ピエタリ・インキネン指揮 日本フィル (ヴァイオリン : 庄司紗矢香) 2016年 4月22日 サントリーホール

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フィンランドからは多くの名指揮者が出ている。物故した人から若手まで、あるいは女性を含めて様々な個性があるが、そもそも国自体が西欧諸国と違ってマイナー感を免れないゆえに、たまたまこの国が輩出した大作曲家シベリウスの演奏というくびきのもとでの活動を多かれ少なかれ余儀なくされるのである。従って、フィンランド人指揮者が、シベリウスではない様々な音楽を指揮するということは、その土地またはオーケストラで広く支持されているという意味を示すのだ。ここに一人のフィンランド人指揮者がいる。ピエタリ・インキネン。1980年生まれだから今年 36歳になる。
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現在、プラハ交響楽団の首席指揮者であり、この日本フィル (通称「日フィル」) の首席客演指揮者。そして来シーズン、今年 9月からは日フィルの首席指揮者に就任する。この人の活躍ぶりによって東京のこれからの音楽界の活気が変わってくると言ってもよいだろう。現在シェフが空席になってしまっている東京フィルを除いて、東京の主要 7オケのシェフはなかなかの顔ぶれであって、今年という意味では、新日本フィルの上岡敏之とこの日フィルのインキネンが新たな就任なのである。そしてそのフィンランド人指揮者、インキネンが今回指揮するのはなんと、イギリス音楽だ。

 ブリテン : ヴァイオリン協奏曲作品15 (ヴァイオリン : 庄司紗矢香)
 ホルスト : 組曲「惑星」作品32 (合唱 : 東京音楽大学)

今回の来日でインキネンはヴェルディのレクイエムも採り上げているはずなので、もはやシベリウスの呪縛はない。ってまあ、首席客演指揮者かつ次期首席指揮者がシベリウスばかり採り上げるわけにはそもそもいかないのだが (笑)。

上に掲げたポスターにいろいろ謳い文句が記載されているが、今回のソリスト庄司紗矢香の紹介に、「インキネンと同門!」とある。庄司はいわずとしれたケルンの名教師ザハール・ブロンの教え子 (ほかにもレーピン、ヴェンゲーロフ、樫本大進等の綺羅星のごとき教え子たちがいる) だが、実はピンキネンもそうらしい。もともとヴァイオリンを学んでいて、ブロンのもとにいた 20年ほど前、ほんの少女の頃の庄司の才能に驚いていたということで、今回東京での初共演が叶ったとのこと。
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今回庄司が弾いたのは、あまり演奏されることのないベンジャミン・ブリテン (1913 - 1976) の協奏曲。私も、サヴァリッシュが最後に来日して N 響を振ったときにフランク・ペーター・ツィンマーマンのソロで聴いたのが唯一の生演奏体験。そのときに予習したヴェンゲーロフとロストロポーヴィチの CD を引っ張り出して再度予習の上、この演奏会に臨んだ。この曲はブリテン 25歳の若書きであり、スペインのヴァイオリニスト、アントニオ・ブローサがジョン・バルビローリ指揮ニューヨーク・フィルの伴奏で 1939年に初演している。実はこのブローサなるヴァイオリニストとブリテンは、その 3年前の 1936年にバルセロナで共演しており、そのときの音楽祭の一連の演奏会のうちのひとつが、ブリテンが深く尊敬していたというアルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲の初演であったとのこと (尚、ベルクのコンチェルトの初演者はルイス・クラスナーという別のヴァイオリニスト)。このベルクの白鳥の歌に感動したブリテンは、自分でもヴァイオリン協奏曲を書きたいと思い立ったのであろうか。この曲はベルクの曲とは全然似ていないが、唯一、緩 - 急 - 緩という構成だけは似ている・・・かなぁ (笑)。ところで年号を見て気づくのは、1936年といえば、スペイン内戦勃発の年ではないか。反戦主義者であったブリテンは、この曲にそこはかとないスペイン情緒を込め、静けさと闘争を経て祈りに至るという複雑な情緒を盛り込んだ。庄司は珍しく譜面を置いての演奏であったが、そのような複雑な情緒を、いつもながらの強い集中力で表現していた。第 2楽章などは彼女の得意とするプロコフィエフを思わせて実に鮮やかだったし、カデンツァでの弦の唸りも見事。また、聴かせるべきところは極上の美音を響かせる。こんな自在なヴァイオリンは、そうそう聴けるものではないだろう。インキネンはここでは脇役に徹していたが、大編成のオケをコントロールして危なげない。楽団がリハーサルのときのこんな和やかな写真を公開している。今回のコンサートマスターは、千葉清加さん。お、この人もサヤカさんなのだな。
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そして庄司はアンコールを演奏したが、何やら聴きなれないスペイン風の曲。アンコールの表示を見て驚いたことには、それはスペイン内戦時の軍歌で、「アヴィレスへの道」という曲。ネット検索してもそれらしい情報は出てこないが、まさにこのコンチェルトにふさわしいアンコールであったことになる。その研究熱心さに改めて脱帽だ。

そして後半は、ホルストの「惑星」。これも、有名曲でありながら実演ではあまり接する機会のない曲だ。ここでインキネンは本領発揮。7曲からなる組曲で、実に色彩感豊かな曲であるがゆえに、まずは冒頭の「火星」で聴衆を圧倒する必要があるが、早めのテンポでグイグイ進めるインキネンは、先輩の大指揮者サロネンすら思わせる切れのよい指揮ぶりで、日フィルから輝かしい音を引き出した。そう言えばこの「火星」は、作曲者ホルストが迫りくる第一次世界大戦を予感して書いた予言的な作品とも言われる。今回の 2曲はいずれも、戦争の惨禍と関係しているのだ。冒頭のポスターに、「戦慄の時代が生んだ祈りのコンチェルトと壮大な音宇宙」とあるのは、そういう意味だったのだ。日フィルさん、なかなかしゃれたコピーを考えますなぁ。私が前回インキネンを聴いたとき (昨年 11月 8日の記事) には、最強音を聴けなかったもどかしさを書いたが、その点、今回は期待通りの素晴らしい最強音を聴くことができ、私の親指はぐっと立ったのである。このような音楽を聴かせてくれるなら、彼の存在によって東京のクラシック音楽シーンが一層面白くなるだろう。

終演後にはまたインキネンのトークがあった。いわく、今回の演奏会は日フィルと最初のことと最後のことが同時に起こったと。つまり、イギリス音楽を指揮したのは最初だったし、首席客演指揮者としての演奏は最後であったという意味だ。それからは上記の庄司についての話と、今年 9月に首席指揮者に就任することについての話。彼はこの年で既にシドニーでワーグナーの「指環」全曲を振った実績があるらしく、そのとき共演した歌手たちと、9月27日にサントリーホールで「ジークフリート」「神々の黄昏」を演奏するのが、今回の日フィルの首席指揮者披露公演になるらしい。なるほど、こうなってくるとシベリウス、全然関係ないですね!! 前任のアレクサンドル・ラザレフも面白い指揮者であったが、レパートリーがロシア物に偏重していたように思う。かつて「ロシアのカルロス・クライバー」と呼ばれた爆演系指揮者、ラザレフも、後任インキネンによる日フィルのさらなる発展に期待していることだろう。
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by yokohama7474 | 2016-04-23 01:11 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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