山田和樹指揮 日本フィル マーラー・ツィクルス 第 4回 2016年 1月30日 Bunkamura オーチャードホール

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このブログでは過去に何度か、期待の若手指揮者、山田和樹について採り上げてきたが、その彼の真価を問うべきシリーズが今年も始まった。3年かけてマーラーの番号付交響曲を作曲順に演奏するツィクルスだ。昨年の第 1期では 1・2・3 番が演奏され、今回から 3ヶ月に亘って開かれる第 2期では 4・5・6番が演奏される。第 1期は「創生」と名付けられていたが、この第 2期は「深化」となっており、来年開かれる第 3期は、「昇華」である。私は去年も今年も通し券を買っているが、実は去年の 3回の演奏会のうち、第 2番「復活」は出張のために聴けなかった。であるからこそ、今年の 3回はなんとしても全部聴きたい。でも、音楽過密都市東京のことである。今回の 3回はいずれも、なかなかに諦めがたいほかのコンサートや舞台上演とバッティングしているのだ。苦渋の決断ではあったが、コバケン、パーヴォ・ヤルヴィ、小澤征爾をすべて諦めて山田和樹にかけることにした。山田さん、もしこれをご覧になっていれば、このような私の意気込みを是非ご理解下さい (笑)。

さて、東京では過去にも様々な一流演奏家によるマーラー・ツィクルスが開かれてきているが、その中でも最も過激であったのは、東京芸術劇場のこけら落としとして 1990年に行われた、ジュゼッペ・シノポリ指揮のフィルハーモニア管弦楽団によるもので、これはほぼ 2週間のうちに、「大地の歌」、第 10番のアダージョを含む全交響曲のみならず、歌曲のすべてとカンタータ「嘆きの歌」を演奏するという恐るべきものであった。なんちゅう無茶をしたものか。その過労もあってか、医者でもあり古代エジプト研究者でもあった稀代の名指揮者シノポリは、2001年、ベルリン・ドイツ・オペラで歌劇「アイーダ」を指揮しているまっ最中、轟音とともに指揮台に倒れ、54歳で帰らぬ人となったのだ。マーラーを演奏するとは、かくも命がけのことなのである。ちなみに、このツィクルスの「大地の歌」の回では、アルトを歌った名歌手ワルトラウト・マイヤーとの関係が当時噂されていたダニエル・バレンボイムが、客席で譜面を見ながら演奏に聴き入っていたことを鮮明に覚えている。

さて今回のツィクルスであるが、上記の通り 3年がかりの無理のないスケジュールで行われ、まだ 36歳と若い山田のことであるから、安心して下さい。はいてます、じゃなくて、ハイテンションで行くことであろう。このツィクルスの特徴は、マーラーの交響曲の前座として、必ず武満 徹 (たけみつ とおる) の音楽が演奏されることだ。我々の世代にとっては説明の必要ない、名実ともに日本最高の作曲家であったが、最近の若い人にとっては新たな発見があるのかもしれない。山田自身、1996年に逝去した武満との直接の面識はなかったことであろう。
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武満についてあれやこれやを書き始めるときりがないので、材料をひとつだけに絞ろう。実は、先日のアラン・ギルバート指揮の東京都響の演奏会で少し触れた、1988年のハインツ・レークナー指揮読売日本響のプログラムに掲載されている、音楽評論家 向坂正久による武満のインタビューだ。マーラーについてどう思うか訊かれた武満は、「全然関心なかった」と答えている。ニューヨークの友人から、ブルーノ・ワルター指揮の「大地の歌」を薦められて聴いてみて少し関心が生まれ、実は彼の作品とマーラーの作品を同じ演奏会で演奏するケースが多いことに気付いたらしい。そして彼の評価は、マーラーは「好きなところもあるし、そうでないところもありますが、ヨーロッパ文化の根深さのようなものを感じますね」と答えている。いかにも独学の教養人らしい回答ではないか。

さて、例によって長い寄り道はこのあたりにして、今回の演奏会について触れよう。今回、メインはマーラーの交響曲第 4番ト長調。その前に演奏されるのは、武満の 1992年の作品、「系図 - 若い人たちのための音楽詩 -」である。私はこの作品には、同じ年の小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラによる日本初演の演奏のテレビ放送によって初めて触れたが、実はニューヨーク・フィルの創立 150周年として委嘱され、レナード・スラトキン指揮によって世界初演されたとのこと。武満とニューヨーク・フィルと言えば、創立 125周年の際に書かれた代表作「ノヴェンバー・ステップス」が有名だが、その 25年後にも委嘱されたとは知らなかった。この曲、詩人谷川俊太郎 (武満の親しい友人であった) が書いた全編ひらがなの詩 (「わたし」が家族のそれぞれを描写する内容だが、柔らかな雰囲気の中にかなり毒を含んでいる) を作曲者が自由に組み合わせて使用している。題名にある通り、「若い人」が語りをする。このシリーズでは指揮者の山田自身が毎回開演前に舞台に登場してプレ・トークを行うのであるが、それによると、この語り手をどうするか大変悩んだとのこと。「有名な女優さんを使う手もありますが」と言っていて、それはこのブログでも採り上げた、今月の N 響定期における松嶋菜々子を差しているのかと勝手に想像した。結局、選択はひょんなことからなされた。山田が飛行機の中である映画を見て気に入った女優がいたが、この曲で想定されている 10代半ばよりは少し年齢が上らしい。だが山田はネットで調べて、この女優には、やはり女優の妹がいることを発見。現在 15歳の彼女に白羽の矢が立ったのだ。彼女の名前は上白石 萌歌 (かみしらいし もか)。
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彼女の姉は、上白石 萌音 (もね)。あの周防正行監督の「舞妓はレディ」の主役である。山田が機内で見た映画とは、きっとこれであろう。私は昔から周防監督の大ファンなのであるが、最近は作品を撮らない期間が長くて、それにしびれを切らすあまり (?)、この最新作を見損ねてしまった。まあそれはよいとして、この 15歳の女優さん、大変立派なことを成し遂げた。手元で何も見ることなく、全編暗記で語りを通したのだ。それはそれは堂々たるステージマナーで、にこやかな微笑みが会場全体に行き渡るような、すばらしい語りであった。今後が楽しみである。ただ、意地の悪いことを言えば、一箇所、「箸」を「端」と発音してしまっていた。細かくてすみません。山田と日フィルは、大変ニュアンス豊かな演奏で彼女に対して万全のサポートを提供した。

さて、メインのマーラー 4番であるが、これは彼の全交響曲の中でも、最も穏やかな曲である。楽器編成も、印象的な鈴の使用がある一方で、金管にはトロンボーンとチューバを欠いている。ただ、穏やかで美しい一方でシニカルな面もあり、そこはそれ、腐ってもマーラー (?) である。私のように長らくクラシック音楽を聴き続けてくると、有名曲の持ち味は勝手に自分の中で整理ができてしまうのであるが、今回、山田のプレトークでいくつか発見があった。まず、今回の武満とマーラーの組み合わせのテーマは、「子供」であると。なるほど、ここでもまた、先の N 響との演奏会 (明確に子供の遊びをテーマにしていた) との連続性が伺える。この指揮者、自身が子供のような童顔でありながら、なかなかの曲者だ (笑)。それから、この曲の冒頭で現れる鈴の音が道化師の前口上だというのだ。その鈴は、ソプラノ独唱の入る終楽章で再び戻ってきて、そこで歌われる天国の生活を揶揄する効果を持つ。うんなるほど、この曲のシニカルな部分は (第 2楽章の死神のヴァイオリンを第一の例として) 知っているつもりであったが、全編がパロディになっているのか。「天国の生活」の対照は、歌曲集「子供の不思議な角笛」に含まれている「浮世の生活」であるということも、今回言われてみて初めて気が付いた。なるほどなるほど。プログラムに掲載されている解説には、この曲 (1901年初演) が書かれた頃のマーラーはウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任したてであり、この曲にはウィーンへの皮肉が含まれているとある。第 1楽章開始部のテーマは優雅なウィーン舞曲であるが、その後の展開で、この地の上流社会の中に「天国の生活」が紛れ込む。第 2楽章はオーストリアの舞曲レントラーに死神がまといつく。第 3楽章は宗教的雰囲気と孤独感の中から、天国への扉が開かれる。そして第 4楽章で歌われる天国の生活には、シャンシャンと鈴が鳴り、不気味さを伴う。なるほど、ウィーンへの屈折した思いが横溢しているわけだ。武満言うところの、ヨーロッパ文化の根深さであろうか。

今回の日フィルの演奏は大変に安らかで美しいものであり、必ずしも毒々しい皮肉を想起させるものではなかったが、山田の指揮のもと、かなり細かい表情づけが成功していたように思う。目を引いたのは、ホルン、トランペット、ティンパニに、これまでのこのオケの演奏会で見覚えのない外人が揃っていたことだ。再三指摘している通り、これからの日本のオケの課題は金管であって、その意味では今回の試み (?) は大変面白い。また、ソプラノ独唱は小林沙羅によるものであったが、若干表情をつけすぎのきらいはあったものの、大変に美しい声であった。先に野田秀樹演出、井上道義指揮の「フィガロの結婚」でのスザンナ役を務めており、生のステージを見逃した私は、年末の BS 放送で見て大変楽しんだが、その勢いが続いているような歌唱であった。
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というわけで、大変充実したコンサートであったわけだが、オマケが 2つ。ひとつは、2月19日発売の CD、昨年のツィクルスからの第 2番「復活」が、会場限定で特別先行発売されていたこと。上述の通り、昨年私が聴けなかった公演で、これをラッキーと言わずしてどうする。しかも直筆サイン色紙入りということで、ミーハーな私は早速ゲットしました。
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もうひとつは、これも会場限定で、来年の第 3ツィクルス (交響曲第 7・8・9番) の先行予約だ。終演後に受付開始されたのだが、驚くべきことに、早めに会場から抜け出たつもりだったが、優に 100人は超えるであろう人たちが列をなす大盛況であったのだ。ともあれ、無事チケットを入手してから日程を見てみて再度びっくり。第 3ツィクルスは、2017年 5月、6月、7月の 3回だ。うへー、そりゃまた随分先の話。まあでも、直前になってチケット入手に奔走する必要がなくなって一安心。待ちくたびれてしびれを切らすあまり、期日をうっかり忘れないようにしないといけませんな (笑)。新・ヤマカズ人気、おそるべし!!
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by yokohama7474 | 2016-01-31 00:56 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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