山田和樹指揮 横浜シンフォニエッタ / コーロ・ヌオーヴォ 2016年 3月21日 東京藝術大学奏楽堂

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この演奏会、上のポスターで見る通り、コーロ・ヌオーヴォという合唱団の演奏会である。団体名は「新しい合唱団」とでもいう意味だろうか。1974年に設立されたアマチュア合唱団だ。恥ずかしながら、これまでこの団体を聴いたことがない。だが、チラシを見て私の目がキラリ。それはもちろん、あの若手のホープ、山田和樹が指揮をするからだ。気を付けていないと見過ごしてしまうような地味なチラシ。本拠をベルリンに置き、内外の大オケを振る多忙な毎日を送っている彼が、日本でアマチュア合唱団と共演するとは、なんとも素晴らしいことではないか。これは聴きに行かねば。
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まず、今回の会場だが、東京藝術大学奏楽堂とある。わざわざ「大学構内」と注記されているのには理由があって、上野にある奏楽堂と言えば、この日本最古のホールとして重要文化財に指定されているあの建物を思い出すからだ。だがその奏楽堂は、現在補修工事で閉鎖中。
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写真を撮っていると、初老のご婦人が寄ってきて、「あのぅ、奏楽堂はどこですかね」と訊いてこられる。実は私はまだ、芸大の構内にあるという奏楽堂には行ったことがないのだ。だが、知ったかぶりをして、「あ、大学構内なので、この先を右ですよ」などとお教えし、自分もいそいそとそちらに急ぐ (追い抜かないように苦労しました 笑)。すると、見えてきました。今の奏楽堂が。大きな木の向うに見える、大変立派な建物である。未だ開場時刻前だというのに、数百人の列ができているではないか!! 今回の演奏会は全席自由席なので、少しでも早く乗り込んでよい席をゲットしようという人々の列であろうか。
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中に入ってみると、何やらヨーロッパの教会のような石と木の匂い。掲げられている表示によると、1998年竣工、収容人員 1,100名とある。大変落ち着いた雰囲気であり、ステージ奥に据え付けられたパイプオルガンの巨大さにびっくり!! ステージも広く、なかなか素晴らしいホールである。
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さて、今回のプログラム冊子には、この合唱団コーロ・ヌオーヴォの、今回を含めて 57回の全演奏会の曲目、指揮者、会場が記載されている。創設時から常任指揮者であった佐藤功太郎 (2006年に死去) が大半を指揮しており、会場は石橋メモリアルホールが多い。山田和樹は今回初の登場となるが、面白いのは今回のオケである。横浜シンフォニエッタ。山田が芸大在学中の 1998年、学内で結成した TOMATO フィルハーモニー (うーむ、どういういわれなのだろう。テニスサークルまがいの名前だ) が改称したもので、現在では横浜に本拠地を置くプロのオーケストラである。山田にとっては、気心の知れた仲間ということになろうか。世界で活躍するようになっても、昔の仲間との演奏を忘れないあたりが、妙な背伸びのない彼らしくて、好感が持てるではないか。そして今回の曲目はこれだ。

 メンデルスゾーン : オラトリオ「聖パウロ」

メンデスルゾーンは 2曲の大曲オラトリオを書いていて、ひとつはこの「聖パウロ」、もうひとつは「エリア」である。後者の方が有名で、日本ではサヴァリッシュが N 響で、記憶にある限りでは 2度特別な機会に演奏し、録音もなされたので、少しは知られているであろう。一方の前者は、2時間 15分を要する全曲が演奏されることはかなり少なく、私も随分以前に、秋山和慶指揮の 1回だけしか生で聴いた記憶がない。だがこれはメンデルスゾーンらしい、本当に素晴らしい曲なのだ。以前は輸入盤を聴いて予習をしたものだが、幸い今では対訳付の国内盤 CD も、クルト・マズアとライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のものが再発されていて、今回はその CD で改めて曲の予習をして行った。キリストの生涯を辿る受難曲よりも若干話は分かりにくいものの、音楽の平明さには、本当に心が洗われる思いがする。昨日書いた、大田区にある蓮花寺に関する記事に、実は「予告」(?) としてパウロの話を潜ませておいたが、彼はキリスト教初期の聖人。但し、ユダヤ人で、もともとキリスト教を攻撃する立場にいたところ、ある日キリストの声を聞いて、馬から落ちて落馬して (あ、同じでした 笑)、改心して敬虔なキリスト者となり、最後は殉教するという激動の生涯を送った人。有名なカラヴァッジョの「パウロの改心」で、イメージを持って頂こう。私はこの絵を見にローマの教会を訪れたが、昼休みで扉が閉まっていて、イライラしながら午後に教会に戻り、入ったら暗くてさらにイライラし、そして小銭を機械に入れて照明が灯り、この絵が浮き上がったときの衝撃は、一生忘れないだろう。パウロさながら、閃光に目がくらんだような気がしたものだ。尚、これは祭壇画なので、修復等の特別な理由がない限り、実物を見るには現地に赴くしかない。国立西洋美術館のカラヴァッジョ展に行っても、残念ながらこれを見ることはかないません。
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繰り返しになるが、このメンデルスゾーンの「聖パウロ」は、音楽の流れは非常に平明で、本当に美しい。でも、その美しい曲を美しく演奏することは、並大抵のことではないだろう。今回の演奏では、ホールの響きも大変に美しく、オケが合唱の歌う音楽にぴったりと寄り添って、最初から最後まで、実にスムーズかつ、繰り返しで恐縮ながら、本当に美しかった!! パウロがキリストの声を聞く場面では、多少おどろおどろしい音響にはなるものの、その底には何やら一貫した神々しさがある。実際、山田が指揮棒をビリビリ震わせると、弦が敏感に反応して、多少キッチュな雰囲気を出したかと思うと、その後の合唱の広がりには、いかな聖者であっても人間であることを思わせる鷹揚さがあったのだ。人間の視点と神の視点が無理なく入れ替わるさまに、大変高度な音楽性を感じることができた。メンデスルゾーンの葬式でも歌われたという第 16曲コラール「目覚めよと我らに呼ばわる物見らの声」。メンデスルゾーンがロンドンを訪問した際、当時 23歳の新郎新婦であったヴィクトリア女王とアルバート公が、作曲者自身のオルガン伴奏で歌ったという第 40曲「死に至るまで忠実であれ」。素晴らしい曲ではないか。

そもそも音楽を聴いて、「ああ素晴らしい曲だ」と聴衆が思うなら、その演奏は成功しているということだと思う。山田は、合唱団の人が持っているような分厚くて青い色のスコアを抱えて舞台に登場。それをめくりながらの指揮ではあったものの、ほとんど見ている気配はなく、完全に曲の細部まで自家薬籠中のものにしているように思われた。圧巻の指揮力であったと言ってよいだろう。よく考えてみると、彼が日本で持つ数々のタイトルのうちのひとつは、東京混声合唱団の音楽監督であって、合唱指揮には既に充分な経験があるのである。そして、今回初めて知ったことには、この横浜シンフォニエッタのコンサートマスターが、実はこのコーロ・ヌオーヴォの合唱指揮者を兼ねているのだ。長岡 聡季 (さとき)。
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山田の指揮に加え、今回の彼の貢献は絶大であった。合唱団の歌にオケがぴったり寄り添って行くのも道理である。合唱指揮者がコンマス、つまりオケのリーダーなのであるから!! 横浜シンフォニエッタ以外にも、神奈川フィルや群馬交響楽団 (ともにこのブログでも採り上げた団体だ) で客演コンサートマスターを務めることもある一方、いわゆる古楽のオケ、バッハ・コレギウム・ジャパンやオーケストラ・リベラクラシカなどでも演奏歴があるという。これから注目することとしよう。

独唱陣も、パウロを演じた日本を代表するバス小森輝彦や、テノールの松原友、アルトの志村美土里、そしてソプラノの山田英津子はいずれも素晴らしかった。特に山田さんは、このような方。
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そもそもキリスト教のオラトリオを聴くのに、容姿がどうのという下世話なことは言ってはなりませぬ。と思いながらも、神に許しを乞いながら (?)、帰宅してからどのような人か調べてみると、なんとなんと、あの往年の大指揮者、山田一雄の長女だそうだ!! 日本の洋楽の黎明期から意欲的な演奏活動を繰り広げ、今でも絶大な人気を持つ情熱型の指揮者で、私も大ファンである。そう、20世紀において「ヤマカズ」と呼ばれたのは彼であった。21世紀の今、同じあだ名は山田和樹に受け継がれている。ここでも、日本における洋楽演奏の歴史が確実に流れているのである。
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そんなわけで、様々な発見に満ちた充実の演奏会を満喫した。私は思うのであるが、ライプツィヒであれどこであれ、ドイツの人たちにこの演奏を聴いてもらいたい。きっと驚愕するのではないか。オケも合唱も指揮者も全員、ヨーロッパから遠く離れた日本の音楽家たちであり、聴衆も恐らくほぼ全員日本人。そこで鳴っているドイツの音楽が、どれだけ真実に満ちているか。このような演奏は、普遍性を持つ音楽の力がいかなるものであるかを、改めて私たちに教えてくれるのである。

by yokohama7474 | 2016-03-21 23:35 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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