小澤征爾音楽塾 ヨハン・シュトラウス作曲 喜歌劇「こうもり」(指揮 : 小澤征爾 & 村上寿昭 / 演出 : デイヴィッド・ニース) 2016年 2月24日 愛知県芸術劇場大ホール

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2000年から始まった小澤征爾音楽塾は、指揮者の小澤征爾の教育にかける情熱を具体的なかたちで世に問う活動である。オーディションで選ばれた若者たちがオーケストラと合唱団を務め、世界一流の歌手たちを招いて、日本数ヶ所でオペラを上演する。小澤自身がカラヤンから学んだという、「オペラとオーケストラは車輪の両輪」という理念に基づき、日常的にオペラに親しむ環境を日本に根付かせるということが大きな目的となっている。ただ、2009年以降はオペラだけではなくオーケストラだけの演奏会もこの音楽塾の名前のもとで行われていて、今調べてみると、今回を含めて 17のプロジェクトのうち、オペラが (小澤自身が病気等の理由により指揮できなかったものも含め) 13、オーケストラ演奏会が 4という内訳になっている。ところが、今回は「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト XIV (14)」となっていて、抜けている 1プロジェクトが何であるのか判然としない。ともあれ、13 が正だとすると、そのうちの実に 3プロジェクトが、この「こうもり」なのである。因みにほかの演目は以下の通り。
 モーツァルト : フィガロの結婚 (2回)
 モーツァルト : コシ・ファン・トゥッテ
 モーツァルト : ドン・ジョヴァンニ
 プッチーニ : ラ・ボエーム
 ロッシーニ : セヴィリアの理髪師
 ビゼー : カルメン
 フンパーディンク : ヘンゼルとグレーテル
 プッチーニ : 蝶々夫人
 ラヴェル : 子供と魔法

すぐに分かる通り、ここにはヴェルディもワーグナーもない。概して非常に親しみやすい演目ばかりである。オペラの普及にはちょうどよい作品が選ばれているようだ。それから、オーケストラのメンバーはオーディションで選ばれていることは上述の通りだが、今回のプログラムに記載されている過去の参加者には、その後活躍している人たちの名前も見える。例えば、ヴァイオリンでは、大阪フィルのコンサートマスターから最近読響に移った長原幸太や、ウィーンで活躍する白井圭。チェロでは若手のホープ、宮田大などである。自身、恩師からの教育への深い感謝の念を抱き続けるとともに、若者の教育に情熱を注ぐ小澤の試みは、今後の日本のクラシック音楽の屋台骨を形成していくのかもしれない。
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それにしても驚くのは、この「こうもり」というオペレッタが、これほど頻繁にこの音楽塾の演目に上がっていることだ。言うまでもなくこれは19世紀後半に活躍したワルツ王ヨハン・シュトラウスの傑作オペレッタ。大変面白い名作ではあるが、いかにもウィーンの雰囲気に満ち満ちていて、日本人の日常感覚と近いものとは言い難い。また、小澤がいかにこの世界最高峰のオペラハウスの音楽監督であったとはいえ、現地でこのオペレッタを指揮したことはないはず。それだけ、ある種特殊な演目だと思うのである。加えて、このウィーンのオペレッタという奴にはドイツ語のセリフが入り、これがなかなかに厄介だ。私自身の経験では、ウィーンでは 3回この演目を見ていて、オペレッタの総本山、フォルクス・オーパーでも見たし、定番である大晦日の国立歌劇場での上演も見たが、ひとつの大きな問題が常に存在する。ドイツ語を解さない聴衆のひとりとしては、周りが皆笑っているのに、それについて行けない疎外感があるのだ。日本でこのオペレッタをどのように上演すれば楽しめるのであろうか。尚、今回はスポンサーのロームの本拠地である京都で 2回、名古屋と東京で各 1回の、計 4回の上演である。

小澤は既に 80歳を迎え、先の闘病生活の影響もあってか、ここ数年は舞台に立ってもフルにオーケストラコンサートや、ましてや今回のような正味 2時間を超えるオペラやオペレッタを通して指揮する体力はないらしく、指揮する時間はごく限られている。今回も、村上寿昭という 1974年生まれの指揮者と、場面によって交代しての指揮である。この村上という指揮者、桐朋学園在学中から小澤のアシスタントとして活動しており、現在ではリンツやハノーファーの歌劇場で指揮を取っているらしい。そうすると、今回の起用は、ドイツ語圏での活躍から、ドイツ語オペレッタへの適性が見込まれたものだろうか。
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このような、小澤とほかの指揮者が指揮を分け合うオペラ上演は、この小澤征爾音楽塾の 2014年の「フィガロの結婚」で既に目にしたが、そのときは、小澤ともう一人の指揮者が、全く交代で指揮をしたので、一人が指揮しているときにはもう一人は舞台の袖に引っ込んでいたと記憶する。だが今回は、序曲を指揮した後小澤は指揮台のすぐ右手の椅子に座ってその場に残り、村上の指揮の間もオーケストラを睥睨し、また場合によってはリズムに体を揺らして反応していた。小澤が指揮したのは、序曲・終曲を含む全体の半分か4割程度であり、概して村上は激しくテンポの速い部分、小澤は抒情的でテンポの緩やかな部分を中心にしていたように思われた。ただ、指揮者の役割とは、実際に指揮台に立って指示を出す以前の音楽作りに既に存在している。その意味では、指揮はせずとも演奏中最初から最後までその場にとどまった小澤の意向が、音楽の隅々にまで行き渡っていたものと思われる。

この小澤征爾音楽塾や、その前にシリーズ化されていたヘネシーオペラといった、小澤が日本で指揮するオペラにおいて、演出家はデイヴィッド・ニースが起用されるケースがほとんどであった。過去 2回の「こうもり」上演 (2003年、2008年) はいずれも彼の手による、しかし異なる演出であったようだが、今回はまたそれら 2回とはまた違い、メトロポリタン歌劇場の装置を使った古典的なオットー・シェンクの演出を踏襲している。出演している歌手陣は、とりわけ有名というわけではないが、それぞれに世界の主要な歌劇場で歌っている国外の名歌手ばかり。先に記事を書いた二期会の公演とはそこが異なっており、あのやり方もこのやり方も成り立たせてしまう日本の音楽界の懐の深さに、改めて感慨を抱く。
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歌手の中で印象に残ったのは、まずはファルケ博士役のザッカリー・ネルソン。あたかもオッフェンバックの「ホフマン物語」の敵役のような、ある種の悪魔性をたたえたファルケで、舞台に出てきた瞬間に雰囲気を作ってしまうバリトンだ。米国人で、サンタフェ・オペラに頻繁に出演しているほか、ドレスデン・シュターツオーパーにも脇役で何度も出ているらしい。アイゼンシュタイン役のアドリアン・エレートはオーストリア人。バイロイトで「マイスタジンガー」のベックメッサー、ウィーンで「ラインの黄金」のローゲ、ほかドイツ語圏を中心に活躍。東京の新国立劇場では、「ドン・ジョヴァンニ」の主役や、このアイゼンシュタインも歌っている。ロザリンデ役のタマラ・ウィルソンは米国人の恰幅のよいソプラノで、メトロポリタン歌劇場に「アイーダ」の主役で昨シーズンデビューしたらしい。アデーレ役のアナ・クリスティーは、例のグラミー賞を取った小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラによるラヴェルの「子供と魔法」にも出ていたし、2008年の小澤征爾音楽塾の「こうもり」公演で既に同じ役を演じている。オルロフスキー公役のマリー・ルノルマンはフランス人メゾソプラノ。やはりサイトウ・キネンの「子供と魔法」にも出ていたし、バロック・オペラなどにも出演している。なんとも多彩な顔ぶれではないか。そして「こうもり」と言えば、第 3幕の刑務所の場面に出てくる看守フロッシュが狂言回しとして重要である。この役は歌わずにセリフを喋るだけなので、俳優が演じるのが通例だと思うが、上記で述べた通り、ドイツ語圏で見るときには、何やらアドリブでおかしいことを言っているらしいのに、周りの笑いについて行けない疎外感がある。その点日本での上演では安心だ。日本人俳優が日本語でしゃべるからだ。ここでは個性派俳優、笹野高史が演じていて、なんともおかしい。山田洋二監督作品がメインの活躍の舞台であるようで、私はそこにはほとんど縁がないのだが、「プリンセス・トヨトミ」の演技など、大変鮮烈であった。体で芸のできる役者である。例えばこのオペレッタでも、酔っぱらってムーンウォークを披露したり、またイーダとオルガを名乗る姉妹が登場したときに「なに、飯田さんがおるが?」などとダジャレをかましてくれると、やはり腹を抱えて笑うことになるのである。
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このような充実した顔ぶれで、賑やかな舞台が実現した。第 2幕の舞踏会の場面では、ガラコンサートのような趣向が取られるケースもあるが、ここでは、ロザリンデ扮するところのハンガリーの伯爵夫人によるチャルダーシュのあと、ポルカ「ハンガリー万歳」が演奏され (曲名を知らない人はその流れが分からないだろうが、まあ、別に曲名が分からずとも楽しめるのも事実)、その後には定番のポルカ「雷鳴と電光」の演奏もあった。もちろん、カルロス・クライバーの指揮ではないから、鳥肌立つような演奏を期待してはならない。村上のきっちりとした指揮が、堅実な音楽を作っていた。

全体を通して、ウィーン風という情緒があったか否かというと、それは少し違う気がする。あの退廃的で享楽的なウィーンの響きはそこにはなく、丁寧に描かれて行く音の流れに重点が置かれていた。まあそれが「こうもり」の本質かと言えば、ウィーンという街の毒をよく知っている人の中には異論は多々あるような気もするが、でも多くの人が楽しめる舞台であればそれには大きな意味があるし、何より若者たちが苦労しながらも楽しんで演奏するなら、それは日本の日常にはない経験だ。小澤征爾という名前のみがこの頻度でこれだけの内容の舞台を可能にしているのが現実であるが、演奏する側も鑑賞する側も、例えば 30年前の状態と比較すれば、オペラへの親しみという点では変わってきていることは確かで、それを受け継いで行くことで、日本は今後成熟国家としての様相を呈して行くこともできるかもしれない。・・・そう信じよう。

ところで、ワルツ王ヨハン・シュトラウスに関して私の好きな逸話がある。この「こうもり」も、ドタバタ騒ぎの後、シャンパンを飲んで浮世を忘れようという内容だが、ヨハン・シュトラウスの活躍した 19世紀後半のウィーンでは、実際にこのような享楽的な舞踏会が夜ごと行われていたのであろう。その主役のひとりとして大変な人気を誇ったこの作曲者が、大騒ぎがハネて賑やかな場所がガランとしてしまった宴の後に、朝まで残ってひとり静かに曲想を練っていたことがままあったということだ。どんな天才にも苦労の時間があり、でもその苦労を人前で見せることなく、孤独感に向かい合いながら人知れず芸術を作り出したその姿に感動する。その意味では小澤という指揮者も、ボストン時代にはパーティがあろうと何があろうと、翌日早朝には起きて孤独なスコアの勉強を続けていたという。人なつっこい笑顔の裏の壮絶な努力こそ、いかなる天才にとっても必要不可欠なものなのであろう。
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by yokohama7474 | 2016-02-27 00:00 | 音楽 (Live) | Comments(0)