ドミトリー・キタエンコ指揮 東京交響楽団 (ヴァイオリン : 成田達輝) 2016年 3月26日 サントリーホール

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別項で採り上げた渋谷の Bunkamura オーチャードホールでの山田和樹のマーラー・ツィクルスが 17時15分頃に終了して後、駆け足で会場を出て、コンビニでおにぎりを買ってタクシーに乗り込み、サントリーホールへ。18時開演だからコンサート中にハラが減ることは必至。タクシー内で軽い食事を済ませ、食事の時間をセーブすることとした。というのも、今回の指揮者、ロシア人のドミトリー・キタエンコには思い入れがあって、開演に遅れることは避けたかったからだ。
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キタエンコは1940年生まれだから、今年 76歳になる。現代を代表する大巨匠とまでは認識されていないかもしれないが、間違いなく世界の一線で活躍してきた実績のある名指揮者である。このブログでは、私自身の昔の経験等において、全く個人的な思い入れであれこれ語って来ているが、この指揮者の場合にも、今を遡ること 35年の1981年に、当時音楽監督を務めていたモスクワ・フィルとともに来日したのを聴いたのだ。それが私の最初のキタエンコ体験であったのだが、その時のチャイコフスキーの 5番・6番に大変感動し、以来、気になる指揮者になったのだ。とは言うものの、それ以降、モスクワ・フィル自体を聴いていないし、キタエンコの実演に接したのも、前回 2013年に同じ東京響を指揮した演奏会のみである。熱狂的ファンと言うのはおこがましい。だが、その 1981年の来日は、特別なイヴェントで、なぜならば、もともと予定されていた天下のカリスマ指揮者エフゲニ・ムラヴィンスキーとレニングラード・フィル (現サンクト・ペテルブルク・フィル) の来日が中止され、その代わりとしてこのキタエンコと、もうひとりのロシアの名匠、ユーリ・シモノフを指揮者としたモスクワ・フィルが来日したのである。私の場合は、ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルは二度に亘る来日中止のために結局一度も聴くことができなかったのであるが、そのうちの一回がこれで、当時特別な存在であったオケと指揮者の代わりにやって来た別のオケと知らない名前の指揮者 (因みに、相次ぐキャンセルによって招聘元の音楽事務所が倒産したのだ!!) が、いわゆる泥臭く乱暴なロシア風でもなく、もちろん唯一無二のムラヴィンスキーのスタイルの模倣でもなく、堅実で説得力ある音楽を繰り広げた点に感動したのである。以下、当時のプログラムから。見た目もあまり変わっていないように思えるのがすごい。35年前ですからね。但し、急な代役でプログラムの印刷に時間がなかったのか、当時のソ連当局の事務能力が低かったのか、鮮明なキタエンコの写真が一枚もない(笑)。
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なので、キタエンコはムラヴィンスキーのような究極のカリスマ性とは正反対の指揮者だと最初から理解しているのだが、このブログで何度か唱えてきた通り、このような職人性を持つ指揮者は、70代後半からが面白いケースが多い。従って、キタエンコはこれから聴くべき指揮者なのである。私の手元にある「日本のオーケストラを指揮した世界のマエストロ列伝」という本によると、初来日は 1972年、ソヴィエト国立交響楽団と。同じ年に NHK 響を指揮している。その他、日本のオケとしてはこの東響に加えて読響、京都市響、オーケストラアンサンブル金沢を指揮しているとある。ここには記載はないが、群馬交響楽団に客演した演奏を昔ヴィデオに録画したこともある。そのように、既に日本にはおなじみの指揮者なのである。

今回の曲目は以下の通り、すべてロシア物。
 チャイコフスキー : 歌劇「エフゲニ・オネーギン」からポロネーズ
 チャイコフスキー : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35 (ヴァイオリン : 成田達輝)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第 5番ニ短調作品47

最初の「オネーギン」のポロネーズは、景気のよい短い曲だけに、序曲代わりに採り上げられることも多い。確かに、いきなり協奏曲よりも、1曲何か入った方がよい。ここでは東響の充実した音が自由に動いて、申し分のない迫力だ。コンビニおにぎりをタクシーの中で詰め込んで来たおかげで、落ち着いた気分で鑑賞できるのも嬉しい (笑)。

2曲目のコンチェルトのソロは、成田達輝 (たつき)。1992年 3月生まれなので、まだ 24歳になったばかりの、本当に若手のヴァイオリニストだ。
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経歴を見てみると、2010年にロン = ティボーコンクールで 2位、2012年にエリーザベト王妃コンクールでやはり 2位とある。音楽家にとってコンクールは登竜門であることは確実とは言え、若い頃から頭角を現している人は、そこに出るタイミングには微妙なものがある。もちろん、2位でも充分すごいが、やはり音楽家たるもの、人によっては、2位ではなかなかプライドが許すまい。出演年齢が若すぎたのか。かといって、既に演奏家として歩み出しているのに、これから例えばほかのコンクールで優勝を目指そうと思っても、今度はリスクが大きくて、気持ちの負担が大きくなってしまう (神尾真由子のように、演奏家として充分キャリアを積んでからのチャイコフスキーコンクール優勝という例外的な存在もいるものの)。ともあれ、今回の演奏を聴いていると、若手にありがちな技術でバリバリ弾くという感じよりもむしろ、沈着に自分の音楽を追い求める姿勢を感じ、好感が持てた。アンコールのバッハの無伴奏ソナタ 3番のラルゴも、そんな彼にぴったりの深みのある音で、大変よかったと思う。ただ、たまたま今日放送のテレビ番組「題名のない音楽会」で、ピアニストの (これも若手のホープ) 萩原麻未との協演で彼が弾いていたのは、米国のウィリアム・クロール (1901 - 1980) の「バンジョーとフィドル」という曲で、これはまた全然違った活気のある演奏。この多様性には期待できるように思う。

メインはショスタコーヴィチの名作、交響曲第 5番。ここでも東響の音にはずしりと実感があり、素晴らしい充実度だ。キタエンコの指揮は彼らしく奇をてらうことのない正当派ぶり。常に安心感を持って、曲の本質を考えながら聴くことができた。とはいえ、この曲ほどその「本質」が複雑な曲はあるまい。社会主義リアリズムという謳い文句があって、国の方針に合わないと最悪の場合は命まで取られてしまった時代に、このシニカルな「国民的作曲家」はいかなるメッセージを放ち続けたのか。その点について書きだすときりがないが、悲劇的で緊張感に締め付けられる第 1楽章、マーラーにも匹敵する皮肉が寒気を覚えさせるスケルツォの第 2楽章、哀惜感が白い霧のように立ち込める沈鬱な第 3楽章、そして、作られたものであるか否かは別として、比類ない高揚感に満たされた第 4楽章。キタエンコの指揮は、35年前のあの日、未だ少年であった私の前で鳴っていたオケの音を思い出させるものであった。いろいろなことが遷り変わって行く。でも一方で、変わらないものもあるのだ。特に感傷的になる必要はないだろう。なぜならキタエンコは、これからも日本で素晴らしい音楽を聴かせてくれるであろうからだ。

プログラムに、1957年 1月の東響プログラムに掲載された作曲家芥川也寸志による、モスクワでのショスタコーヴィチとの面談についての記事が採録されている。
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ここには、ショスタコーヴィチの変人ぶりを伺わせるエピソードが満載であるが、好きな外国の曲はなんですかとの芥川の質問に、レスピーギの「ローマの泉」、ミヨーのフランス組曲、ガーシュウィンの「ポギーとベス」、あるいはブリテンの作品などと答えているのが面白い。いずれも明るかったりジャズの影響プンプンだったり同性愛であったりで、当時のソ連での発言としてはなかなか大胆ではないか。上の写真でも楽しそうに見える。その一方、以下は 1942年、件のムラヴィンスキーとの写真。ムラヴィンスキーは今回演奏された交響曲第 5番をはじめとしてショスタコーヴィチの数々の作品を初演したが、バリバリの党員であり、作曲者の意図と彼の演奏の間にはギャップがあることもあっただろう。お互い神経質な感じだ (笑)。
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終演後サイン会があるというので行ってみると、指揮者キタエンコだけではなく、ソリストの成田、そして、これは大変惜しむべきことなのであるが、21年間に亘ってこのオケのコンサートマスターとして優れた実績を残してきた大谷康子が今月いっぱいで引退するというので、彼女も合わせて 3人でのサイン会という豪華版である。キタエンコのサインは、彼のプロコフィエフ全集の CD にもらった。いかにも彼らしい控えめなサイン。
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そして成田のサイン。とても若者とは思えない、繊細なものである。見えますか (笑)?
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そして最後が大谷。どんな難曲でも笑顔を絶やさずオケをリードして来た彼女らしく、大きくて分かりやすいサインではないか。
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この大谷さんは、4月からは BS ジャパンの毎週水曜日 23時30分からの番組でレギュラーとなるらしい。長らくの重責お疲れ様でした。その才能をこれからも活かし続けて下さい!!
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by yokohama7474 | 2016-03-27 22:27 | 音楽 (Live) | Comments(0)