ヘイトフル・エイト (クエンティン・タランティーノ監督 / 原題 : The Hateful Eight)

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最近映画を見る機会がなく、コンサートについての記事を中心に書いてきた。私のブログは評論を主目的にしているわけではなく、文化芸術にあまり馴染みのない人でもそれなりに楽しんでもらえるようには書いているつもりであるが、やはりクラシック音楽の記事は、知識が全くない人に読んでもらうには限界があるようだ。愛読して頂いている知人からも、「映画の記事書かないんですか? ボクはコンサートのことは分からないので・・・」という婉曲的な非難の言葉 (?) を受けていたこともあり、映画か、あるいは美術のネタをそろそろ書かないと・・・と、私としても若干焦りを覚えていたのである。だが出張だったり仕事がバタバタしていたり、飲み会でしこたま酔っぱらったりして、なかなか映画を見る機会がなく、その間に見たいと思っていた映画の数本は既に上映を終了してしまった。だが、調べてみると、なんとおぉ、あのクエンティン・タランティーノの新作を上映しているではないか。しかも上記のポスターを見ると、これは面白そうではないか。と思って出かけたのがこの映画。上演時間実に 168分という大作である。タランティーノの映画は大好きだが、なにせ必ず血が盛大に出るので、体調の悪いときにはどうも気が進まないのだが、今回はこの長丁場を飽きることなく見通して、大変面白かった。
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今や押しも押されぬ大監督となったタランティーノだが、何本の映画を監督したかというと、実は未だにわずか 7本なのだ (公開が 2本に分かれた「キル・ビル」は 1本と数える。因みに私はそのうち、海外在住だったときとその前後に公開された「デス・プルーフ in グラインドハウス」と「イングロリアス・バスターズ」の 2本は見ていない)。そしてこの映画、冒頭のタイトルに、"the 8th film by Quentin Tarantino" と出る。そこで、なるほどこの題名の 8は、8本目という意味もあるのだなと分かるわけである。題名は「憎むべき 8人」という意味であるが、やはりこの邦題は、原題のカタカナで正解だろう。ヘイトとエイトの語呂がよいし、劇中に冗談でフランス語が出て来るので、H を発音しないフランス語では、ヘイトフルはエイトフルになるわけで、そうなると頭韻を踏んでいるというわけだ。

この映画は、今時珍しいワイドスクリーン用の 70mm フィルムでの撮影ということで、費用もかかっていると思うが、冒頭の雪景色など、本当に鮮やかかつ奥深い発色であると思う。下の写真のような屋外のキリスト磔刑像からカメラが引いて行って雪景色に移って行くのだが、私はいきなりこのシーンに胸が締め付けられた。この積もった雪 (しかも、この写真では分からないが、頭の上と、折り曲げた足の上では積もり方が違っていて非常にリアル) には、確実に雪の重さが感じられる。これから描かれる人間世界の業の重さを予感する。
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時代設定は 19世紀アメリカ。南北戦争直後だ。2人の客を乗せた馬車が、サミュエル・L・ジャクソン演じるバウンティー・ハンター (賞金稼ぎ) を乗せるところから物語は始まる。
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面白いのは、そのバウンティー・ハンターが運んでいるお尋ね者数名の死体は、結局馬車の上に乗せて運ばれるのだが、馬車がコテージに到着するまでのシーンでは、映る度に位置がずれたり雪が積もったり、手足が乱れたりして、事細かに移動時間の推移を示すのである。各シーンへのタランティーノのこだわりがはっきりと見て取れる。そして、馬車がコテージ、「ミニーの紳士服飾店」に到着してからは、いよいよ密室劇となるのであるが、このコテージはこんな感じ。これが猛吹雪に閉ざされると、まさに完璧な密室になるのだ。
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実はこの映画の美術を担当しているのは日本人だ。種田陽平という人で、学生時代から寺山修司の映画に参加、岩井俊二の「スワロウテイル」や、このタランティーノの「キル・ビル」を過去に担当している。彼の描いたコテージのスケッチは以下の通りだが、うーむ、この手の込んだ密室劇の美術とは、相当大変だったことは容易に想像できる。
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ここでは雪に閉ざされた中、一癖も二癖もある人々が題名通り 8人で人間模様を繰り広げるのだが、ちょっと待った。実は私が映画の途中で数えてみたところ、コテージ内にいるのは 9人ではないか!! そして、詳細はネタバレになるので避けるが、もう 1人を含めた 10人がここでは出てくる (うーん、説明しにくいが、時差をもってあと数人も)。なので、ここでタランティーノが 8という数字を使ったのは、上のポスターにある通り、「全員ウソつき」ということだろう。そう、含むアンタだよ、クエンティン!!

映画マニアのタランティーノのこと、いくつか手の込んだ設定をしているようだ。例えば、この作品がオマージュを捧げているのは、あのジョン・カーペンター監督「遊星からの物体 X」なのだ。原題 "The Thing" と言って、もともと昔の RKO 映画の「遊星よりの物体 X」のリメイクであるが、雪と氷に閉ざされた南極基地で宇宙からやって来た寄生生物が人間になりすましているところ、誰がそうなのか分からずに疑心暗鬼に陥るというストーリー。私にとっては未だに、生涯ベスト 10とは言わないまでも、ベスト 20だったら、そのときの気分によっては (?) 入るのではないかと思われるくらい、好きな映画である。その主演はカート・ラッセル。1982年当時、こんな感じだった。
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そして彼は、約 35年を経てこの「ヘイトフル・エイト」の主要人物、「首吊り人」ジョン・ルースを演じている。確かに同じ人物ですなぁ。
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それから、「遊星からの物体 X」と本作のもうひとつの共通点は、これはなかなかの驚きだが、音楽があのエンニオ・モリコーネなのだ。
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なんとなく、「ニュー・シネマ・パラダイス」「海の上のピアニスト」という感動路線の映画音楽作曲家のように思ってしまいがちだが、もともとマカロニ・ウェスタンに音楽をつけていて、暴力シーンとも縁が深い (?)。代表作のひとつ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」は、名曲「アマポーラ」など、甘く切ないメロディに彩られていたが、そのマカロニ・ウェスタンの盟友、セルジオ・レオーネの作品であった。その彼が、実はこの「ヘイトフル・エイト」で今年のアカデミー作曲賞を受賞しているのだ!! エンド・タイトル (CG を使っていないせいか、昨今の映画にしては大変短い) に目を凝らすと、音楽として「エクソシスト 2」と件の「遊星からの物体 X」が触れられている。これはなんなのかと思って調べると、前者は、そのものズバリの「リーガン (悪魔に憑りつかれた少女の名前だ) のテーマ」がこの映画の冒頭に使われており、後者は、モリコーネが作曲したが映画の中では使われなかった曲をここで使用しているそうな。この点も、タランティーノのこだわりが炸裂だ (笑)。

さて、密室劇そのものの内容はいかがかというと、ネタが分かって驚天動地というよりは、それぞれのシーンの見せ方に感心する出来と言ってもよいだろう。凝ったライティングで、机の上だけ光っていたり、手前の人物がギターを弾いていて、後ろで場面が展開するときに、数分の一秒から数秒ごとに手前と奥でピントが移動したりする。上述の美術の凝り方と併せて、随所に人間の心理に訴える要素が満載で、トリック云々の前に、観客を密室劇に取り込んで行く周到さがすごい。そして、劇の展開自体がなかなか読めず、トリックで見せるのではなく心理劇 (血しぶきの中の!) として優れた作品になっている。

まあそれにしても、サミュエル・L・ジャクソンがここでも怪演である。冷酷で、自分で自分の身を守るための厳しさを持ち、処世術と悪知恵と推理力を操る策略家でありながら、姑息で、愉快なことが大好きで、実は隙のある点がどこか憎めない。そのような複雑な人物像をこれだけ演じられる役者が、そうそういるとは思えない。
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もうひとりスゴかったのが、女悪党を演じる、ジェニファー・ジェイソン・リー。よく知らない女優だが、最初からこのような痣つきで出てくる。それから、そりゃもうひどいことになって、クライマックスでは顔じゅう血だらけというかなんというか、とにかくすごいことになり、それはもう壮絶だ。女優魂とはこのようなことを言うのであろう (笑)。
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それから、あー、これは言っていいのかなぁ。もし丁寧に映画を見る方は、オープニングタイトルで役者の名前がずらずら出る最後に、最近人気上昇中の俳優の名前が出てくるのに気づくだろう。でも不思議なことに、映画のプログラムを見ても、全然彼の名前が出てこないのだ。そんなに隠すことないもと思うし、ネットで調べればいくらでも情報が出ているが、まあストーリー上、彼の出演が大々的に宣伝されていない理由はあるにはあるので (冒頭のポスターには写真が入っていない)、ここではもったいぶって、その俳優の写真だけ掲載しておこう。米国の大衆誌「ピープル」で2012年に「最もセクシーな男」に選ばれた人。ここでも印象的な演技をしているし、将来有望な役者だと思います。
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そんなわけで、鮮血ほとばしるタランティーノ・ワールドはますます広がりを見せている。彼は 10本作品を撮ったら引退すると言っているとどこかで読んだが、そんなもったいないことをせず、まだまだ血しぶきの中の人間の真実を追求して行ってもらいたい。

by yokohama7474 | 2016-03-17 00:08 | 映画 | Comments(0)
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