ザ・ウォーク (ロバート・ゼメキス監督 / 原題 : The Walk)

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私はもともと 3Dには懐疑的で、映画を見たあとの残像 (映像のことだけではなく、映画の評価自体も含めて) は、2D だろうが 3D だろうが関係ないと思っている。いやむしろ、下手な 3D映画では、本来の映像の必然性と関係なく、これみよがしに手前で何かが動いているのを見ることになり、なんとも姑息な感じがすることもある。だがその一方、もし 2Dと 3Dと両方選択肢があるとすると、どうせなら 3Dで見たいと思うのもまた人情。というわけでこの映画もしかり。どうせなら 3Dで見て、思い切りクラクラしてみたい。

というのも、この映画のクライマックスはこんな感じだからだ。
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な、何をしているのだコイツは一体。はい。1974年、完成したばかりのニューヨークのワールド・トレード・センターの 2本のタワーの間を、命綱なしに一本のワイヤーの上を歩いて渡っているのだ。実際にそれをやったバカがいて、この映画はその事実に基づいて作られている。上のポスターにある通り、高さは 411m、ワイヤーの幅は 2.2cm。そのどうしようもないバカの名前はフィリップ・プティ。フランス人だ。彼が本当にこのバカなことを成し遂げたときの写真はこれだ。これはドヤ顔というのとはちょっと違うが、どことなくミック・ジャガーを思わせるこのふてぶてしさはどうだ。
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恥ずかしながら私は高所恐怖症。だからこのような映画を見に行くのは、ド M な行為にほかならないのだが、ちょっと待て。我々はこの実在のバカ、フィリップ・プティが今も存命なのを知っている。なので、この映画の中で彼が空中から真っ逆さまに落ちることはないのだ。加えて、こちらの方がより重要だが、これは映画である。よしんば劇中で主人公が落っこちようと、それは映画の中の話であって、私の無事は保障されているのだ。こんな安全な話はない。ということで私は勇み立って IMAX 3D でこの映画を見たのである。

IMAX とは、通常よりも巨大なスクリーンを使い、しかも最高の音響を実現するシステム。これは IMAX 社の登録商標で、国外でも共通のロゴが使われているが、日本では 109シネマズでのみ IMAX を見ることができるのだ。なので、109 シネマズで映画を見ると、予告編の前に上映される宣伝の中で、いかに IMAX がすごいかを口々に語る人たちがいて、その熱狂ぶりが笑えるのであるが、ある女性は「多分よけちゃったもん、私」と笑いながら語っている。私はこれまで何度も IMAX で映画を楽しんでいるが、「なにを大袈裟な」と冷ややかにその宣伝を見てきた。画面に何かが飛んできて、それを思わずよけてしまったことはない。いや、なかった。この映画を見るまでは・・・。正直に白状する。この映画で主人公が綱渡りの練習中に失敗して落ちてしまうシーン、バランスを保つ棒だか何かが、すごい勢いで振ってきて、ああなんたること、私はそれを思わずよけてしまったのである・・・。

だから私は言おう。初めてリアルにゾクゾクする IMAX 3D を経験したと。だが、この映画の特徴がそこだけにあると思ったら大間違い。実は、このようなバカなウォーキングに至るまでの紆余曲折と、ギリギリまで様々な困難とアクシデントにつきまとわれた主人公たちの信念と実行力こそが、この映画の大事な点なのである。この映画の予告編を見たとき、ワールド・トレード・センターの 2本のタワーの間を歩いたバカがいたことは分かったが、それがどのようにして成し遂げられたのかは、全くヒントがなかった。考えてみれば、こんな命にかかわるパフォーマンスを、当局が許すわけはない。ではどうしたか。ゲリラである。共犯グループを結成し、入念な下調べをし、そして当日はビルの屋上に不法侵入し、ちゃんと写真を撮るカメラマンも身内で用意し、それから最も重要なことに、ちゃんと渡れるワイヤーを張るために 2本のタワーの間に補助ワイヤーも通し、万全の準備を徹夜で行って、そして夜明けを待ってコトに及んだわけである。なのでこの映画のひとつの大きな見どころは、手に汗握る事前の準備の描写なのだ。いや実際、何度も挫折が訪れかける。仲間内でも確執が起こり、計画は困難に次ぐ困難に直面するのだ。この過程は、繰り返すが、本当にスリリングで面白い。こんな破天荒なことを企んだ男に、よくぞこれだけのサポートがあったものだ。これがその共犯チームだ。あ、その意味では、1974年当時のニューヨークを見事に再現したこの映画のスタッフも、立派な共犯者と言えよう。
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なにせ監督があのロバート・ゼメキスである。クライマックスの空中ウォークに至るまでの紆余曲折を、無類の語り口で描いていて素晴らしい。手に汗握りながら、安心して見ていられるというこの矛盾。かくして私は、落ちてくる棒を思わずよけてしまうのだ (笑)。
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役者たちも素晴らしい。主役のフィリップを演じるのは、ジョゼフ・ゴードン・レヴィット。カリフォリニア生まれのアメリカ人だが、フランスの台詞も多く、またフランス語なまりの英語もなかなかリアルであった。彼の顔は一見特徴がないようでいて、一度見ればなぜか忘れない顔だ。ブルース・ウィルス主演の「Looper」での演技が印象深かった。これからもどんどん活躍するだろう。
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彼の恋人、アニーを演じたのは、こちらはモントリオール生まれできっとフランス語も母国語として喋るはずの、シャルロット・ルボン。
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素直なキャラクターを素直に演じていたと思う。どこか、まだ若くて初々しかった頃のウィノナ・ライダーを思わせるところもある。まあ、美形という意味ではウィノナ・ライダーの後塵を拝しているかもしれないが、自分に合った役柄をこなしていけば、いい女優になると思う。

さて、もうひとり、ビッグな俳優が出演している。サーカスを率いる座長で、フィリップを指導するパパ・ルディを演じる、あのベン・キングズレーだ。
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あの「ガンジー」から何年経っただろう。あの頃既におじいさんと思ったので、今や相当な年かと思いきや、まだ今年 73歳。このような、とぼけていながらある点で大変頑固、でも実は心根の優しいキャラクターを演じたらピカイチだ。英国人のくせに、チェコ出身の男という役柄で、妙な東欧なまりの英語を喋る。

そんなわけで、なかなかに充実した映画であって、決して高い場所でのクラクラするシーンのみを楽しむべきではない。いやそれどころか、この一大イヴェントを成功させるまでの主人公グループの苦労が多いだけに、クライマックスシーンは静粛で感動的なものになっている。人は彼を無謀なバカ者と呼ぶであろうが、想像するに、彼が空中 411mのワイヤーの上にいたときほど、生きているという深い実感を抱いたことはなかろう。普通の人には経験できない、究極の生を生きたわけである。そんな経験をすれば、きっと人生が変わる。本当に命をかけることで、命の尊さが分かるであろう。まあ私の場合は、そこまでして生を実感したくはないが、でも、想像の翼を働かせて、フィリップの思いをこの映画を通して追体験するのだ。ワイヤーの上のシーンは結構長く、やってくる警官やヘリ、地上の群衆、そして神の化身かとすら思われる鳥、吹いてくる風、揺れるワイヤー、そういったものたちに対するフィリップの思いが語られることで、ただの見世物でない彼の行為が、なんとも素晴らしいものに思われてくるのだ。

この写真は、現在のフィリップと、主演のジョゼフ・ゴードン・レヴィット。多分、この二人の間だけで通じる言語があるのであろう。
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この映画では、ワールド・トレード・センターがその後どうなったかについての言及はないし、ノスタルジアやテロへの警鐘も見当たらない。ただ、そんな要素を入れずとも、この映画を見る百人が百人とも、その後のこのビルの運命に思いを致すであろう。世界は不安に満ちている。だからこそ、411mの空中でワイヤーの上に寝そべったフィリップの行為が、もはや永遠にかなわない人類のひとつの特別な行為として、人々の感覚を強く刺激するのだろう。この場所で何千もの命が散ることになることを、その時命をかけたたったひとりの男は知る由もないが、一本の細いワイヤーの上で輝いたひとりの命こそ、本当に尊いものであったと思い知るのだ。過剰さや感傷を避けたゼメキスの演出が、そのことを雄弁に語っている。・・・ただ、IMAX 3D でこれを見たあと、まるで中空で宙ぶらりんのような気がして、一晩中船酔いのような気持ち悪さにとらわれたことも、正直に告白しておこう (笑)。絶対忘れることのない映画になった。

by yokohama7474 | 2016-02-04 00:19 | 映画 | Comments(0)