大友直人指揮 群馬交響楽団 2016年 3月20日 すみだトリフォニーホール

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群馬交響楽団 (通称「群響」) は、古くから日本の地方オケの雄だ。「ここに泉あり」という映画 (1955年) でも採り上げられた。だが、昨今の東京のオケの充実ぶりのため、なかなかその演奏に接する機会を見つけるのが難しい状況である。私が過去にこのオケを聴いたのは、草津音楽祭の演奏会と、あとは小澤征爾が指揮する演奏会を群馬県館林市に聴きに行ったときだけである。ところが今回、上記のチラシを見て、何かピンと来たのである。東京公演だから群馬まで出かける必要がない。実は、今の音楽監督が大友直人であることすら知らなかったが、注目すべきはその曲目だ。

 ドビュッシー : 牧神の午後への前奏曲
 メシアン : トゥーランガリラ交響曲 (ピアノ : 児玉桃、オンドマルトノ : 原田節)

近代音楽の目覚めを告げる「牧神」と、20世紀を代表する破天荒な交響曲。このフランス音楽の組み合わせは、相当自信がないとできないであろう。指揮の大友直人は 1958年生まれなので、今年 58歳。永遠の音楽青年のような風貌だが、むしろその爽やかさで損をしているのではないだろうか。なかなかの指揮者であると思う。
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ステージに現れた群響の面々。最初に客席の方を向いて整列するので、自然と拍手が起こる。在京のオケの演奏会では、ステージにオケの面々が現れても普通拍手はないので、これはなかなかの有効手段である (笑)。そして、楽員の中には何人も外人がいることに気付く。女性もいる。この外人率は、東京のオケよりもむしろ多い方ではないか。そして始まった「牧神」。最初のフルート・ソロを吹くのは白髪の外人だ。楽員表を見ると、パヴェル・フォルティンとある。ロシア系であろうか。宙を漂う旋律。そして、管も弦も、抜群のニュアンスを持って鳴るのを聴いたとき、私の心は幸福に満たされた。これは東京のトップオケにも負けない演奏能力ではないか。いや、忙しいスケジュールを送っている東京のオケよりも、もしかすると新鮮な思いで音楽を奏でているのではないか。素晴らしい演奏であった。

演奏時間 10分の「牧神」の後、15分間の休憩があり、いよいよ 80分を要する大作、トゥーランガリラ交響曲だ。作曲者はフランス 20世紀を代表するオリヴィエ・メシアン (1908 - 1992)。これは若い頃の肖像だ。
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この曲はインド音楽やガムランを引用した、なんとも怪しげな音響の渦巻く問題作。この演奏会でプレトークを行った音楽評論家の渡辺 和彦によると、そのテーマはズバリ、「エロス」だそうである。まぁそれはそうなんだけど、会場の聴衆の中には大勢の老人もいる。果たしてそんなエロス大作に皆耐えられるのだろうか (笑)。この曲にはピアノと、それからオンド・マルトノという電子楽器が入るが、その二人のソリストがまた一流だ。まずはピアノの児玉桃。パリ在住であり、メシアンを得意とするピアニストだ。
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それから、オンド・マルトノ。この楽器を知らない方もおられようが、マルトノという人が 20世紀に入ってから考案した、なんともレトロな電子楽器である。
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日本にはこの楽器の世界での第一人者がいる。原田 節 (たかし)。慶応の経済という難関を卒業したあと、パリ国立高等音楽院のオンド・マルトノ科 (そんなものがあるのか!!) を首席で卒業している。国内でこのトゥーランガリラ交響曲が演奏されるとき、彼以外がオンド・マルトノを演奏したことは果たしてあるのだろうか。
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そんなわけで、役者は揃った。群馬交響楽団の普段の鍛錬が試されるときだ。おっとこのユルキャラはなんだ (笑)。今回の写真ではありません。
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冒頭の激しい音形が鳴り響いたとき、早くも演奏の成功を確信した。この嵐のような交響曲には、整然と響かせようという意図は不要で、ひたすら怪しく激しく、熱狂的であるべきだ。今回の大友と群響の演奏は、個々の管楽器の活躍から、ボウイングがバラバラになる箇所での弦楽器の仕組まれた危うさに至るまで、ユルキャラが出る幕もない凄まじい音響が現出した。マエストロ大友はマイルドな顔をして、実にえぐい音を出す。80分間の音の渦に、エロスの饗宴に、聴衆は圧倒されるばかり。もっとも、この曲を聴いたことのない人たちも沢山いたようで、私の前の列では、エロスとは縁もゆかりもなさそうな 3名の年配の方々が、演奏開始早々夢の世界に落ち、演奏中、終始船を漕いでおられたのであった (笑)。また私の隣では、母娘とおぼしきお二人が、時々気持ちよさそうにいびきなどかいておられた。

いやしかし、この演奏は本当に素晴らしいものであった。圧巻は児玉桃のピアノだ。この曲の演奏では、ピアノが正面に構えることは稀ではないかと思うが、今回はソリストとして、ピアノとオンド・マルトノが指揮台の前で向かい合っての演奏。児玉の全身全霊での凄まじい演奏からは、何やら稲妻が見えるようだ。演奏終了後に立ち上がった彼女は、その場でふらつくほどの疲労困憊ぶり。優れたピアニストであることは知っていたが、このような演奏に立ち会うことができた以上、これからも期待大だ。あ、もちろんオンド・マルトノの原田さんも素晴らしかった。・・・でも、この楽器に上手い下手があるのかどうか、判然としないが (笑)。ともあれ、首都東京で大成功を収めた大友と群響。これからも期待したい。

さてこのトゥーランガリラ交響曲であるが、1949年のボストン交響楽団による世界初演は、実はバーンスタインが指揮しているのだ。この時の演奏は、全曲の録音はないのかもしれないが、リハーサルシーンなら CD 化されている。本当に貴重な記録である。
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そして日本初演は 1962年、小澤征爾指揮 NHK 交響楽団による作曲者臨席でのもので、これは今や伝説となっている。この演奏も全曲の録音があるのか否か知らないが、少なくとも一般市場に出回った録音は、未だアナログ時代に N 響のアンソロジーの中で一部の楽章があっただけだ。今回のプレトークで興味深かったのは、この日本初演に参加したトランペット奏者が、今回の演奏にも参加していたということ。相当なベテランだ。こうして日本にも西洋音楽の歴史が脈々と受け継がれて行く。ではここで、とっておきのサインを披露しよう。
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1986年 3月、小澤征爾と新日本フィルが、メシアン畢生の大作オペラ「アッシジの聖フランシスコ」からの 3景を日本初演した際に、会場にいた作曲者に私がもらったサインである。このときの演奏はまさに何か神がかり的なもので、私の長年に亘るコンサート歴でも 3本の指に入る超絶感動体験であった。当時、無遠慮な若造にこのようなきっちりしたサインをくれたメシアンの人柄が偲ばれる。

最後にもうひとつ。今回の演奏会、客席には指揮者の井上道義の姿があった。先般も彼のブルックナーに感動したばかりだが、彼を見てはっと思い出したことには、私がこのトゥーランガリラ交響曲を何度も何度も聴いて、曲に親しんだのは、私にとっては学生時代、井上が新日本フィルの音楽監督であった頃に演奏したこの曲を FM でエアチェックしたカセットテープであったのだ。その後、当時の彼のもうひとつの手兵、ニュージーランド交響楽団を指揮した同じ曲の演奏もエアチェックしたものだ。彼は既に音楽監督を務める大阪フィルでこの曲を演奏しているようだが、そのエロスの発散には、きっと生命力あふれるものであっただろう。井上と大友の間に交友関係があるのか否か知らないが、東京だけでなく地方でも気を吐く二人のマエストロには、今後とも期待しよう。

by yokohama7474 | 2016-03-21 00:05 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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