勝川春章と肉筆美人画 <みやび>の女性像 出光美術館

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江戸時代中期の画家、勝川春章 (かつかわ しゅんしょう、1726 - 1792)。はて、あまり聞いたことがないなという人も多いことであろう。私自身、聞いたことがないとは言わないが、それほど親しい名前でもない。思い出すのは、あの葛飾北斎 (1760 - 1849) が若い頃に勝川春朗と名乗ったことだ。そう、この春章は北斎の師匠にあたる。だが、そのような評価だけでは実にもったいない美人画の名手であり、また歌舞伎役者を描いて、浮世絵の世界で後の写楽にまでつながる道を拓いた人とも言われる。実は今年は春章の生誕 290年。東京で今、この春章についての 2つの展覧会が開催されており、それを両方見ることで、この画家の全体像にかなり迫ることができるのだ。・・・と書いておいて申し訳ないが、このブログでは時々、記事を書いたときには既にその展覧会は終了してしまっていることがある。実は今回も・・・。同じ 3/27 (日) に両方とも会期終了。しかも展覧会の巡回もない。従ってこの記事をお読み頂く方で、未だ春章のことをよくご存じない方は、来るべき生誕 300年まであと 10年 (ちと気の長い話だが)、楽しみに待って頂きたい。

この展覧会の会場は出光美術館。今年開館 50周年で、今後所蔵名品をずらりと並べる展覧会を予定中であるが、その前にこの春章展である。春章と周辺の肉筆画を集めた展覧会で、私としては、昨年以来、肉筆浮世絵の展覧会に何度も出かけていることになる。一種のブームなのかもしれない。展示作品 70点の大半はこの美術館自身の所蔵になるものだが、その目玉はなんと言っても、上のポスターに掲げられている「美人鑑賞図」である。春章最晩年に描かれ、絶筆の可能性もあるというこの作品は、全体をぱっと見て誰しも惹かれるであろうし、その細部をまじまじと眺め入ってはため息をつく、そのような素晴らしい作品だ。保存状態も素晴らしく、まさにほれぼれするような出来である。舞台は柳沢吉保の庭園として造営された駒込の六義園 (りくぎえん。今日でも立派に維持・保存されている)。11人の女性が、なにやらおめでたい雰囲気の中、掛け軸や香炉などを取り出して眺めているところ。
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細部の写真を 2枚、お目にかけよう。なんと美しい!! これは中央あたり。
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これは右の奥。ずっと向こうの方まで続く廊下は、全体の中での完璧な遠近法によるとは言えないものの、画家の高い技術を示している。
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ところが最近の研究で、この作品が鳥文斎栄之 (ちょうぶんさい えいし、1756 - 1829) による三枚続きの錦絵 (つまり肉筆画ではなく版画) 「福神の軸を見る美人」に酷似していることが判明した。これはシカゴ美術館の所蔵品。少し小さいが、全体の構図がそっくりなのがお分かり頂けるだろうか。
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実はこの展覧会の構成は、最初にこのことをドーンと紹介して、それから春章の登場前の作品群に戻ってから、春章の画業を辿り、最後に春章の後継者としてまたこの鳥文斎栄之の作品が出てくる。そこで私は腑に落ちない気分でもう一度展覧会の最初のコーナーに戻ったのであった。もしこの栄之が春章の後継者であるなら、なぜ春章がこの晩年の大作で自分より若い後継者から構図を借りる必要があったのか。上にそれぞれの画家の生没年を記載したが、栄之は春章よりも実に 30歳年下。全く一世代若いのだ。そのような若手の作品に倣った理由は恐らく、栄之の、もともと旗本の出身というやんごとなき身分に、春章が敬意を表したという事情もあるらしい。この春章の作品は、六義園を作った柳沢吉保の孫にあたる柳沢信鴻 (のぶとき) の古稀を祝うために描かれたという説が有力で、栄之の作品よりも人物を増やし、より華やかな雰囲気に仕上げられている。晩年に至って若手に倣いながらも、その若手を遥かに凌駕するとは、大した技量ではないか。

当時、このような遠近法を取り入れた室内の情景が描かれることはままあったらしく、この展覧会でも、趣向は異なるがこのような 18世紀半ばの作品が展示されている。作者不詳ではあるものの、何やら広間をぶち抜きにして、それぞれの間でくつろいでいる、楽しそうな絵だ。手前から二つめには、小さな人物が踊っているのを屈んで見ている人がいるが、これはからくり人形であろうか。
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これは少し遡る江戸時代初期、17世紀前半の「邸内遊楽図屏風」。戦国時代を越えて泰平の世となり、人々も解放感があったのだろうか。いやなんとも楽しそうに踊っている。仲間に入れて欲しい (笑)。
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このような踊りの習俗などから発展して、ひとりひとりを描く立姿の美人図などが発生して来たものであろうか。これも作者不詳だが、17世紀中期の「立姿美人図」。左を懐手にして、なんとも粋ではないですかい。
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そして、あの「見返り美人」で有名な菱川師宣の「二美人図」(17世紀後期)。彼をもって、世俗の情景を描く、いわゆる浮世絵画家の嚆矢とする。下ぶくれの顔は決して美しいとは言えないものの、やはり左を懐手にするなど、粋な様子である。硯と紙が用意されていて、これから恋文でもしたためるところであろうか。
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これは、宮川長春の作品 (18世紀前期)。昨年のシカゴ・ウェストン・コレクションの肉筆浮世絵展でも宮川派の作品があれこれ紹介されていたように、美人画の流れを作った人だ。これなど、帯の結び方にもアクセントがあり、堂々たる実在感だ。この宮川長春の弟子、春水に学んだのが、今回の主人公、勝川春章。江戸時代の日本美術のひとつの大きな流れと見てもよいだろう。
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そして春章登場。これは明和年間 (1764 - 72) に描かれた「遊女と禿 (かむろ) 図」。現存する春章の肉筆画でも最も古いもののひとつと言われているらしい。そう思って見てみると、確かに線がちょっと硬いようにも見える。だが、左の硯で墨をすっている禿など、上の師宣と比べると動作がリアルに見える。
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これは面白い絵で、春章と、宋紫石、北尾重政の三人が合作した「福禄寿と二美人図」。
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真ん中の福禄寿が宋紫石 (1715 - 1786)、左の女性が北尾重政 (1739 - 1820) 、右の女性が春章の手になるものだ。後ろの福禄寿は薄い線で描かれているので、不可視ということか。巻物の上に描かれているのは対極図という、中国の思想で陰陽を表す図形。北尾重政と春章は何度か合作をものしており、お互い影響関係があった模様。でも重政は春章よりも 13歳年下。この春章という人、若い画家からも積極的に学ぶ姿勢を持った謙虚な人であったのかと、勝手に想像してみる。

さてここから、春章の描いた美人図をいくつかご紹介する。画家が円熟の境地に達した頃の傑作ばかり。これは「柳下納涼美人図」(1783 - 87頃)。はだけた胸元が艶やかだが、夏の宵に吹きすぎる風を感じることができるではないか。
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一方こちらは、「雪中傘持美人図」(1787- 88 頃)。降る雪、積もった雪、傘で溶ける雪のそれぞれの質感が描き分けられていることに驚嘆する。近代日本の美人画の名手、伊東深水は、美人画の名手として春章を真っ先に挙げていたそうだが、このあたりの作品を見るとさもありなんと思う。
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かと思うとこれなどは、群像図として後年の「美人鑑賞図」につながるものがあるかもしれない。「青楼遊宴図」。遊郭での和やかな雰囲気の宴会の様子か。人物たちの表情の活き活きとしたこと。
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ここからの三連幅「雪月花図」は、少し趣向が異なる。この展覧会の副題にある通り、みやびな世界を描いているのだ。これまで見てきたような浮世絵の特色としての活き活きとした庶民の生活の描写とは異なって、中世の王朝文化への憧れを表している。これは、そのような嗜好を持つ教養豊かな階級からの依頼を受けて描いたものであろうか。春賞の画家としての技量に心底感嘆する。
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これは「婦人風俗十二か月」から「端午」。子供の可愛らしさ、母親の慈悲深い表情に加え、幟に描かれた鍾馗などは、弟子の北斎を思わせるような鋭い筆使いだ。
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これは「活花美人図」。美人図のヴァリエーションではあるが、アヤメを活ける丁寧な様子に情緒を感じる。
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会場にはほかにも春章の素晴らしい美人図が盛りだくさんだが、展覧会の最後の方には、彼の後輩・弟子筋にあたる画家たちの作品が並んでいる。まずこれは、例の鳥文斎栄之の「朝顔美人図」(1795)。洗練された描きぶりだが、顔も体も伸びており、あたかも西洋絵画がルネサンスからマニエリズムに移行したことを想起させるような作品だ。
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これは、喜多川歌麿 (1753? - 1806) の「更衣美人図」(19世紀前期)。さすがに生々しさが違う。
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そして、春章の弟子、葛飾北斎による「月下歩行美人図」(19世紀前期)。なんでもできてしまう天才が、着物の装飾性の強調から形の面白さに遊ぶ境地に入っているように見える。
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このように、勝川春章の画業は、それまでの歴史を受け継ぎ、流行にも乗りながら、その表現は、次の世代の偉大なる才能たちへと受け継がれ、発展して行ったことが理解できた。大変に内容の濃い展覧会であった。さあ、これをご覧になった方は、10年後の春章生誕 100年に向けて、気持ちの準備を始めようではありませんか!!

by yokohama7474 | 2016-03-28 21:35 | 美術・旅行 | Comments(0)