アラン・ギルバート指揮 東京都交響楽団 2016年 1月26日 サントリーホール

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まず、憤りの言葉から始めよう。この指揮者がこの曲目でこのオケを振るのに、当日券が残っているばかりでなく、会場のサントリーホールには空席がチラホラ。これは一体どうしたことか。東京都交響楽団、通称都響は東京都のオーケストラなので、チケットの値段はほかのオケよりも安い。大雪で交通が麻痺しているわけでもない。東京の聴衆は少しはモノが分かっていると思っていたが・・・。

まず、もしこの記事をご覧になる方で知識がないといけない (そんなことはありえないとは思うが) ので書いておくと、この日の指揮者アラン・ギルバートは 1967年生まれの 48歳。鳴く子も黙る世界の名門オーケストラ、天下のニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督だ。なに? 名前と違って日本人みたいに見える? もちろんです。彼の母は日本人。しかもただの日本人ではない。このニューヨーク・フィルのヴァイオリン奏者で、サイトウキネンでも弾いていた建部洋子だ。そして父は、やはり同じオケのヴァイオリン奏者であった、マイケル・ギルバート。これがご両親。
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かくしてアラン・タケシ・ギルバートは、日本人の黒い瞳と黒い髪に、アメリカ人の大きな体格を併せ持つバイブリッドな人間としてニューヨークに生を受けたわけだ。
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もちろん、音楽家の能力に日本人もアメリカ人もない。一言で断言すると、彼は現代屈指の名指揮者であって、私が彼のコンサートに行きたいと強く思う理由は、それ以外にはないのだ。思い返せばあれは 2004年。彼が当時の手兵、ストックホルム・フィルを率いて来日した際に、ブルックナー 4番をメインに据えたコンサートを聴いて、驚愕したのだ。これぞ、伸び盛りの指揮者と歴史ある名門オケとの実りある共同作業であると思った。そして、私がニューヨークに暮らしていた 2007年頃、音楽監督ロリン・マゼールの後任として彼の名が出たときに、もしそれが実現すれば大変な英断だと思ったものだが、実際にそうなってビックリ。聴衆の質は低いし、ホールの音響も最低のニューヨーク・フィルだが、経営陣の目は確かだと感服したのである。それから 7年目に入っているが、昔と違ってメジャー・オーケストラといえども新譜が定期的に発売されるわけではない。このコンビの実力は、インターネット配信を除けば、実際に現地に行くか日本公演を待つしか、知るチャンスがない。なんと嘆かわしいことか・・・。

そんなわけで、彼が 2011年に都響に初登壇したときにも当然聴きに行ったが、今回も期待大。2つのプログラムで 3回のコンサートが開かれるが、今回の曲目は以下の通り。
 武満徹 : トゥイル・バイ・トワイライト (モートン・フェルドマンの追憶に)
 シベリウス : 交響詩「エン・サガ (伝説)」作品9
 ワーグナー (ギルバート編) : 指環の旅 楽劇「ニーベルングの指環」より
これらの曲目の間に共通点はあるか。ひとつある。いずれも弱音で終わること。それ以外には、さて、どうだろう。都響の作成したチラシには、「はるかな物語の世界」とある。うーん。シベリウスとワーグナーはともかく、武満はどうだろう。

ともあれ、1曲ずつ取り上げて行こう。最初の武満の曲は、米国の現代作曲家モートン・フェルドマンの死を悼んで 1988年に書かれたもの。フェルドマンは武満やジョン・ケージの親しい友人でもあったが、ちょうどこのギルバートのように大きな体をした、でも極めて繊細な音楽を書く人であった。私は結構好きで、この人の作品の CD を片手以上は持っている。この曲、Twill by Twilight だが、Twill とは綾織りのこと。Twilight はもちろん、薄暮である。日没後の弱り行く光を反射する綾織りとでもいったイメージだろうか。12分ほどの、いかにも武満らしい、そしてフェルドマンを追悼するのにふさわしい繊細で美しい曲だが、編成は大オーケストラで、意外と多彩な音があちこちで聴かれるのだ。都響の高い演奏能力がギルバートの要求に応えて非常に濃密な時間を紡ぎ出し、見事な演奏であった。演奏終了後の拍手に応えてギルバートは、大きな譜面 (それだけ声部が多いということだろう) を高々と掲げてみせた。ところで私は、この曲の世界初演を聴いている。1988年。ついこの間のことのようにはっきり覚えているが、もう 28年も経つのか・・・。ハインツ・レークナー指揮の読売日本響の演奏で、メインの曲目はマーラーの 9番であった。ちなみにこのマーラーは、情緒の全然ない快速テンポの演奏で、がっかりしたのを覚えている。当時のプログラムを載せておこう。武満のインタビューも掲載されており、興味深いことがいろいろ書いてあるが、長くなるので省略します。あるいは、別の記事で触れることもあるかもしれない。
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2曲目のシベリウスも、私の大好きな曲だ。シベリウスのまだ初期の頃の、ロマン性あふれる作品。フィンランドの伝説から想を得ているが、具体的な題材は明らかではなく、飽くまでも北欧伝説の雰囲気を味わうべき作品だ。木管の絡みといい弦のうねりやソロといい、細かいニュアンスと同時に、滔々と流れて行く力が必要な曲だ。また、頂点では前のめるほどの情熱も必要になる。ギルバートは指揮棒を持たずに両手でしっかりテンポを作りながら、的確な指示でそれぞれの楽器の特性を引き出しつつ、次へ次へと進む音楽的情景を描き出した。力むと空回りしかねない曲を、堅実にかつ巧みに再現していて、そして気がつくとそこには神秘の森から流れる歌が聞こえてくる、そんな演奏であった。この曲はフルトヴェングラーもレパートリーにしていたし、カラヤンも好きな曲であった。両者ともに、暗い北欧的情緒への共感があったのだろう。時々聴いてみたくなる曲だ。

3曲目がまた飛び切りの御馳走だ。ワーグナーの「指環」全 4部作からの抜粋である。これはギルバート自身の編曲ではあるが、実は往年の名指揮者エーリヒ・ラインスドルフの版を下敷きにしているらしい。ラインスドルフは、あまり派手な存在ではなかったが、その職人的手腕は信頼に値し、私は今でも復刻 CD をせっせと集めているほか (モーツァルトの交響曲全集なんかも録音していますから油断なりません)、昔 FM で米国の名門オケの数々を指揮したライヴを聴きまくったものである (ブルックナー 3番など、独自の版で演奏していてびっくりしたものだ)。ともあれこの「指環」抜粋、いささかユニークである。普通、録音であれば、大体が以下のような曲が選ばれる。
 1作目の「ラインの黄金」からは冒頭のライン川の場面と、最後の「ヴァルハラ城への神々の入場」
 2作目の「ワルキューレ」からは「ワルキューレの騎行」と最後の「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」
 3作目の「ジークフリート」からは「森のささやき」
 4作目の「神々の黄昏」からは「夜明け」「ジークフリートのラインへの旅」「ジークフリートの葬送行進曲」「終曲」
ところが、これを全部演奏すると、コンサート 1回分くらいの分量になってしまう。今回は演奏時間 50分ほどで、これら全部はカバーできない。そこで、なかなか大胆な構成となった。それは、
・「ラインの黄金」からの音楽はなし。
・長い歌が入る部分もなし。但し、いくつか本来歌の入る箇所をオケだけで演奏する部分あり。
・「神々の黄昏」は、上記を全部入れる。結果的に、この抜粋の半分くらいは「神々の黄昏」の音楽。
というもの。かくして、いきなり冒頭が、「ワルキューレの騎行」でド派手に始まることとなった!!これはなかなか意表をついていて面白い。曲と曲のつなぎはよく工夫されていて、それぞれの抜粋曲が終わって次の曲に移るのではなく、50分間切れ目なしに演奏されることになった。さて、この演奏には、私としてはもうひとつ納得いかない部分があった。ワーグナー (やブルックナー) のようなハイカロリーの曲になると、どうしても日本のオケの金管楽器に限界を感じてしまうのだ。よくハモって鳴っている箇所もあるが、腹の底にズシンと来るような炸裂するブラスを聴きたいものだ。弦楽器の多彩なニュアンスと力強さ、また木管楽器の軽快さや表情豊かなメロディの歌い方に比較すると、どの日本のオケも、次の課題は金管楽器だろうという気がする。もちろん、このワーグナーにおいても、さすが都響と思わせる箇所はいくつもあったし、ギルバートは相変わらず明確な指揮でオケをリードしていたが、究極の音のドラマというレヴェルにまではもうひとつ達していなかったように思う。ただ。ただである。このブログで、昨年のバイロイトの記事をはじめ、ワーグナーは長くて鬱陶しくてド S だ、それを大好きな日本人はド M だと散々罵倒しながらも、実際にワーグナーの音楽が鳴っているのを聴くと、やはりどうしても全曲が聴きたくて、ウズウズしてきてしまうのである (笑)。なんちゅう危険な音楽だろうか。こらこら、そんな青い目で見るなって。
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そんなわけで、アラン・ギルバートと都響との 2度目の顔合わせは、実に盛り沢山な内容となった。ギルバートはニューヨーク・フィルのポストを 2017年に降りると発表したようだが、指揮者として新たなステップに挑もうということなのかもしれない。その中に、日本での活動を増やすことも計画されているのだろうか。もしそうなら、その大きな体で、金管楽器をトコトン鍛え上げてもらい、日本のオケを名実ともに世界のトップクラスに導いて欲しい。そうなると、東京は世界の楽都とみなされるようになり、今回のようなコンサートは空席がひとつもない状況になるのではないでしょうか。

Commented by 吉村 at 2016-01-29 14:31 x
私も空席に驚きました!
指輪は、ご指摘の通り、ホルン始めとする金管のさらなる奮起が望まれましたね。
でも、大友さんの指揮下より鳴ってませんでしたか?
Commented by yokohama7474 at 2016-01-30 00:06
コメントありがとうございます。まあ、比較はともあれ、アラン・ギルバートらしい音にはなっていたようには思いますね。今日演奏されたもうひとつのプログラムのベートーヴェン 7番の出来が気になります。
by yokohama7474 | 2016-01-27 00:44 | 音楽 (Live) | Comments(2)