ボッティチェリ展 東京都美術館

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リッカルド・ムーティ指揮のコンサートの記事にも記載した通り、今年は日伊国交樹立 150周年。そのおかげで、東京ではいくつかのイタリア美術の展覧会が、しかも素晴らしい内容のものが開かれている。行ける限りのものはこのブログでご紹介して行くつもりだが、まずは二週間前に見たこの展覧会だ。もちろんボッティチェリくらいのメジャーな名前になると、美術好きなら誰でも行きたいと思うもの。だがこの展覧会は一味違う。よく知られたものを含め、彼の作品が実に 20点も出品されているのだ!! ボッティチェリの現存作品は 100点程度らしいから、そのうち 1/5 が日本で一時に見られるということは、前代未聞と言えるだろう。それに加え、師のフィリッポ・リッピや、その息子でボッティチェリの弟子になったフィリッピーノ・リッピ、またその周辺の作品も展示されており、総展示作品数は約 80。ルネサンス時代の絵画ばかりでこの点数は、やはり特別なことであり、大変充実した内容だ。特に私にとっては、ボッティチェリの作品の美しさもさることながら、フィリッピーノ・リッピに対する認識を改める機会となった。

サンドロ・ボッティチェリ (1445 - 1510) は、言うまでもなくフィレンツェの生んだルネサンスの大画家。その繊細・優雅な画風は際立っていて、我々にはその美しい作品について既に確立したイメージがある。例えば、ピーター・ウィアー監督の「ピクニック at ハンギング・ロック」という映画の中では、女教師が行方不明になった金髪の女生徒を探すときに、「ミランダはボッティチェリの天使」とか呟いていて、それが言葉によって少女の美しさの明確なイメージを与えてくれた。あるいは、タルコフスキーの奇跡の名作「ノスタルジア」に登場する女性の金髪に淡い光が当たるのを見て、「まるでボッティチェリのようだ」と呟いたのは誰だったか・・・。あ、それは私でした (笑)。そのように既に美の規範として確立しているボッティチェリのイメージがある。しかし、彼の人間像や思想についてはまだ分からないことが多いそうで、もちろん新プラトン主義やサヴォナローラの影響云々ということもあれこれ言われていることは知っているが、まずは彼の作品を虚心坦懐に見てみたい。

会場入り口からほど遠からぬところに、早速有名な作品が展示されている。ウフィッツィ美術館の所蔵する「ラーマ家の東方三博士の礼拝」。
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1475-76 年頃の作で、ボッティチェリ 30歳頃ということになる。両替商であったガスパーレ・ディ・ザノービ・デル・ラーマの注文によって制作され、画中にはコジモ、ピエロ、ジョヴァンニといったメディチ家の人たちが描かれているらしいが、何よりこの絵で有名なのは、その右端の人物。
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しっかりと鑑賞者の方を見て、何か物言いたげなこの若い人物が、ボッティチェリの自画像であろうと言われているのは有名だ。自信に満ちたその姿は、確かに清新な画家の自画像のイメージにふさわしい。

メディチ家の支配したフィレンツェは、西洋の歴史上でも特別な時代だと言ってよいであろう。いかに経済的勝者が芸術を奨励しても、最高の才能とそれが発揮される場がなければ高度な文化は発達しないし、ただ高邁な精神だけでなく、戦争、政争、腐敗等々の人間世界の汚い部分があったことで、文化面でもよりドラマティックな様相を呈したと言っては語弊があろうが、要するに統治者が歴代聖人君主ばかりの平和な時代であれば、逆にこれだけの崇高な美は生まれなかったような気がするのだ。この展覧会には、時代の雰囲気を伝える面白いものが出品されている。例えばこれは、1478年にパッツィ家によって聖堂内でジュリアーノ・メディチが暗殺されたことを悼んで鋳造されたメダル。左下には襲撃を受ける場面、右下には地面に倒れてこと切れる場面が描かれている。犠牲者の追悼としてこの生々しい場面を描く感覚は、日本人にはちょっと理解しがたい面もある。
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展覧会では、1460 - 70年代のポッライウオーロやアンドレア・デル・ヴェロッキオなどの絵画・彫刻が数点展示されていて、それらも興味深い。ボッティチェリは、この後に触れるフィリッポ・リッピのもとを離れた後、これらの画家の工房で修業したらしく、そこには影響関係があるらしい。例えばこれは、ポッライウオーロの「10人の裸の男たちの争い」という版画 (1465年頃)。イタリアで制作された版画で初めて作者の名前がフルネームで記されたものであり、その複雑な構図における緊張感と柔軟性が、ボッティチェリの若い頃の作品に影響を与えたとされている。ただ、武器を持った争いという物騒な題材は、全くボッティチェリ風ではないですな (笑)。
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さてここで、ボッティチェリの師匠であるフィリッポ・リッピ (1406? - 1469) について触れよう。その息子、フィリッピーノ・リッピ (1457? - 1504) については後で触れる。以下、これらの画家の関係を図示したもの。
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このフィリッポ・リッピという画家は、幼くして孤児となり、修道院で育てられたが、幼時から腕白者であったので、育ての親の修道士が絵筆を持たせたと言われている。だが、その後も生涯を通じて様々な浮名を流し、いわば破戒の修道僧画家である。彼の作品はヨーロッパの美術館ではあれこれ見ることができ、一種独特の古雅な雰囲気があって悪くない。これは、1436年頃の「聖母子」。貝殻装飾のついた壁龕は、ドナテッロやデラ・ロッビアの彫塑作品に想を得ているようだが、聖母の顎を押し上げる幼児キリストがユニークだ。また、聖母の左手など、結構逞しく描かれており、例えば同じ修道士画家でもフラ・アンジェリコのような本当に心が洗われるような作品とは違って、人間的なものを感じさせる。
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さて、ほかにもいくつか興味深いフィリッポ・リッピの作品が展示されているが、寄り道 (?) はこのくらいにして、肝心のボッティチェリの作品を見て行こう。この作品は、ウフィッツィ美術館の所蔵になる「バラ園の聖母」。1468 - 69年頃の作とされており、つまりボッティチェリ 23 - 24歳頃の作だ。
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聖母子の間に感じられる親密さは、師匠であるフィリッポ・リッピに倣うものとされているが、絵のクオリティの差は歴然だ。人体表現には明らかに彫塑性が強く、ボッティチェリならではの硬質な表現の萌芽があると言えるのではないだろうか。一目見て何か忘れられないという思いを抱かせる、特別な絵である。そしてこれは、1480年頃の作になる有名なフレスコ画、「書斎の聖アウグスティヌス」である。
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彼の作品では指の表情が細かくつけられていることが多いが、特にこの作品は、やはり人体の彫塑性を大きな手が強調しているように見える。アウグスティヌスは 4世紀から 5世紀に活躍したアフリカ生まれのキリスト教の教父で、ここでは瞑想の中で幻視にとらわれるところが描かれている。だがボッティチェリの手にかかると、決してしんねりむっつりすることなく、見ている者も何か感覚を研ぎ澄まされるような気分になる。聖人の頭上にある本にはユークリッド幾何学が記載されているが、最近の研究では、この絵の制作中に修道士たちが喋っていたことも書いてあるとかで、この画家の遊び心が表れているという説もあるらしい。

そしてこれが、展覧会のポスターにもなっている「書物の聖母」。1482 - 83年の作。
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おぉ、なんと美しい。見る者は皆この絵の前で釘づけになってしまう。贅言は要すまい。いかにもボッティチェリらしい聖母子の指の表情をご堪能あれ。
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それからこれは、丸紅が所有する「美しきシモネッタの肖像」(1480 - 85年頃)。日本に存在する唯一のボッティチェリ作品であるらしい。ジュリアーノ・デ・メディチの愛人であったシモネッタ・ヴェスプッチの肖像だ。うーん、ただただ美しい。決して冷たくはないのだが、人間というよりもあたかも天上の人物のようである。理想化された美なのであるが、でもどこかになまめかしさもある。こんな作品ができたとき、画家もモデルも、どんな気分であったろうか。
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この画家の描く神秘性は、メディチ家の追放やサヴォナローラの台頭、そして処刑と、めまぐるしく動く時代の不安と連動するようになったのだろうか。これもウフィッツィ所蔵の有名な作品、「誹謗」も今回出展されている。
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この作品は、古代ギリシャのアベレスという画家による現存しない伝承作品の復元を試みたものである由。誹謗中傷にあった人物の悲惨さを寓意的に描いているとのことだが、いわゆる人間性の回復というルネサンスのイメージからは既に遠いものになってしまっていると言えないだろうか。錯綜する人体のパーツの処理は見事であり、独特の緊迫感が画面を支配するとはいえ、そこには何か、得体の知れない狂気のようなものを感じてしまう。中心にいる美しい女性が「誹謗」で、彼女は左側の痩せた男性像、「無実」の髪を引っ張って、右側の玉座にいる「不正」のもとに連れて行こうとしている。「誹謗」の手を引くマントの男は「憎悪」。「誹謗」の後ろで髪を結うなどお世話する女性たちは、「欺瞞」と「嫉妬」だそうである。なにやらシュールな擬人化である。
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さて、さらに後、既にボッティチェリ晩年といえる1500 - 05年頃に描かれた「聖母子と洗礼者ヨハネ」。この作品、いかがであろうか。もちろん美しくはあるのだが、聖母子は虚ろに目を閉じており、お互いのエコーであるような似通った表情をし、その姿勢も危なっかしいことこの上ない。聖母の右手は二本の指で自らの衣服をつまんでおり、今にも指が外れてしまいそうだ。また、そもそも画面の縦のサイズは聖母を収めきらず、体をかがめる窮屈な姿勢が息苦しさを感じさせる。この頃、画家の心の中では一体何が起こっていたのであろうか。
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さて、展覧会では最後にボッティチェリの弟子でありライバルともなったフィリッピーノ・リッピの作品が並んでいる。父でありボッティチェリの師であったフィリッポ・リッピが修道女ルクレツィア・ブーティをさらって自宅に引き込み、それが原因で彼は修道院から追放されるのだが、その両親の間に生まれたのがフィリッピーノである。ボッティチェリに弟子入りし、共同制作も行ったが、すぐに頭角を現し、ライバルとなった。この「幼児キリストを礼拝する聖母」は 1478年の作。ここには、確かにボッティチェリとまた違った精緻かつ鮮烈な美しさが漲っている。
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聖母の顔のアップ。うーん、やはりボッティチェリとは違う美しさに、なんとも陶然とする。
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これは、1481 - 82年頃の「聖母子、洗礼者ヨハネと天使たち」。丁寧な仕上がりで、色遣いも落ち着いている。遥か後世、19世紀あたりの作品まで予感させるような、素晴らしい作品だ。
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だがこのフィリッピーノ・リッピは、師のボッティチェリよりも早く、1504年に逝ってしまう。ボッティチェリはその後 6年生きるのであるが、晩年の生活のことはよく分かっていないらしい。その後幾星霜を経て、21世紀に至ってもこのように世界に愛される画家であることを知ると、本人は一体何と言うであろうか。我々にとっては、あまたいるイタリア・ルネサンスの画家の中でもやはり特別な画家であることを、この展覧会で再確認することができた。それと同時に、リッピ親子やその他の同時代の芸術家たちの存在もまた、歴史の中にしっかりと刻まれていることを思い出そう。いかなる天才もひとりで偉業を達成することはできない。その時代の空気を感じることで、天才を天才たらしめた様々な要因を感じることは、極めて重要だ。あー、またフィレンツェに行きたいなぁ・・・。


Commented by desire_san at 2016-03-21 20:27
こんにちは。
私も『ボッティチェリ展』を見てきましたので、作品のご紹介と画像を拝見し、絵画の美しさが再び目に浮かび、ボッティチェリ展』展を追体験することができました。日本では初めて来日した「書物の聖母)」の美しさには魅了されました。また「薔薇園の聖母」「東方三博士の礼拝」「美しきシモネッタの肖像」など今まで見たことのない多くのボッティチェリの美しい作品に感動しました、また、ボッティチェリの師のフィリッポ・リッピや弟子のフィリッピーノの作品も見られてよかったと思いました。

私は今回の『ボッティチェリ展』から特に印象に残った作品を厳選し、今までの基礎知識を織り交ぜて少し掘り下げ書いてみました。またボッティチェリの師、フィリッポ・リッピと弟子のフィリッピーノ・リッピの絵画とも比較して考察してみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただけると感謝いたします。


Commented by 吉村 at 2016-03-22 14:26 x
昨日行って来ました。高校三年の時に、辻邦生の春の戴冠に感動し、大学二年で初めて訪れたフィレンツェで、ラプリマヴェーラとヴィーナスの誕生を鑑賞して以来、メロメロです。失われた時を求めての中でもオデットに対してスワンが、ボッティチェリの絵を重ねてメロメロになるのも、宜なるかな、ですね。
Commented by yokohama7474 at 2016-03-24 00:25
>desire_san,
いつもコメントありがとうございます。ブログ拝見しました。いつもながら丁寧なご考察に感服致しました。東京ではあらゆる美術に触れる機会があり、本当に有難いですよね。引き続きよろしくお願い申し上げます。
Commented by yokohama7474 at 2016-03-24 00:43
>吉村さん
コメントありがとうございます。それは筋金入りのメロメロですね。私の手元には「失われたときを求めて」の全巻がかれこれ 10年以上ありますが、読んだのはまだ 44ページだけです (笑)。せっかくなので、一部引用してみましょうか。

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とはいうものの、(中略) 彼女 (注 : オデット) がずっともちつづけている、さも苦しそうな様子を見ていると、しまいには彼 (注 : スワン) も驚いた。「春 (プリマヴェーラ)」の画家の描いた女たちの顔をつねにもまして思い出させたのだ。そのときの彼女は、あのボッティチェリの女たちの表情 - 単に幼時のキリストをざくろの実で遊ばせたり、かい桶に水を注ぐモーゼを見たりしているだけなのに、その顔はあまりに酷い苦悩の重みに耐えかねそうにみえる - あの女たちのうちしおれ、憂いに沈んだ表情をしていたのだ。

UNQUOTE

なるほど、大変に美的な感覚に溢れていますねぇ。
by yokohama7474 | 2016-03-19 19:01 | 美術・旅行 | Comments(4)