チョン・ミョンフン指揮 東京フィル (ピアノ : 小林愛実) 2016年 2月26日 サントリーホール

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東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) の桂冠名誉指揮者であり、世界でもトップクラスの名指揮者であるチョン・ミョンフンが、その東フィルの指揮台に戻ってきて、しかもピアノまで弾くという。昨年末に東フィルとソウル・フィルの合同演奏会で第九を演奏したようだが、それは聴くことはできなかった。その後チョンがソウル・フィルの音楽監督を辞任したというニュースも入って来たが、今回東フィルの指揮台で聴くことができて何より。同じ曲目で 3回の演奏会が開かれ、チケットはほぼ完売。しかもメインは天下の大人気曲、マーラーの交響曲第 5番嬰ハ短調、そしてその前座としてモーツァルトのピアノ協奏曲第 23番イ長調K.488の弾き振りまでしてくれるのだ。何を隠そう、彼はもともとピアニストで、1974年のチャイコフスキー・コンクールのピアノ部門第 2位 (ちなみに 1位はソ連のアンドレイ・ガヴリーロフであったが、今調べてびっくりしたことには、現代最高のピアニストのひとり、アンドラーシュ・シフはなんとそのとき 4位だったのだ!!)。なので彼のピアノは、指揮者の余技というレヴェルを優に超えている。ところが、会場に着いて目にしたのはこの通知だ。
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指の故障とあらば仕方ない。だが実は私には、少し思い当たる節がある。既に昨年のゴールデン・ウィーク (当時はまだこのブログを開設していなかったので記事は書いていないが) に、チョンと東フィルのコンビによるこのコンチェルトを聴いているのだ。軽井沢の大賀ホールでの演奏。これは約 750席と中規模の、だが素晴らしい響きのホールで、この演奏も実に素晴らしかったのだが、途中で信じられない事態が出来した。軽やかに奏でられていたチョンのピアノがちょっともつれたかと思うと、彼はオケを止め、"That's no good. Sorry." と言って、また演奏を再開したのだ。"no good" はいわゆる NG のことで、日本語にすると、「すみません、今のナシ」ということだ。私も大概いろんなコンサートを聴いてきたが、そのような事態に遭遇したのはこの時きりだ。この小さいホールだったからまだ聴衆との距離が近くて、そのようなことができたのであろうが、2000人を収容するサントリーホールではなんとか乗り切るしかないと思う。今回のキャンセルは純粋に指の故障であるかもしれないものの、いかなる名演奏家も人の子、昨年のトラブルがトラウマになっているようなこともないとは言えまい。考え過ぎかもしれないが、プロが演奏会前に指を故障することって本当にあるのだろうか、と思ってしまいます。

そして、代役として登場したのは、まだ 20歳の若いピアニスト、小林愛実 (あいみ)。
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私は彼女の名前を知らなかったが、9歳でデビュー、14歳で EMI から CD も出していて、いわゆる天才少女としてキャリアをスタートさせている。昨年、チョ・ソンジンが優勝したショパン・コンクールでの最終予選に、日本人として 10年ぶりに残ったとのことで、惜しくも入賞は逃したものの、その際にはマスコミの注目を集めていたようだ。YouTube ではそのときの彼女のインタビューも見ることができるが、実に悔しそうだ。もちろん、演奏家はある種のアスリートのようなもので、他人に負けることは大きな屈辱だろう。だが、月並みながらその悔しさをバネに頑張ることこそが肝要だろう。なにせあのシフですら、チャイコスフキーコンクールで 4位だったのだ!! さて今日の演奏、私の感想は、「若いピアニストにはモーツァルトは難しいのだろうな」というもの。もちろん、約一週間前に、バレンボイムが同じ曲を弾き振りするのを聴いたばかり。これはさすがに分が悪かろう。いつもながら聴く方は気楽に批評できて、演奏者の方々には申し訳ないのだが、小林の音色にはまだ練れたものがなく、ちょっと素直すぎると言ってしまいたくなる。一回一回の打鍵が可能にする無限の表現の世界に遊ぶという境地でないと、このような曲の愉悦感は本当に現れて来ない。私がそれを実感したのは、彼女がアンコールで弾いたショパンのノクターン 20番嬰ハ短調を聴いたときだ。あの名画「戦場のピアニスト」で演奏されていた曲だ。ここでの小林の演奏は、本当に深いロマン性を感じさせるもので、じっくりと聴き入るに値する素晴らしい演奏だった。なので今の彼女にとっては、モーツァルトよりもショパンに適性ありと言えるように思う。もちろん、若いピアニストのこと、これから様々な可能性が拓けることであろう。自分の感性に合った曲を弾いて行ってもらいたい。ところでこのアンコール、嬰ハ短調という珍しい調性であるが、実は後半のメインの曲目、マーラー 5番と同じ調性であるのだ。そこまで考えてアンコールを選曲したのか否かは分からないが。

さて、そのマーラー 5番である。ここで私は白状しなければならない。これまでにチョンの指揮するこの曲を実演で 2回聴いている。最初は 1995年にフィルハーモニア管弦楽団との来日公演で。2度目は 1997年に彼が自ら設立したアジア・フィルの旗揚げ公演で。そして、どちらも結果はかなり残念なものだったのである。特にフィルハーモニアとの演奏は、音楽評論家の金子建志が「チョンの才能の全否定まで考えざるを得ない」という衝撃 (!!) の酷評をしたことをよく覚えているが、私もそれには大いに同感したものである。アジア・フィルの場合には、現在はいざ知らず、当時のメンバーの演奏水準には、この曲は難しすぎたのだと整理したが、フィルハーモニアほどの一流オケとの演奏で、なぜにそんな惨憺たる結果になったのか。今演奏内容の詳細を思い出すことはできないが、覚えているのは、いわゆるマーラーらしい音の流れ (うまく説明できないが・・・) がなく、「ここはこう鳴って欲しい」というマーラーサウンドへの適性に問題ありと判断したことである。だが、それから既に 20年前後の時が経った。円熟のマエストロのマーラーやいかに。
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終わってみれば、大変な熱演であった。最近の演奏会では、大きな音で終わる曲でも、しばらく余韻を置いてから拍手が起こるものだが、今回は、日本が元気だったバブル期を思い出させるような (笑)、「ギャオー」とすら聴こえる熱烈ブラヴォーが、最後の和音とともに沸き起こったのである。私の隣の席には初老の品のよい方が座っていて、演奏中はおとなしく聴いておられたが、終演後の拍手の中、トランペットが起立すると何度か、口に手をあてて別人のように「ブ~ラヴォォォォ~~~!!!!」と大きな雄叫びを挙げておられて、びっくりしてしまったものだ。これは尋常ならざる客席の反応と言ってよいだろう。私も、特に第 2楽章で音楽が明らかに熱を帯びてきたのを聴いて、これはかなりの高みに達する演奏になるだろうと思ったし、それから特筆大書すべきは、第 1楽章冒頭のトランペットや第 3楽章冒頭のホルンが、「よっしゃ!!」と膝を打ちたくなるほど完璧であったことである。そう、今思い出してみても、いくつかの場面では、弦楽器の情念の唸りが、凄まじい表現力を伴ってのた打ち回っていたことに興奮する。・・・だが。やはり私の中には、なんとも説明できない違和感があるのだ。チョンの演奏では、同時に鳴り響いている数々の楽器がくっきりと際立って聴こえることが少ない。張りつめた鋭さと、自然な呼吸による緩急、それらの要素の対照がマーラーをマーラーたらしめるところ、あえて言えば平面的な流れに終わってしまっている感がつきまとっていて、多分これが私の違和感の理由であろう。つまりマーラーが表現したかった世界苦は、ある種の職人気質によって実現する「作られた分裂」とでも言うべき音楽的情景を必要としていて、チョンのような真っ向からの描き方には、要するに屈折が足りないのではないだろうか。そう考えると、彼のアプローチは 20年前と変わっておらず、少なくとも私が考える最高のマーラーとは、やはりちょっと違うのである。もちろん、繰り返しになるが、素晴らしい部分も多々あったし、オケの奮闘ぶりには目を見張るものがあったので、今回の演奏を凡庸とか失敗とか言うつもりは毛頭ない。終演後にホールから出る人たちは、口々に素晴らしかったスゴかったと喋っており、一人の若者などは、「今までに聴いたマーラーの中で最高だよ」と興奮して誰かに電話していた。だが私としては、1987年にザルツブルクでバーンスタイン指揮のウィーン・フィルでこの曲の演奏を聴いてさぁ、などと若者に自慢するイヤなオヤジにはなりたくないが、そもそもこの作曲家の、特にこの曲にのめり込む過程で聴いてきた名演の数々の「マイ殿堂」に今回の演奏を加えることはないと思う。

マーラーは本当に一筋縄ではいかない作曲家である。「そうかな、今日の演奏、よかったじゃないか」などとうそぶきそうな肖像ですがね。
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by yokohama7474 | 2016-02-27 01:51 | 音楽 (Live) | Comments(5)
Commented by りったー at 2016-03-07 09:41 x
チョンのあれだけ素晴らしい名演に違和感を覚えた貴方が翌日の山田の凡庸なマーラーに感動している文章読むと、貴方はチョンに対して何かしらの人種差別的な偏見があるのではないかとしか思えなくなります。
山田の力感が全く無い凡庸極まりないマーラーで満足されている貴方にはバーンスタインの演奏も内容ではなくブランド的に感動されたんでしょうねと思いたくなります。
チョンのマーラーに違和感を覚えたのに山田のマーラーに満足されている貴方はハッキリ言って糞耳です。
音がキレイに聴こえればそれで満足か?
Commented by yokohama7474 at 2016-03-07 17:33
コメントありがとうございます。ブログを書いていれば、当然、違う意見の方々の目にも多く触れるわけで、まあ、糞耳との評価も、アリだろうと思います。想定の範囲内です。人それぞれに感性は違い、好みも経験も思い入れも異なるので、私の記事を不愉快と思われることについては、それは失礼致しましたと申しあげましょう。ただ、人種差別云々とは、全く予想だにしないご意見で、正直言ってびっくりしました。お時間あれば、私が以前書いた、チョンとソウル・フィルの演奏に関する記事をご覧頂ければ幸いです。私がいかに糞耳であっても、音楽という自由な世界に遊ぶときに、そんな愚かなことを考える人間ではないことだけは、はっきりと申し上げます。音楽に関しては、違うご意見は大歓迎ですので、またお時間あればお立ち寄り下さい。
Commented by yokohama7474 at 2016-03-07 17:53
りったーさま
一点補足ですが、私がバーンスタインのマーラー演奏をブランドとして感動したのだろうというご指摘については、1月 9日付の大植英次指揮日フィルの記事の最後の方をご覧頂ければ、誤解であることをご理解されると思います。
Commented by クソガキ at 2016-05-05 05:51 x
品がない、生意気なクソガキでした…と某評論家が言ってました。ズバリですね~(笑)
Commented by yokohama7474 at 2016-05-05 09:50
コメントありがとうございます。頂いた内容からだと、誰のことを指しておられるのか判然としませんが (笑)、いずれにせよ芸術家であれば「生意気なクソガキ」、大いに結構ではないでしょうか。またお時間あればお立ち寄り下さい。
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