小林研一郎指揮 日本フィル (チェロ : 堤剛) 2016年 3月13日 サントリーホール

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人気指揮者小林研一郎ことコバケンのコンサートは、このブログでも何度か記事として採り上げて来た。実際私も、彼の指揮する天下の名曲の数々を相当の回数楽しんで来たが、75歳になった今も変わらぬ活躍を続けているのを目にすると、時折無性に彼のコンサートに行きたくなるのである。しかし、最近 2度ほど、ほかのコンサートを優先して泣く泣く彼のコンサートのチケットを処分するようなことがあったので、代わりにどこかで聴けないかと物色していたところ、目についたのがこれだ。既に完売公演であったところ、ネットオークションで公演日間近になってチケットを定価で入手。本当に有り難い時代になったものだ。

さて、コバケンが桂冠名誉指揮者を務める日本フィル (通称「日フィル」) を指揮するこのシリーズ、「コバケン・ワールド」と名付けられていて、ロームをパトロンに、既に 12回目を数えるという。プログラムの中には「指揮とお話 : 小林研一郎」とあって、最初から喋ることが織り込み済だ (笑)。この指揮者のコンサートに行かれた方はご存じの通り、メインの曲目の終了後にほぼ毎回、聴衆に向かって語り掛け、ほぼ毎回アンコールを演奏する。そんな親しみやすい雰囲気も、彼のコンサートの人気の秘密のひとつであろう。

さて今回の曲目は以下の通り。
 ドヴォルザーク : チェロ協奏曲ロ短調作品104 (チェロ : 堤 剛)
 サン・サーンス : 交響曲第 3番ハ短調作品78「オルガン付」

そう、今回もコバケン流超メジャー曲での勝負だ。だが今回のひとつの目玉はこの人。
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堤 剛 (つつみ つよし)。1942年生まれ。名実ともに日本を代表するチェリストである。現在はサントリー音楽財団理事長及びサントリーホールの館長を兼任する。私は最近彼の生のステージに接していなかったし、バッハの無伴奏チェロ組曲の演奏会のチラシなどを見ても、実際に聴きに行くことはできずにいた。従って今回は、天下の名曲ドヴォルザークのコンチェルトを楽しみにでかけたのだ。実はコバケンが伴奏する同じ曲の演奏を、既に昨年 6月と10月に聴いていて、いずれもこのブログで紹介している。それらはいずれも、ソリストが若い上野通明、オケが東京フィルであった。今回、スコアを譜面台に置きながらも一度も開くことなく暗譜で指揮した小林は、明らかに私が聴いた前 2回の演奏よりも遅いテンポで曲を進めた。冒頭から悠揚迫らぬと表現するのがぴったりする演奏であり、素晴らしい充実感がそこにあった。もちろん音楽家には年齢それぞれの持ち味があり、若いからダメとかベテランだからよいという法はない。その時々に素晴らしい演奏というものがあるべきだ。だが、今回のような深い味わいのチェロを耳にすると、演奏家の年輪ということを考えざるを得ない。細部までおろそかにしない気力も充分であり、決して枯れた演奏というわけではない。だが、その遅いテンポから立ち昇る香気というか気品というか、何か尋常ではないものを感じなかった聴衆はいなかったに違いない。ドヴォルザークが音に込めた郷愁が、時代も民族も全く異なる現代日本の我々に訴えかけるというのも不思議な話 (?) だが、まさに琴線に触れる音楽とはこのことだ。終演後の拍手の際、私の心の中ではなぜか勝手にバッハの無伴奏チェロ組曲第 3番の「ブーレ」が鳴り始めたが、実際にその曲がアンコールで演奏されたとき、偶然の驚きを感じるよりも、何かここはこれしかない、という心地よさを感じたものだ。やはり、同じように思った聴衆も沢山いたのではないかと思えるくらい、当たり前のように美しい音楽が流れて行った。素晴らしい時間であった。

後半のサン・サーンスの 3番も天下の名曲で、フランスの交響曲を代表する存在である。ただしかし、この作曲者は膨大な作品を書いた割には知られている曲はごく一部で、交響曲も、番号付きの 3曲を含めて 5曲作曲しているが、この第 3番以外が実際に演奏されたという話は聞いたことがない。いやもちろん、昔ジャン・マルティノンという名指揮者が全 5曲を録音していて、私もそれを耳にしたが、それ以外の録音はないのではないか。フランス音楽を体系的に録音したエルネスト・アンセルメやシャルル・デュトワなども、3番以外は録音していない。もしやと思ってもうひとりのフランス音楽の大家、ミシェル・プラソンのフランス音楽録音集成 37枚組セットを引っ張り出してみたが、マイナーなマニャールの全 4曲の交響曲はあるのに、サン・サーンスはやはり 3番だけだ。まあそれだけこの曲が例外的な傑作ということなのであろう。「オルガン付」のあだ名が示す通り、オルガンがかなりの箇所で使われており、加えてピアノも、最初はソロで、最後の方では連弾で演奏されるという派手な曲だ。これが、サントリーホールの舞台の奥に据えられたオルガン。美しいですな。
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今回の小林の演奏は、期待に違わぬ気合の入ったもので、曲の変化の面白さを改めて実感させてくれた。フランス音楽らしく木管やあるいは高圧的でない金管 (オルガンに絡むトロンボーンのソロなども含めて) が活躍すると思うと、ある場所では初期ロマン派風に暗い情緒を弦楽器が主導し、あるいは力強いフーガを形成するなど、ドイツ風の表情も見られる曲であるが、小林の指揮はそれぞれの音楽的情景を的確に描いていてぬかりない。時折、さらなる音色の精度が求められる箇所もあったものの、日本のオケのいつもながらの真面目な献身ぶりは傾聴に値する。以前、レコード芸術誌だったかと思うが、読者の質問コーナーで、この曲の演奏で「最後のトランペットがカッコいいものを教えて下さい」というものがあったのを覚えているが、そうなのだ。タララタララタララタララ・・・と、大詰めでトランペットが華麗に鳴り響き、それを受けてティンパニがドンドンドンドンドンドン、ドーンと轟いて終わる様子がなんともカッコいいのだ。今回の演奏も、特にティンパニは悪漢、じゃないや圧巻でしたよ。

演奏後の「お話」は、スポンサーのロームへの謝意 (「コバケン・ワールド」とはちょっと大げさだが、その前のシリーズから連続したスポンサーシップに感謝していると) が表明され、プログラムの裏表紙の絵がいつも違うといったあまり芸術的な感興とは関係ない話 (?) の後、「堤先生のチェロでも表現されていたチェコ音楽の懐かしさ」に倣って、「世界で最も美しいメロディのひとつ」、ドヴォルザークのスラヴ舞曲第 10番が演奏された。

上にも書いたが、このようなコンサートが、当たり前のように流れる時間を美しく彩ってくれるとは、なんとも素晴らしいことだ。天災やテロや、あるいは個人レヴェルでは病気や老化など、その当たり前の時間を危うくするものもこの地球上には存在する。このコバケン・ワールド、まあご本人おっしゃるように大げさかもしれないが (笑)、そこでは日曜の午後にこのような当たり前のよい時間が持てるわけで、そんな我々は恵まれているのだと、改めて思う。願わくばこの当たり前が長く続きますように。
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by yokohama7474 | 2016-03-14 23:41 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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