ローター・ツァグロゼク指揮 読売日本交響楽団 2016年 3月10日 サントリーホール

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今回の指揮者ローター・ツァグロゼクは、いわゆる通好みの名前と言えようか、英デッカ・レーベルの「退廃音楽」シリーズ (1930年代にナチによってそのように名付けられて弾圧された当時の前衛音楽) の録音でよく知られる (?) 人である。私の場合はそれに加えて、昔 FM から盛んにエアチェックしていた頃に彼の指揮でいくつかの演奏会を録音していて、例えばクルシェネクの交響曲第 2番 (今手元にカセットテープを引っ張り出してくることができないが、確かオケはオーストリア放送響だったか?) などの珍品を聴いていたものだ。また最近では、マニアックな人たちのお眼鏡にかなった指揮者のライヴ録音だけを販売する ALTUS レーベルからいくつか CD が出ているようだ。

このツァグロゼク、日本では以前 N 響を指揮したことがあるようであるが、今回は読売日本響 (通称「読響」= よみきょう) に初登場だ。上のポスターにある通り、2種類のプログラムを指揮し、ひとつはブラームスの 1番、もうひとつはベートーヴェンの 3番「英雄」をメインに据えるという堂々たるドイツ音楽プログラムだ。特に今回は以下の通り、ドイツ物ばかり。
 ブラームス : 悲劇的序曲作品 81
 リヒャルト・シュトラウス : メタモルフォーゼン
 ブラームス : 交響曲第 1番ハ短調作品 68

しかしながら、もうひとつのプログラムでは、英国の現代作曲家、ジョージ・ベンジャミンの作品を日本初演するなど、なかなか油断できないプログラミングである (笑)。このように細身、小柄な人で、1942年生まれだからもう今年 74歳になるはずだが、必ずポンと飛び跳ねて指揮台に飛び乗る身軽さだ。
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この曲目の真ん中の置かれたシュトラウスのメタモルフォーゼン (変容) は、弦楽器奏者 23人によって奏される痛々しい音楽で、1945年の 3月から 4月にかけて作曲されている。80歳を超えた老大家が、戦争末期で各地が瓦礫と化して行く祖国ドイツの状況を悲しみ、ベートーヴェンの英雄交響曲 (今回のツァグロゼク指揮のもうひとつのプログラムのメイン曲だ) の第 2楽章、葬送行進曲を題材として作曲した曲。プログラムに掲載されたツァグロゼクの言葉は以下の通り。

QUOTE
東日本大震災から 5年が経ちました。
71年前、R. シュトラウスは崩れゆく故郷を前に「メタモルフォーゼン」を作曲しました。失われたかけがえのない命や日々を悼み、本日、「メタモルフォーゼン」を演奏します。被災地の復興とみなさまの幸せを心からお祈りいたします。
UNQUOTE

なるほど、このプログラムは今日 3月10日と 3月12日の 2回演奏されるが、3月11日当日を挟んでの演奏ということになる。このプログラムは、「悲劇的」序曲で悲劇的に始まり、犠牲者を悼む祈りの音楽を経て、最後の交響曲では、闘争から沈思、つかの間の休息を経て最終的な勝利の凱歌に至るわけで、全体としてなかなかよくできたプログラムだ。

初めて生で聴くツァグロゼクの音楽は、冒頭の序曲ではいわゆるドイツ的と言えそうな (あるいは、昔、弦楽器が全員男性だった頃の読響を思わせる) 精悍な合奏能力を聴かせ、特にヴィオラに細かい指示を出すなどして内声部の充実した強い音楽を奏でていたが、終わってから全体を振り返ってみれば、重々しいドイツ流の音楽というよりは、職人性を伴った堅実な音楽という印象の方が強い。メタモルフォーゼンは追悼の音楽にふさわしいゆったりとした流れがあり、各声部の絡みは美しく、感傷的ではないが作品本来の美感を充分に表すものであった。交響曲第 1番は、冒頭の重々しさはさほどでもなく、着実な進行に重点のある演奏で、最近は結構実行されることの多い第 1楽章提示部の繰り返しも省略していた。テンポは中庸から若干早めと言えただろうか。情熱の炸裂という印象はなかったが、非常に安心して身を委ねられる音楽であったように思う。このような指揮者は、私の独断によると、70代後半から面白くなってくる可能性大である。究極の職人技はそのまま究極の芸術に変わって行くものであるからだ。つまり、情熱とかカリスマというものも指揮者には大事だが、職人技なくしてはそのような要素も活きて来ないので、円熟とともに、それまでの経験の蓄積が楽員から何か不思議な力を引き出す説得力が出てくるものだと思う。その意味ではこの指揮者、これから期待できるのではないか。さすがオタク垂涎の ALTUS レーベルに録音しているだけのことはある。ドイツ音楽だけでなく、近代音楽全般、特にフランス音楽など面白そうに思うのだが、いかがだろう。

ところで今回のツァグロゼク指揮の一連の演奏会で、過去 3年間読響のコンサートマスターのひとりとして活躍したダニエル・ゲーデが引退する。
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このオケのコンサートマスターには、最近まで藤原浜雄やデイヴィッド・ノーラン、現在でもゲーデ以外に小森谷巧、日下紗矢子、長原幸太と、大変優秀な人たちが並んでいて、なんとも豪勢だ。このゲーデは、1994年から 2000年まであのウィーン・フィルのコンサートマスターであった人で、期間限定での就任であったようだが、周りの楽員たちにもよい刺激になったことであろう。今回のブラームス 1番には、第 2楽章の後半にコンサートマスターのソロがあるが、確かにちょっとウィーン風の自由度の高いヴァイオリンのように聴こえた。ツァグロゼクの指揮とよく合っていたか否かはともかく (笑)、さすがの個性だと思ったものである。

ということで、ツァグロゼクの再演を期待しつつ、今度時間を見つけて、彼の録音した退廃音楽を久しぶりにじっくり聴いてみようと思っております。

by yokohama7474 | 2016-03-10 23:52 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by 吉村 at 2016-03-12 15:12 x
今週の17日の英雄聴きに行きます。
最初のホ長調の和音から楽しみですね。
Commented by yokohama7474 at 2016-03-12 21:54
> 吉村さん
また感想をお聞かせ下さい。変ホ長調ですね (笑)。
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