パスカル・ヴェロ指揮 仙台フィル 2016年 4月17日 サントリーホール

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フランス・ロマン主義を名実ともに代表する作曲家、エクトル・ベルリオーズ (1803 - 1869)。彼の代表作である幻想交響曲は、クラシック音楽を聴く人誰もが夢中になる曲だ。かく言う私も中学生の時から数限りない回数、この曲を聴いてきた。この曲には標題があって、それがなんとも異常なのである。若くて才能のある作曲家がアヘンに溺れて自殺を図るが死にきれず、奇怪な夢を見る。その夢の中で作曲家は愛する女性を殺してしまい、その女性が悪魔を扇動して作曲家を断頭台に送るという、なんとも禍々しい内容だ。だがこの曲が人気があるのは、そのような暗く悲惨な設定の割には、音楽自体にはユーモアもあって楽しめる内容になっているからだろう。誰がなんと言おうと、天下の名曲である。この天下の名曲、作品番号 14という若さから知られる通り、1830年、作曲者が弱冠 27歳のときの初期の作品だ。ところが私がこの曲に親しみ始めた当初から、この曲の作品番号は本当は「14a」であり、実は「14b」という姉妹作があるのだということをモノの本で読んでいた。その姉妹作こそ、「レリオ、または生への回帰」なのである。

ところがこの「レリオ」という作品、滅多に演奏されないのだ。私も生で聴いたことが一度もないどころか、録音においても、ブーレーズの 1960年代のもの (語りを、あの「天井桟敷の人々」で有名なジャン・ルイ・バローが務めている)、それからインバルやデュトワのベルリオーズシリーズの一環と、ムーティがシカゴ響の音楽監督に就任した際のライヴ (語りはジェラール・ドパルデュー) に、同じムーティがラヴェンナで演奏した際のものくらいしかない。ベルリオーズを得意とした指揮者でも、シャルル・ミュンシュとかコリン・デイヴィス、あるいは小澤征爾、それにバレンボイムなども、この曲は録音していない。なので私は、いつかこの曲の生演奏を聴ける日を楽しみにして来たのである。「うーん、なんであまり演奏されないのだろう」と思案顔のベルリオーズ。
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その願いは思わぬ形で満たされた。仙台フィルの東京公演。指揮は、現在の常任指揮者で、以前新星日本交響楽団 (東京フィルに吸収合併されてしまった) のシェフであったフランス人、1959年生まれのパスカル・ヴェロだ。
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作曲者は、幻想交響曲の後にこのレリオを演奏するように指示しているらしい。そこにひとつの無理がある。幻想交響曲は 50分を要する大曲。このレリオには 1時間を要する。通常一晩の演奏会は、正味 1時間半が相場である。なのでこの 2作品を演奏すると長くなりすぎる。加えて、作曲者の分身が長々と鬱陶しく喋り続け、ソロのテノールがピアノやハープの伴奏で歌うかと思うと、合唱団が亡霊となったり盗賊となったり、支離滅裂な配列になっているのだ。そして、なんと言ってもコンサートの終わりには幻想交響曲の激烈さが欲しい。これを先に演奏してしまうと、コンサートの座りが悪い。そんなわけで、なかなか実演で聴くことができないレリオを、この耳で聴く日がやってきた。

仙台というと、言うまでもなく 2011年の大震災の被災地である。このコンサートは復興支援に対する感謝をこめて開かれるものであり、このコンサートのチケットは完売だ。会場に辿り着くと、スタッフがホールの入り口近くに並んで聴衆に礼を述べている。その中に、この楽団のミュージック・パートナーの称号を持つ若手指揮者の山田和樹の姿もあり、ちょっとした驚きだ。
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そして会場には、このような謝礼や、この仙台フィルが震災後に行ってきた復興活動 (各地でのコンサート) の様子についての説明板がある。
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ところが奇しくも今日本では、なんということか、新たな災害が進行中だ。熊本を中心とする九州での連続地震。最初の地震のあと余震が一週間程度続くとのことであったが、なんたること、大きな余震がいつ絶えるともなく継続しているという前代未聞の事態。本当に被災者の方々の身が案じられる。そのような中、この日の会場にもカンパを求める箱が設置されている。
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それから、これも驚きだが、もともとこの演奏会には天皇・皇后両陛下が臨席される予定であったらしい。だが熊本での地震が続いているため、このコンサート鑑賞はキャンセルされたという宮内庁の説明が貼られていた。
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そのような特殊な環境で開かれたコンサートであったが、内容はこの上なく充実したもので、音楽を聴くことができることのありがたさを身に染みて感じることができる機会にもなった。東京のオケの充実ぶりをいつもこのブログに書いている私であるが、東京以外にもこれだけの音楽を奏でるオケがあちこちにあるという事実に、心から感動を覚える。

今回、幻想とレリオを続けて演奏するにあたって、面白い工夫がなされていた。まず、オケの登場は一斉にではなく、三々五々。これによって聴衆は拍手する機会を奪われる。ふと見るとチューニング前に指揮者のヴェロも舞台に出ている。そして、舞台奥には木製のデスクが置かれていて、そこに何やら羽ペンを持った古い時代の芸術家の姿が。これは、仙台在住の俳優、渡部ギュウ演じるところのベルリオーズである。
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このベルリオーズ、開演前になにやら楽譜数枚を指揮者に渡し、指揮者がそれを何人かの奏者に配っている。演奏開始前から演技が始まっているわけである。そしてチューニングが始まり、またもや聴衆が拍手の機会を奪われるうち、幻想交響曲が始まった。私はこのオケも指揮者も初めて聴くが、いやー、その音楽に対する姿勢の真摯であること。弦も管も、また打楽器も大変いい音で鳴っており、特に木管の自主性は大したもの。ヴェロの指揮はある意味で職人性を感じさせるものでありながら、冒頭、音楽が動いては立ち止まる感じや、続く楽章でも、舞踏会の華やかさとそこに見える恋人の幻影の残酷さ、野の風景のシュールな感覚、断頭台への行進のおぞましさ、怪物たちの饗宴のそこはかとないシニカルさ、いずれも素晴らしい。そして、全曲が爆裂する和音で終わったときに一斉に照明が落ち、指揮者とベルリオーズ役の役者の姿が消えたところで前半終了。なんという鮮やかさ。幻想交響曲の演奏中、役者はほとんどずっと (野原で殺人を犯すとき以外???) 舞台にいて、若干その演技が過剰であったかもしれないが、まあ、イヤならそこを見ないという手もある。よく考えられた演出である。

後半のレリオもその延長線上にあり、ここでは渡部ギュウがベルリオーズ自身の手になる台本の日本語役を喋り続け、テノールのジル・ゴランとバリトンの宮本益光とが美声を聴かせ、この演奏会 (仙台で 2回、東京で 1回) のために結成された合唱団が、あるときは美しく、あるときは力強く、歌い上げた。この曲は、要するに前作幻想交響曲の毒から解放されるための独白と静かな音楽を含んでおり、作曲者自身がこのような解毒作用を必要としたということだろう。実際の曲は、彼が以前に書いた曲の寄せ集めで、編成も曲調も、ごった煮の感がある。だが、その音楽に耳を傾けると、本当に美しい箇所があちこちに見つかるのだ。特に冒頭のテノールを伴奏するピアノは、これはどう聴いても現代のミニマルミュージックの大家、フィリップ・グラス風だ。なんとも不思議な音楽なのである。語りの中においては、シェイクスピアに対する賛辞があれこれ聴かれ、もともと作曲者が曲を書くきっかけとなった、シェイクスピア女優、ハリエット・スミッソンへの思いが横溢しているようだ。よく知られている通り、ベルリオーズは後年この憧れの人と結婚し、そして離婚することになるのだが、まあそれにしてもよくもこんなこっ恥ずかしいテキストを公にしたものだ (笑)。根っからのロマン主義者ベルリオーズの本領発揮ということか。

そんなわけで、初のレリオ体験は非常に充実したものとなった。写真で見るとこの仙台フィルの本拠地のホールは大変近代的であり、音響もよさそうだ。かくなる上は、このオケやその他の優れた地方オケを、現地にまで聴きに行く機会を作りたい。スケジュールは、まあそれはタイトであるが、なんとかしたい。新たな発見がいろいろあることだろう。
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by yokohama7474 | 2016-04-17 23:54 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by Ponta at 2016-04-20 21:28 x
はじめまして。新星時代にヴェロ氏のおっかけを始めて約20年になる、Pontaと申します。
私もその日、友人たちとサントリーホールにいました。
あの日の感動をすばらしい言葉でまとめてくださって、ありがとうございます。コンサートの様子がありありと思い出されます。
仙台で聴くと、地元に愛されているオケだということが伝わってくるような気がします。機会があれば、ぜひお出かけになってみてください。
Commented by yokohama7474 at 2016-04-20 22:53
>Pontaさん
コメントありがとうございます。やはりヴェロ氏には追っかけの方々がいらしたのですね。さもありなんと思います。そうですね、是非一度仙台で彼らの演奏を聴いてみたいものです。早速コンサートカレンダーを見てみることとします。
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