東京・春・音楽祭 リッカルド・ムーティ指揮 日伊国交樹立150周年記念オーケストラ 2016年 3月16日 東京文化会館

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今年の冬は、最初暖かいかと思うと急に寒くなり、その後暑いと言ってもよい気候の後にまた寒い日が帰ってきたりして、なんとも落ち着かない気候であった。だが既に 3月も中旬。週明けには春分の日も到来する。毎年この季節、上野を舞台として繰り広げられる「東京・春・音楽祭」。今年の目玉のひとつは、日本とイタリアの国交樹立 150周年を記念して開催されるこのコンサートだ。1866 (慶応 2) 年に日伊修好条約が結ばれてから今年で 150年。1866年と言えば日本は文字通り江戸時代の最末期。一方のイタリアは、統一からわずかに 5年後だ。お互い近代国家形成の激動の時代から国交を結んできたことになる。途中、戦争における同盟という時代もあったが、今日、このような音楽祭の桜色のシンボルマークとともに、東京文化会館でこのようなコンサートを穏やかに聴けることに感謝しよう。
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今回指揮をするのは、イタリアの生んだ大指揮者、リッカルド・ムーティ。現在はシカゴ交響楽団の音楽監督であり、以前はロンドンのフィルハーモニア管やフラデルフィア管弦楽団を率い、またなんと言っても、20年近くイタリア・オペラの殿堂ミラノ・スカラ座の音楽監督として君臨したことで名高い。長年に亘るベルリン・フィルとウィーン・フィルとの密接な関係もあり、現代の最も有力な指揮者のうちのひとりだ。なんと、今年 75歳になるとは。数年前には体調を壊していたはずだが、回復したらしく、颯爽とした指揮ぶりでなによりだ。今回のような特別な企画で指揮台に立つべき指揮者としては、彼ほどふさわしい存在はないだろう。
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一方のオーケストラは、日伊国交樹立 150周年記念オーケストラという名前だが、その正体は、ムーティが 2004年に結成した、イタリアの優秀な若者たちを集めたルイージ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団と、今回の演奏会のために日本の若手オーケストラプレーヤーを中心に結成された、東京春祭特別オーケストラの合同演奏だ。実はムーティがこの東京春音楽祭に登場するのは今回が 5回目であるが、このケルビーニ管弦楽団 (もちろん作曲家ケルビーニに由来する) が登場するのは初めてではないだろうか。

このような機会であるから、演奏前にセレモニーがあった。まずはイタリアの観光副大臣 (これがなんともカッコいいショートカットの女性で、いかにもイタリアらしい洗練ぶり) から、次いで文化庁長官の青柳 正規 (有名な美術史学者だ) からそれぞれ挨拶があり、続いて外務省欧州局長からマエストロ・ムーティに特製切手の贈呈がなされた。ここでムーティもスピーチしたのだが、若者たちと音楽をする意義に言及するだけでなく、1975年に日本で初めて指揮をして以来来日を重ね、翌日 (3月17日の東京芸術劇場での演奏) がちょうど 150回目のステージであると明かして、万雷の拍手を受けていた。また、「政治家は言葉を使う。言葉は混乱を起こすこともあるし、裏切ることもある。音楽は決して裏切らない」とも発言したのだが、客席にはオペラ好きで知られる小泉純一郎元首相もいたので、表情を盗み見ると、実に楽しそうに笑っておられた (因みに休憩時間に小泉さんとはトイレで並んで手を洗いました 笑)。
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この記念演奏会、どのような曲目が演奏されたのであろうか。

 ヴェルディ : 歌劇「ナブッコ」序曲
       歌劇「ナブッコ」第 1幕から「祭りの晴れ着がもみくちゃに」
       歌劇「アッティラ」第 1幕からアッティラのアリアとカバレッタ「ローマの前で私の魂が・・・あの境界の向こうで」
       歌劇「マクベス」第 3幕から舞曲
       歌劇「運命の力」序曲
       歌劇「十字軍のロンバルディア人」第 3幕から「エルサレムへ、エルサレムへ」
 ボイト : 歌劇「メフィストフェレ」プロローグ

前半はすべてヴェルディ、休憩後の後半にボイト。バス独唱のイルダール・アブドラザコフと、東京オペラシンガーズ、東京少年少女合唱隊が共演した。さてこの曲目、どうであろう。実に渋いではないか!! 「運命の力」序曲を除いては、知名度はかなり低い。「ナブッコ」には有名な「行けわが想いよ、黄金の翼に乗って」という合唱があるが、ここで演奏されたのはそれではない。「アッティラ」に至っては、実際の舞台にかかることはほとんどない演目だ (私も見たことがない)。しかも、華やかなソプラノやテノールでなく (「椿姫」や「リゴレット」の華麗なアリアではなく)、独唱者はなんと、バスではないか!! それから、バレエ曲なら「アイーダ」ではないのか!! ・・・と、突っ込みどころ満載のマニアックな曲目だ。いや、「椿姫」のジェルモンのアリアなど、ヴェルディはバス・バリトンにもよいアリアを書いているのに、なんでよりによって「アッティラ」か。強いて考えれば、このヴェルディの 5つのオペラ、「運命の力」を除いては、古代や中世を舞台にしており、人間同士の争いを描いた叙事詩的作品ばかりだ。とても晴れやかなお祝いの場にふさわしいものとは思えない、シリアスなものばかり。このあたりにムーティの硬骨漢ぶりが表れているように思う。演奏は、最初の「ナブッコ」序曲こそ少し硬さを感じたものの、やはり合唱が入って盛り上がると熱を帯びてきた。ムーティとケルビーニ管弦楽団の演奏は、指揮者自身のレーベルから PAL 方式 (ヨーロッパ方式で、日本の普通のプレイヤーでは再生できない) で出ている DVD を数年前に購入しているし、最近はクラシカ・ジャパンでも放送されているが、なかなかに目のつんだ、よい音が出ている。一方日本人楽員は、主として弦楽器のニュアンスで高い貢献をしていたと思う。つまり、渋い曲目を充実感を持って聴かせることに成功していて、これはやはりムーティの指揮の力によるものであろう。
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後半の「メフィストフェレ」は、アリゴ・ボイトの傑作オペラだ。このボイト、晩年のヴェルディに優れた台本 (「オテロ」と「ファルスタッフ」) を提供したことで知られるが、自身作曲家でもあり、ファウスト伝説に基づくこの「メフィストフェレ」は、現在一般的に知られている彼の唯一のオペラである。とは言ってもなかなか舞台上演されることはなく、私自身も全曲の生演奏としては、1995年にまさにこのムーティがミラノ・スカラ座を指揮した上演にしか接したことがない。せっかくなので、そのときのプログラムを掲載しておこう。
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だが、このオペラのプロローグは実に身震いするほど素晴らしい曲で、私など、ふと気づくと時々口ずさんでいることがあるほどだ。プロローグとしてオペラの冒頭に演奏される 30分ほどのこの曲を知ったきっかけは、高校生の頃にバーンスタインがウィーン・フィルを指揮した演奏のアナログ・レコードを聴いたことであった (メインはボストン響を指揮したリストのファウスト交響曲で、両作品ともファウストが題材であった)。その後トスカニーニ指揮 NBC 交響楽団の録音を聴いて鳥肌立ち、また、ファシズムを嫌って祖国イタリアを飛び出したそのトスカニーニが 1946年にスカラ座に久しぶりに復帰したときにもこの「メフィストフェレ」のプロローグを演奏したことを知り、そのライヴ盤を聴いてまたまた痺れる、という前歴が私にはある。名曲なのである。今回のコンサートで久しぶりにこの曲を耳にして、合唱やバス独唱を含めたすさまじい音響の渦に、改めて感嘆した。ムーティの指揮は、以前と変わらぬ活力と明晰さはあるが、決して腕を無駄に振り回したりしない効率的なもので、若い楽員たちが必死について行くのを見るのも感動的だ。大詰めでは、むしろ指揮ぶりは小さくなり、まるでオケと合唱団から自然な放熱がなされるようであった。合唱団の後ろには 20名ほどの金管のバンダ (別働隊) が並んでおり、彼らは高校生かと思われるほど若い男女であったが、きっちりとしたフレージングで丁寧に演奏していて、さすが大指揮者のもとで演奏するにあたって、かなり練習を積んだのだなと思わせたが、いかんせん、体格的な問題から、音量や輝かしさには課題が残った。だが、合唱の少年少女たちも含め、このような舞台に立つことができたことは一生の宝になるだろう。

この理解が正しいか否か分からないが、前半に人間くさい歴史的ドラマの片鱗を描き、後半では悪魔の誘惑を打ち消す壮大な大合唱によって、人間の力への信頼を描き出す。それがムーティの狙いだったのかもしれない。もしそうなら大変シリアスな内容であり、従って、アンコールに「椿姫」の乾杯の合唱などはありませんでした (笑)。尚、このコンサートは NHK が収録していて、4月17日 (日) の夜に BS プレミアムで放送するそうなので、実際に生で聴けなかった方たちにはそちらで楽しんで頂こう。

さて、ムーティについてあれこれ語り出すときりがないのだが、一言で申し上げれば、本来彼の持っていた凄まじいパワーが、相当に円熟して来ていることを最近痛感するのだ。私がクラシックを聴き始めた 1980年頃、彼は若手の有望株として人気急上昇中。EMI レーベルが、「若獅子ムーティ」などというキャッチフレーズで大々的に売り込んでいたものだ。以下の宣伝に出ている録音は、どれもこれも私のお気に入りであったが、とにかく派手で、それが浅薄でいやだという音楽ファンも当時は結構いた。いや、それにしても若いし、カッコいい。
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この宣伝はどこに掲載されたものかというと、彼がフィラデルフィア管弦楽団とともに来日した 1981年のプログラムだ。実に 35年前。ムーティ自身が語る 1975年の日本デビュー (オケはウィーン・フィルだろう) からまだ 6年しか経っていない。このとき、フィラデルフィアはユージン・オーマンディとこのムーティの新旧音楽監督がともに来日して、私は両方聴きに行ったのだが、オーマンディの演奏会は、今回の東京春祭の会場、上野の東京文化会館だった。今でもはっきり覚えているが、そのときに客席に聴きに来ていたムーティを発見。休憩時間にサインをもらったのが、これだ。
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つまり私は過去 35年に亘って彼の音楽を聴いているわけであるが、ひとつ残念なことは (今回の演奏会の感想とも共通するが)、ある時期から結構地味なレパートリーを志向するようになったことだ。レスピーギやストラヴィンスキーから、ウィーン古典派や、彼の故郷ナポリの楽派への移行。そして、新たなレパートリーはほとんど聴けなくなってしまった。考えてもみてほしい。今時、マーラーの交響曲のレパートリーが 1番「巨人」だけという人気指揮者、ほかにいますか?! (笑) 今回のような圧倒的な「メフィストフェレ」を聴くと、例えばマーラーの 2番「復活」を振ってくれればさぞかし、と思うのだが・・・。まあ、硬骨漢ムーティのこと。すぐに今回の前半の曲目のように、渋いところに入って行ってしまい、こんなふうに腕を組んでしまうのだろうか。
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今年の 1月、日本ではシカゴ交響楽団を聴けなかったので、もし地味でない曲目があれば (笑)、いつか現地まで聴きに行きたいものだ。マエストロ、まだまだ元気でご活躍を。


by yokohama7474 | 2016-03-18 00:46 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by 吉村 at 2016-03-18 23:52 x
面白い企画でしたね。私は残念なことに21時からビデオ会議で、肝心のメフィストフェーレは諦めてオフィスに戻りました。昔、ワシントンオペラでサミュエルラミー主演で聴いた覚えがあります。
ムーティの渋さと言えば、2014年のザルツブルク音楽祭でカラヤン没後25周年コンサートのメインにブルックナーの6番を持って来たのは、びっくりしましたし、今年の同じくザルツブルク音楽祭でのVPOとのコンサートのメインはブルックナーの2番です。

ところで、今晩はネトレプコ聴いてきましたが、聴衆の中に井上道義さんをおみかけしました。感想聞いてみたかったです。私的にはネトレプコの旦那さんが結構声が出ていて、感心しました。ネトレプコはやるときはやるタイプだと改めて感じました。
Commented by yokohama7474 at 2016-03-18 23:58
なるほど、そうでした。ネトレプコのオケ付リサイタル。ちょっと高かったので、私は行きませんでした。ムーティがなぜこんなに渋くなったか、また意見交換させて下さい。
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