のりも、まさに命を削って音に変えるがごときマエストロの両手の動きによって、あたかも音の断崖絶壁のようにそそり立ったのだ。力溢れる若い頃にはできない、別の種類の力がここには漲っていた。92年の生涯の年輪が奔流のように特別な音の空間を作り出していた。そして大音響で全曲が終了したとき、マエストロが指揮棒を構えている間に凄まじい沈黙が会場を支配したのはもちろん、指揮棒が下りてからもオケの方が金縛り状態。誰かがブラヴォーを叫び、1人 2人と追随しても、まだオケは動けず、そして会場の全員が再び沈黙に沈んだのであった。ようやく現実が戻ってきてからはまさに万来の拍手。

オケに全くミスがなかったわけではない。特にホルンとワーグナー・チューバに、緊張のためかとおぼしきごく小さな傷があった。また、木管もすべての箇所で万感のニュアンスが出ていたわけではない。もともとデッドな響きのこのホールが、全体として鳴り響いたかというと、未だ課題はあったかもしれない。だがしかし、そんなことはどうでもよいのだ。弦楽器の素晴らしい貢献もあり、究極の職人、スクロヴァチェフスキでなければ鳴らせない音が鳴ったこと。これこそがこの演奏の大変な価値である。この会場に居合わせた人たちは、今後もこの演奏を思い出すたびに、上のポスターにある、「同時代に生き、その音楽を聴ける (た) 喜び」を実感することであろう。

オケが全員退場したあとも拍手は鳴りやまず、聴衆のほぼ全員がマエストロの偉業をたたえた。そしてスクロヴァチェフスキは 2度、ひとりで舞台に登場したのである。ステージ近くの自席から離れ、客席後方から撮った写真がこれだ。2度目の登場だが、聴衆がまだかなり多く残っている。こんなことはそうそうあるものではない。
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老いをものともせず、むしろ自分の経験を糧として気炎を吐く指揮者の生き様に、改めて思いを馳せる。90代で活躍している指揮者には、このスクロヴァチェフスキ以外にも、英国人のサー・ネヴィル・マリナーがいる。マリナーも今年 4月に来日予定であるが、実はこの 2人には共通点がある。それは、米国の名門オーケストラ、ミネソタ管弦楽団の音楽監督だ。そうすると、彼らの後任として 1995年から 2002年までこのオケを率いた大植英次にも、同様に 90代まで活躍して欲しいものだ。芸術家の生涯には、いいときも悪いときもあるだろう。でも昔朝比奈隆 (彼も大フィルにおける大植の前任者だ) が言ったように、長生きすると何かいいことがある。一般人にとっても、このような驚くべき経験があれば、きっと人生いいことあるさと思いたくなる。調子いい奴と言われようが (笑)、そういう思いも大切ではないか。尚、今回の演奏会は 2回開かれ、初回の東京芸術劇場のものは NHK が録画したらしいので、放送を心待ちにしよう。

by yokohama7474 | 2016-01-23 23:42 | 音楽 (Live) | Comments(6)
Commented by マッキー at 2016-01-26 16:18 x
私も聴きに行きました。
本当に素晴らしい演奏でしたね。
あと、この写真に感謝します。
なぜなら1階席で拍手している私の後姿が写っているからです。
本当に素晴らしい記念になりました。
ありがとうございました。
Commented by yokohama7474 at 2016-01-26 23:00
> マッキーさん
コメントありがとうございます。将来、「オレはあのコンサートに行ったんだよ」と語り継ぐコンサートのひとつになりましたね。許可なく後姿のお写真を載せてしまって恐縮ですが、このコンサートに出掛けられた証拠として保存して頂ければ幸いです。またお時間あればこのブログにお立ち寄り下さい。
Commented by こっこ at 2016-01-27 23:26 x
素晴らしいレビューを拝読させていただき、先日の感動がよみがえりました。池袋ではまた冷静に聴いている部分があったのですが、オペラシティでは涙腺が崩壊し、涙が止まらなくなりました。私は晩年の実演にしか触れておりませんが、ほんの少しでも同時代に聴くことができたことを感謝しております。
Commented by yokohama7474 at 2016-01-28 21:32
> こっこさん
コメントありがとうございます。両方の演奏会に行かれたのですか。それは一生忘れられない思い出になるでしょうね。このような音楽を生演奏で聴ける我々は幸せだと思います。またお時間あればお立ち寄り下さい。
Commented by マッキー at 2017-02-22 12:31 x
昨年1月のこの素晴らしかった名演は今も私の心に深く残っています。
読響ホルンの酷いミスと醜いフラブラがありましたが、それでも私にとって昨年のベスト1コンサートでした。
昨年このブログに書き込ませていただいて早くも1年が過ぎてしまいましたが、
本日 今日 スクロヴァチェフスキの訃報が伝わってきました。
昨年11月に脳梗塞で倒れたとのニュースが伝わってきてその後に今年5月の来日もキャンセルとなりましたが、
リハビリ中というアメリカの新聞記事をネットでみていたので訃報には驚いてしまいました。
今は昨年1月にオペラシティでブルックナーSym8番を生で聴けた事に感謝の念でいっぱいです。
あれはそれまで何度も生で聴いてきたスクロヴァチェフスキの演奏とは次元が違うある種の高みに達していた特別な演奏でした。
私はスクロヴァチェフスキのブル8をそれまででも生で2003年ザールブリュッケン放送Orc、2010年 読響、と聴いていますが、
昨年1月の演奏は格別でした。
昨年1月によくぞ再び来日してあれだけ素晴らしいブル8を指揮してくれたものだと思います。
その訃報に接して今はスクロヴァチェフスキに感謝の念でいっぱいです。
Commented by yokohama7474 at 2017-02-22 15:22
>マッキーさん
再度のコメントありがとうございます。スクロヴァチェフスキの訃報、大変残念です。ご冥福をお祈りします。奇しくも同じ 93歳で映画監督の鈴木清順も亡くなってしまいましたが、人間の命には限りがあるのだということを、改めて感じます。残された我々は、せめてこのような偉大な芸術家の足跡を忘れず、未来に語り継いで行きたいものです。
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