スター・ウォーズ / フォースの覚醒 (J.J. エイブラムス監督 / 原題 : Star Wars The Force Awakens)

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これは世間で言うところの常識であろうが念のために書いておくと、スター・ウォーズは全 9作構成になっていて、1977年に製作された最初のものは、エピソード 4。「新たなる希望」という副題が後になってつけられた。最初の三部作はエピソード 4・5・6。それからエピソード 1・2・3 の順に製作されてきた。直近の製作になるエピソード 3 は 2005年の作。なんでも、エピソード 1~3 はアナキン三部作、4~6 はルーク三部作、そしてこれから始まる 7~9 はレイ三部作だそうだ。レイとは、上のポスターで真ん中左側にいる若い女性。彼女がこれからの主人公ということになる。今回のエピソード 7は昨年、2015年公開だから、最初の作品から既に 38年。前回の作品、エピソード 3 からでも 10年の期間を経たことになる。実に息の長いシリーズである。私は特に熱狂的なスター・ウォーズ・ファンということでもないけれども、もちろんすべてのシリーズを見てきている。また随分以前だが、このシリーズの美術に関連する展覧会にも出かけたことがあって、もとはといえばジョージ・ルーカスというひとりのクリエーターの頭の中の構想が、何百人、何千人という作業者の手を経て映画になり、それが世界何億人の人たちに発信されているのだということを考えるとクラクラしたものだ。今回の作品の世間の評価がどうなのかはよく知らないが、私の回りの人たちの中には、これを天下の名作と思っている人はいなさそうだ。劇場は充分混雑してはいるが、正月映画として「妖怪ウォッチ」に興行成績が負けてしまったと聞いたが、さて、その中身やいかに。

私の期待の第一は、監督が J.J. エイブラムスであるという点であった。現在進行中の「スタートレック」シリーズもよいが、スピルバーグ製作による「スーパー 8」がファンタジーあふれる素晴らしい作品であったからだ。スター・ウォーズ・シリーズの新作ともなると、世間の期待も大きなプレッシャーになり、知名度による動員もあらかじめ相当見込めるとはいえ、いわば成功して当たり前。もし面白くなかったら大変なことになる。今回の脚本は、監督自身と、それから、「シルバラード」等の映画が封切られたときには名監督と評価されたローレンス・カスダンも名を連ねている。

多分この映画に不満を覚える人は、以前のシリーズを見ていれば、「なんだ、前のと同じじゃん」と思う人であろうし、以前のシリーズを知らないなら、「クライマックスのサスペンスが最近の映画にしてはイマイチ」という人なのではないだろうか。だが、私としては、だからこそこの映画は評価に値すると考えたい。例えば、3-CPO と R2-D2 がほとんど出てこない代わりに、BB-8 というロボット (劇中ではドロイドと呼ばれる) が出て来て、観客を楽しませてくれる。下のボールの部分が転がり、上部の顔のような部分は水平に保たれているという構造。CG ではなく実際にそのような動きをするものを作ったらしい。これが人の会話に様々反応し、なんとも可愛らしいのだ。
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それから、酒場のシーンを中心にワサワサ出て来るクリーチャーたちは、これも CG 全盛時代に、あの昔ながらの手作り感満載だ。
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それから、主人公たちの乗り物。レイが颯爽と砂漠の中を走り抜けるこのアイスキャンディのような乗り物も、第 1作の乗り物からしてそうであったように、停まっているときも自然に宙に浮いていて、懐かしささえ覚える。
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そのように、明らかに作り手の意図は、昔ながらのスター・ウォーズの世界、あるいは第 1作のエピソード 4 への回帰にあるように思う。正直、アナキン三部作と呼ばれるらしい、エピソードの 1から 3は、あまり面白くなかった。アミダラ姫を演じたナタリー・ポートマンがどこかのインタビューで、CG や合成が多くて、撮影のときに完成作を想像もできず、実際に作品を見たときに、「行っていない旅行の写真に自分が写っている感じだった」と語っていたが、いやいや、それはよく分かる。もちろんこの作品も CG・合成満載であるが、クローン大戦が起こるわけでなし、役者の体が大きな実在感を持っている。

題材に関しても、過去を思い出させる要素が様々ある。黒いマスクをかぶって声のこもった悪役。繰り返される親子の確執。引き離された家族。目覚めていくフォース。そして大詰めは、巨大な敵の要塞を攻撃するシーンで、これはデススター破壊と同じではないか。だが、これって何かちょっとほっとしませんか。例えば最近のスーパーマンシリーズを考えてみよう。力の強い者同士が殴り合うシーンをリアルに表現しようとすると、地面は砕けビルは壊れ、うるさいことこの上ない。X-Men やアベンジャーズも、なんだかよく分からない強敵が現れ、どうやって地球を危機に陥れるかを考えることに作り手が汲々としている様子が伺える。その点スター・ウォーズ・シリーズなら、原点に戻るという選択肢があるのだ。これは、エピソード 4 でハン・ソロとチューバッカが乗っていたミレニアム・ファルコン。本作ではレイが、「長年放置されているおんぼろ船」として脱出に利用する。カッコいいじゃないですか。なんとも効率的な廃品利用であり、技術の伝承だ (笑)。
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その一方で、第 1作から 40年近い時の流れを感じる点も多々ある。象徴的なのは主人公たち。レイア、ルーク、ハン・ソロという 3人はいずれも白人であった。今回新たに出て来るキャラクターの中心 3人は、女性、黒人、ヒスパニック。レイアは勇敢に戦う女性ではあったかもしれないが、男性を励まし、ついて行く女性であった。だが今回の主役レイは、男に手を引かれると引きはがし、自らバッタバッタと敵をなぎ倒すのだ。まあ、マスクに隠れて顔の見えない帝国軍側の兵士も、こうなると実は女性が多いのかもしれないが (笑)。演じるデイジー・リドリーは 1992年生まれの英国人。これが本格的な映画デビューのようだ。新時代のフォース覚醒にふさわしい素晴らしい女優ではないか。
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この、女性、黒人、ヒスパニックが救うアメリカ合衆国、あ、違った、共和国であるが、しかし、第 1作と決定的に違うのは、そのエンディングだ。今でも明確に覚えている、祝祭感覚あふれるあのエピソード 4の華やかで和やかなラストシーンと異なり、今回の勝利には笑顔はない。犠牲になった命への哀悼と、まだまだ続く戦いへの緊張感が支配しているのだ。これこそ、1977年時点の米国 (ソ連崩壊も、湾岸戦争も、9・11 テロも、黒人大統領も、IS の台頭も知らない米国) と 2015年時点の米国の明らかな差ではないか。この映画にはその時々の米国の在り方が、如実に反映されているのだ。

またこの映画の美点は、以前の 3人、レイア・オーガナ役のキャリー・フィッシャー、ルーク・スカイウォーカー役のマーク・ハミル、ハン・ソロ役のハリソン・フォードが揃って出演していることだ。その間に過ぎ去った時間をそれぞれリアルに顔に刻印して。ハリソン・フォードは近年自家用飛行機の墜落事故に遭っており、ヒヤリとしたが、皆健在でよかった。もっともこの 3人のうちで立派にハリウッドのトップ俳優としてキャリアを築いたのは彼だけなのであるが、そのキャリアに恥じない、とても 73歳には見えない素晴らしいハン・ソロぶりであった。マーク・ハミルの場合は、以前「キングスマン」の記事でも紹介した通り、なんとも老けた感じになってしまって、この映画にはもう出られないのかと思っていた。しかしながら、本当に最後の最後、孤島に隠遁するルーク・スカイウォーカーとしてほんの少しだけ登場するのだ。こんな感じ。なるほどこれはこれで、悪くはない。よく見ると面影があるし。
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それにしても、ほんの数カットにしか出てこないのに、この映画のエンドタイトルで、彼の名前は役者として 2番目に登場するのはいかがなものか。効率的なギャラの稼ぎ方である (笑)。そういえばエンドタイトルでもうひとり、驚きの役者名を発見。マックス・フォン・シドー。実に 86歳のスウェーデンの名優だ。往年のベルイマン映画で歴史に名をとどめる伝説的俳優だが、あの「エクソシスト」のときですらお爺さんだと思ったのに、まだご健在とは!! ロア・サン・テッカという役で少しだけ出ていて、正直なところ私も見終ったあとで彼と気づいた次第。これは本作のワールドプレミエのときの写真だ。帝国軍の兵士と一緒とは、天国のベルイマン監督が見たら腰を抜かすんじゃないかな (笑)。
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さてさて、このようにこの作品は過去に学び、原点の偉大さに敬意を払いながらも周到に現代の要素を取り入れているのであるが、嬉しかったのは音楽だ。ここでは、ジョン・ウィリアムズの手になるあのメインテーマが高らかに使われていることに加え、音楽担当者として彼の名前がクレジットされているので、実際に新たに作曲したものも入っているのだろう。実は、「ブリッジ・オブ・スパイ」では当然盟友スピルバーグと組んで音楽を担当するはずであったのが、体調不良で果たせなかったとのこと。もしかすると、本作で疲れ切ってしまったのかもしれない。彼も既に 83歳。映画音楽というハードワークに耐えるだけの体力維持がなかなか難しいのかもしれないが、是非、まだまだ頑張って欲しいものである。
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では最後に、音楽ファンの方々にとっておきのネタをご提供しよう。これはウィキにも、映画のプログラムにも書いていないことだ。これだけの規模の映画では、エンドタイトルに目を凝らすのも大変なのだが、ひとつ目に入った情報がある。この映画の音楽は、作曲は上記のジョン・ウィリアムズ。そして劇中に使われている演奏を指揮しているのは、作曲者自身と、もうひとり知らない名前があった。フーン知らないなと思った次の瞬間、その下に、Special Guest Conductor というタイトルで、あっと驚くある有名指揮者の名が登場。それはこの人だ。
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なんと、今をときめくあの天才指揮者、グスタヴォ・ドゥダメルではないか!! 一体どの部分の音楽を指揮しているのか知らないが、Special Guest ということは、場合によってはメインテーマだったりするかもしれない。もしかするとこの役目は、彼が今、ハリウッドのおひざ元 LA のロサンゼルス・フィルの音楽監督であることと関係しているのだろうか。そういえば、第 1作が封切られたときに同じロス・フィルの音楽監督であったズービン・メータ (今年 80歳) は、サントラとは別に、ロス・フィルとともにこの曲のテーマを録音していたものだ。その意味でもこの作品は原点回帰、そして世代交代を意識した製作態度を通しているように思う。どんな天才鬼才も、年は取って行く。だが、あらゆるかたちでその経験や技術が伝承されているところに文化のよさがある。素晴らしいことではないか。

by yokohama7474 | 2016-01-31 23:15 | 映画 | Comments(0)
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