勝川春章 北斎誕生の系譜 太田記念美術館

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ひとつ前の記事で、出光美術館で開かれていた勝川春章の展覧会をご紹介した。その記事では、2つの展覧会が東京で開かれていたと書いたが、もうひとつがこれだ。東京原宿にある浮世絵専門美術館、太田記念美術館でのものだ。上のチラシに「北斎の師匠、写楽のルーツ」とある通り、ここでは主として役者絵の版画を描いた春章が紹介され、弟子の北斎がいかにそのキャリアを始めて、またそこから脱して行ったか、あるいは写楽のあの奇抜な役者の大首絵にどのようにつながって行ったかを辿ることができる。従い、肉筆浮世絵に特化した出光美術館の展覧会とは異なる春章を見ることができて、両方を見ることに大きな意義がある。但し、この美術館の難点は展示スペースが狭いことで、今回のように、期間中の前期と後期でほぼ全作品が入れ替わるということになってしまう。正直なところ、同じ美術館に二度通うのはなかなか簡単ではない。せっかくの充実した内容の展覧会であれば、なんとかしてもう少し大きいスペースで一度に見ることができないものであろうか。展覧会の図録を眺めていると、「ああ、前期に来ればこれを見ることができたのか」と、悔しい思いを抱くことになってしまう。

今回の展覧会の中心は上記の通り役者を描いた版画で、ほかの題材には相撲もある。さてそれはどういうことか。ズバリ、女性を描くことができない題材ということだ!! なんということ、前の記事で美人画家としての春章を絶賛したばかりなのに、この展覧会ではそれを見ることは叶わないのだ (笑)。そのことは取りも直さず、春章という画家の幅を知るということでもあり、概して初期は役者絵、後期に肉筆美人画に移って行ったというキャリアの変遷を知ることにもなる。先入観を持たずに見てみよう。

まずこれは、土左衛門伝吉という役柄を演じる三代目松本幸四郎。1768年、春章の最初期の業績であるようだ。しかしこの顔、なんともリアルで面白い。そういえば現在の幸四郎 (九代目) にも似ているような気がしてくる。
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これは 1770年頃の、二代目坂田半五郎と三代目大谷広次。配役は未詳のようだが、いかにも役者絵らしい舞台でのけれんみと、人の動きのリアルさをともに感じさせる素晴らしい表現ではないか。
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これは「九代目中村羽左衛門の佐々木忠臣荒岡源太照門」。この衣装は有名な「暫」であろう。これはまた、静の中に威厳を感じさせる出来であるが、そのデザイン性にこそ春章の力量が出ているのではないか。センスが光るとでも言おうか。
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これはまた面白い。三代目大谷広右衛門を描いたもので、どうやら役者の大首絵のルーツのようなものらしい。左側に版元による説明があって、「切り抜くと扇子に貼れます」などと書いてあるようだ。うーん、扇子に貼れるとは、ここでも「センス」が光る (笑)。このようなものは消耗品なので、なかなかこのようなかたちでは残っていないはずだ。それにしてもこの顔も実に表情豊か。春章の持つ幅広い表現力を改めて思い知る。
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これもなんとユニーク。「楽屋の五代目市川団十郎」(1781 - 89頃)。当時の人たちも、ただ舞台を見るだけではなく、役者の人柄とか舞台裏の情景に興味があったということだろう。隈取をしたままキセルを吸って、拍子木と台本を持ったスタッフと何やら打ち合わせか。灰のリアルな表現に、やはり春章のこだわりが見えて面白い。
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あっ、これは私も舞台を見たことがあるので、分かる。「義経千本桜」の佐藤忠信 (正体はキツネ) だ。演じるのは初代中村仲蔵。1787年の作品だが、調べてみるとこの歌舞伎の初演は 1747年。初演後既に 40年経っているというか、未だ 40年しか経っていないというか、そういうタイミングで描かれたもの。そして 200年以上経った今でも同じ演目が同じような演出で演じられているとは、なんとすごいことか。ヨーロッパの場合、オペラではいわゆる「読み替え演出」が盛んで (まあ、一時期よりは減っているのかもしれないが)、例えて言えば、佐藤忠信が背広を着たサラリーマンで、鼓を見ても聞いてもびくともしないような演出をしているわけだ。伝統を重んじる日本の文化には、この限りにおいてはよい面が多いであろう。
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これも面白い。「深川八景」から「三十三間堂夕照」(1770 - 72 頃)。なに、深川と言えば江戸のあの深川であろう。三十三間堂といえば、それは京都に決まっている。実は、今まで知らなかったのであるが、江戸時代に深川の富岡八幡宮の東側に、やはり三十三間堂という建物があり、本家と同じように、長い建物に沿って矢をいる通し矢が催されていたらしい。尚、ここでは通り過ぎる美女に目を奪われた男二人組が描かれていて、ユーモラスだ。版画になると、彫り師、刷り師との共同作業なので、春章の肉筆画の繊細さは薄れているし、ちょっと色の数が少ないので、作品として一流とは言い難いが、でもあれこれ春章を見てくると、これもアリかという気がしてくるのである。
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尚、私が撮った写真ではないが、この三十三間堂の跡地にはこのような碑が立っているらしい。一度行ってみたい。
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さて、展覧会にはこの後、前回の記事で肉筆画でも共作をご紹介した北尾重政との連作があったりして、そこでは春章得意の美人画を見ることができる。これは共作ではなく春章の単独作品だが、前回の記事での共作は福禄寿と二美人。ここでは恵比寿と一人の美人だ。この二人の間に会話があるのかどうか分からないが、もしかするとここでもこの福の神は不可視の存在で、話しかけられている女性の方は、それに気づいていないのかもしれない。
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さて私が見た後期の会期では、美人画はほとんどなかったと記憶するが、図録を見るといくつか掲載されている。前期での展示であったのであろう。残念だが、春章の美人画は出光美術館で沢山見たので、やむなしと諦める。その一方、出光美術館にはなかったジャンルの作品群がここにはある。相撲絵だ。春章が相撲絵を手掛けたのは、天明年間 (1781 - 89) からで、それまでの役者絵や武者絵の経験を活かしてのこと。ここでも彼は、それまでになかった写実性をもって相撲の世界を活き活きと描き出した。これは、「小野川喜三郎 谷風梶之助 行事 木村庄之助」。いやー、なんともリアルだ。歌舞伎同様、今日でも変わらない江戸時代の相撲という娯楽の姿を彷彿とさせる。
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これは、「江都勧進大相撲浮絵土俵入後正面之図」。東方力士たちの土俵入りが終わって退場し、代わって西方力士たちが土俵入りするところ。浮絵とは、遠近法を使って奥行きのある画面で描かれた絵のこと。両側の桟敷にぎっしり詰まった観客たちの様子がよく描かれている。江戸時代中期、相撲が庶民の人気に支えられていたことが、春章の持つテクニックによって見事に記録されている。
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これは武者絵の一種で、「堀川夜討之図浮絵二枚続」。京都堀川にいる源義経の討伐を頼朝に命じられた武士 (土佐坊昌俊) の機先を制して、弁慶が昌俊の屋敷を訪れてその昌俊を連れてきた場面。これも浮絵の手法で描かれているが、廊下の奥の方の表現は、前回の記事で見た春章晩年の大作「美人鑑賞図」を思わせる。人物のドラマの背景として、このような技術が大いに活きている。
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そして展覧会は、写楽らの役者大首絵の展示を経て、その副題のごとく、春章の弟子であった葛飾北斎の足跡を辿ることになる。これは「初代中村仲蔵」(1783)。足元にある銘には、「春朗画」とある。春章に弟子入りした北斎の最初の号である。20代半ばの北斎が、この時点で師匠の切り拓いた役者絵を模倣するところから始めたことが、この展覧会の流れからよく分かる。
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北斎はまさに万能の画家であったと思うが、彼の興味の本質に、写実ということがある。それは人物よりも、風景や構造物を正確に描くという点に端的に現れている。これはまた浮絵で、「東叡山中堂之図」。上野の寛永寺を描いているが、手前の堂と堂を結ぶ回廊のかたちの面白さや、後ろの中堂がその回廊によって遮られていることの意外性を楽しんでいるようだ。これこそが、後年富嶽三十六景などで驚くべき景色の数々を描いた北斎の、ひとつの原点ではないか。
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これも浮絵で、「浦島龍宮入宮之図」。それほど手の込んだ版画ではないが、師匠よりもきっちりとした遠近法に北斎の冴えを感じることができる。
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形の面白さをさらに大きな視点で描いた、「江都両国橋夕涼花火之図」。ここでは群衆も夜空も、そこに散る花火も、再構築された現実に情緒というフレーバーがまぶされて、大変にリアリティがある。さすが天才絵師である。
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このように、出光美術館の展覧会とは違った切り口で春章の画業と、その弟子である北斎に与えた影響を知ることができる貴重な機会となった。繰り返しで恐縮なるも、このように展覧会をご紹介しながらも、既にその展覧会が終了してしまっていることは誠に申し訳ないのであるが、また 10年後、春章生誕 300年のときに、きっとご参考になると思います (笑)。それまで皆様、お元気で!!

by yokohama7474 | 2016-03-29 08:00 | 美術・旅行 | Comments(0)
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