ダニエル・バレンボイム指揮 シュターツカペレ・ベルリン ブルックナー・ツィクルス第 4回 2016年 2月13日 サントリーホール

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さて、バレンボイムとベルリン・シュターツカペレによるブルックナーの交響曲シリーズも、4回目となった。まだ半分まで来ていないが、これからいよいよ面白くなるところだ。このシリーズの初回の記事で、この試みはもしかしたら世界初かもしれないと書いたが、このシリーズのプログラムによると、既にウィーンで一度実行されているらしい。

今回の曲目は以下の通り。
 モーツァルト : ピアノ協奏曲第 26番ニ長調「戴冠式」K.537 (ピアノ : ダニエル・バレンボイム)
 ブルックナー : 交響曲第 4番変ホ長調「ロマンティック」

この組み合わせはなかなか面白い。モーツァルトの 20番台のピアノ協奏曲の中で (いい曲ではあるのだがなぜか)、この 26番は多分最も演奏頻度が低いと思う。一方ブルックナーの 4番は、恐らくは彼の交響曲の中では最も親しみやすく、演奏頻度も高い。かく言う私も、中学生のときに最初に聴いたブルックナーは、この 4番であった。人気曲目に土曜日とあって、会場は今回のツィクルスで初めて、ほぼ満席だ。

実はこの日、このツィクルスをシリーズ券で買っている人を対象に、リハーサルが公開された。演奏会本番は 14時から、ホールの開場は 13時30分からであるところ、リハーサルは 12時30分から 13時30分までだ。いつもそんな直前にリハーサルをしているのか、いつもたった 1時間しかリハーサルをしないのか、そのあたりは不明だが、会場にはこの壮大なツィクルスを通しで買っている同志の人たちが大集合。まぁその、チケット代がいくらしたかとはっきり書くと家人から睨まれるのでぼかして書くしかないが、普通の人がちょっとした海外旅行に行こうかと思うくらいの金額にはなっている。そんな代金を払ってシリーズで聴くモノ好き、いや同好の人たちはどのくらいいるかというと、恐らく 150人程度であったろうか。サントリーホール 1階客席の真ん中より後ろに適宜着席せよとの係の指示。なにせブルックナーを 9曲通しで聴こうなどという輩には、妙齢の女性など数えるほどしかおらず、見事にオジサンの集合となりました (笑)。あ、もちろん私を含めての話だが。でもしょうがないね、それは。

バレンボイムのリハーサルは初めて目にするが、大変に要領がよい。最初の 25分程度がブルックナー、そのあとやはり 25分程度モーツァルトで、自分が確認したい箇所をオケに告げて、短ければ数十秒、長くても 2 - 3分演奏してはどんどん次へ進んで行く。ブルックナーは第 1楽章冒頭から演奏されたが、ホルンのソロが見事に決まると、楽員たちは足踏みして拍手。その後第 2楽章、第 3楽章、第 4楽章と、ほんの一部ずつが演奏され、ある場合には音のニュアンスが違うのか、指揮者が音形を歌ってみせて、何度もやり直しをすることもあった。特にリズムの強調などに力点が置かれていたように思う。モーツァルトも同様の進め方であったが、第 2楽章は飛ばされていた。指揮台の手すりにはタオルが掛けられ、足元には水が置いてあったが、バレンボイムはどちらにも触ることすらなかった。そして、2曲のリハーサルが終わったとき、面白いことが起こったのだ。バレンボイムは、照明がかなり落とされた客席を見て、何やら我々の方を睨んだと思うと、なんとなんと、エイヤとばかりにステージから客席に飛び降りたのだ (今調べると、サントリーホールのステージの高さは 80cm)。そしてツカツカとこちらの方にやってくる。ひえーっ、一体何が起こるのかと見ていると、「皆さんブルックナーのシンフォニーを全部聴くんですよね。英語大丈夫ですか」と尋ねる。彼は滑舌のよくない人で、英語もあまり明晰とは言えないが、私の隣の人が「イエス」と答えた。それにもかかわらず (笑)、マエストロは日本人通訳を呼んで、ドイツ語での演説になったのである。いわく、「ブルックナーの音楽は作曲順に聴いて行くことに大きな意味がある。作曲技法や構造の発展を辿ることができる。よくブルックナーは同じ曲をいくつも書いたと言われるが、それは真実ではなく、よく聴くと 1曲ずつ全く異なる。1番と 2番はちょっと似ているかもしれないが、2番から 3番へは大きなステップであり、今日演奏する 4番はまた全然違う曲だ。明日演奏する 5番は、ブルックナーの交響曲の中でも最も大きな構造を持っている。そのように、続けて聴いて行くことに意味がある」とのこと。また、質問はないかとの問いかけに、3人の人たちが日本語、英語 (香港からわざわざ来られたらしい)、ドイツ語での質問をされた。ブルックナー演奏について回る版の問題と、第 0番を演奏しないのかという質問。版について語る中で大変印象深かったのは、版の選択をすれば演奏者はそれに対して責任を持たないといけないという発言であった。つまり、音楽家たるもの、自分の信念に応じて演奏する版の選択をする「自由」があると言うのではなく、その版を選ぶ「責任」があるというのだ。そこから彼の政治信念と思われる話につながったが、いわく、人と人の対話であれば、一人が喋っていれば相手は黙っているしかないが、音楽の場合には、音が鳴っているその間にも、鳴っている音に対して「そうそう」「違うなぁ」ということを自分の中で決めて行くことができる。換言すると、違う意見が同時に存在するのを認めるのが音楽だというのだ。明らかにこれは、彼が今情熱を注いでいる、ユダヤ人とパレスティナ人の若者を集めた West East Divan Orchestra (略して "WE DO") の理念であろう。版の問題に関連して、原理主義はどこにでもあるが、本質的なことから外れることがあると語っていた。また、0番の演奏はしないが、日本人の使う "No" だと、将来的な演奏に含みを持たせた (?) ようにも思われた。こんな感じでリラックスして喋っていて、スタッフが「そろそろお時間です」と言いに来るということとなった。大変貴重な機会であった。
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さて、演奏については、長々と書くのはやめよう。モーツァルトは、これまでの曲にも増して粒立ちのよい音で美しく響き、ときにはロマン性を漂わせることすらあった。この曲には祝典的な要素があるが、それに加えて、ほかのピアノ協奏曲よりもオペラを思わせる瞬間が多いように思う。このオケはオペラハウスのオケなのである。独奏者とオーケストラの親密な会話が、200年以上を経てもなお活き活きと響くことに、改めて感動した。

メインのブルックナー。惜しむらくは冒頭のホルンが、リハーサルでは完璧だったのに本番では少しかすれてしまって、今回のツィクルスでの初の (?) ミスかとも思われたが、その後も全曲を通して存在するホルンが活躍する箇所では、全く危なげない素晴らしい音色であった。上記に記したバレンボイムの言葉の通り、私自身もこの連続演奏会を通してブルックナーの作曲技法の進展と、それゆえにこそ初期の作品にも愛すべきところがあると改めて実感しているが、この 4番で、作曲者は未知の世界に飛び出したのだとはっきり分かる。序奏から主部に入るとき、いい演奏では、まるで航空機からの俯瞰撮影で森にぐっと迫って行くような感覚を覚えるが、今回は、チェリビダッケとミュンヘン・フィルの来日公演以来の強い飛翔感に、鳥肌立つ思いであった。そして、今回から登場したチューバ奏者は、楽器をそのまま飲み込めるのではないかと思われるくらいの巨漢であり、大音響で鳴り響く箇所では、なんの遠慮会釈もなく (そりゃそうですな 笑) 豪快に吹き、ひとつのマッスとしてのオーケストラが、風船のように膨らんで行くような錯覚すら覚えた。弦楽器のニュアンスも相変わらず最高で、とにかく譜面が隅から隅まで音になりきったという感じであった。この曲の終楽章は、ブルックナーの終楽章としては最もドラマティックであると思うが、大音響で終結部に至ったとき、この音響はブルックナーとしてもそれまで書いたことのない、音の大伽藍であると感じ入ったものだ。終演後、オケが引き上げたあとに、一旦拍手がやみかけたが、数人がずっと拍手を継続し、それが広がって行って再び大きな拍手となり、バレンボイムは単独で姿を見せた。今回のツィクルスでは今回が初めてである。

さて、これまで触れて来なかったが、今回のツィクルスでは、2人のコンサートマスターが交代でトップを務めている。これまでのところ、奇数番号は中年の男性、偶数番号は若い女性だ。この若い女性の方は東洋系で、どこかで見たことあると最初に思ったのだが、すぐに気が付いた。あっ!! 彼女は有希・マヌエラ・ヤンケではないか。
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「ヤンケ」と言っても大阪出身ではない (笑)。父がドイツ人、母が日本人のハーフで、ソリストとしても活躍している。私が一瞬分からなかったのも、確か彼女はこのオケではなく、もうひとつのドイツの歌劇場オーケストラの雄、ドレスデン・シュターツカペレのコンサートマスターではなかったか。でも今回のメンバー表には彼女の名前がちゃんと載っており、帰宅して調べてみると、昨年からこのベルリン・シュターツカペレのコンマスに就任した由。素晴らしいヴァイオリニストだ。

さて、ツィクルスはいよいよ半ばへ。体力の要ることだが、この指揮者とこのオケなら、これからさらに白熱する演奏を期待できるだろう。

by yokohama7474 | 2016-02-14 02:20 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by 吉村 at 2016-02-14 15:52 x
26番、オケとの掛け合い、良かったですね。4番に関しては、冒頭のホルン残念でしたね。私の席の前の方は主催者関係者でおられるようで、今日はパーヴォヤルヴィが挨拶に来てました。周りも音楽関係者のようで、昨晩はバレンボイムも出たパーティがあったようで、その場でも、ホルン残念だったね、ということが話題だったそうです。彼は1番若いホルン奏者とのことで、プレッシャーだったよねー、と話しておられました。あと、バレンボイムはヤルヴィのニールセン聴きにいった?だそうです。ヤルヴィ、最初からスタンディングオーベーションでしたね。
Commented by yokohama7474 at 2016-02-14 18:19
> 吉村さん
早速コメントありがとうございます。ヤルヴィは金・土と N 響でニールセンの 5番を演奏していて、私はこの曲が大好きなので行きたかったのですが、土曜日のチケットはこのシリーズと完全にダブりだったので、売ってしまいました。バレンボイムが行ったのなら、彼の演奏会がなかっか金曜日でしょうね。
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