準・メルクル指揮 新日本フィル (ヴァイオリン : 豊嶋泰嗣) 2016年 4月29日 サントリーホール

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ゴールデン・ウィークの初日。東京は穏やかに晴れた気持ちのよい天気である。こんなときはどこか空気の澄んだところへ出かけるか、川沿いの我が家のベランダで太陽を浴びながらビールでも飲んでダラダラするか、と考えたのであるが、ちょっと待て。14時からサントリーホールのチケットを買ってあるではないか。これはダラダラしている場合ではない。なぜなら、指揮があの準・メルクルだ。やはり聴いておかないと。

準・メルクルは、ドイツ人の父と日本人の間に生まれたドイツ人指揮者。1959年生まれの 57歳だ。オペラとオーケストラの両面で世界的な活躍を続ける現代の名指揮者のひとりである。
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彼は NHK 交響楽団や水戸室内管弦楽団は頻繁に指揮しているし、新国立劇場ではワーグナーの「指環」全曲を指揮した経験もある。昨年は読売日本響にも初登場した。新日本フィルには 2014年に初めて共演しており、今回が 2回目ということになろうか。上のポスターにある通り、2つのプログラムで 3回のコンサートを振る。私が今回聴いたのは以下の曲目だ。
 ドビュッシー : 民謡の主題によるスコットランド行進曲
 ブルッフ : スコットランド幻想曲 (ヴァイオリン : 豊嶋泰嗣、ハープ : 平野花子)
 メンデルスゾーン : 交響曲第 3番イ短調「スコットランド」作品56

ふーむ、これは誰がどう見てもスコットランド縛りである。なぜにスコットランドなのかよく分からないが、私の期待はなんと言ってもメインのメンデルスゾーンだ。無駄がなくすっきりしたメルクルの音楽性にはぴったりだと思うからだ。

最初のドビュッシーの曲はもともとピアノの連弾用の曲で、1890年、作曲者 28歳の若書きだ。今手元に音楽之友社のドビュッシーの伝記を持ってきてパラパラ見てみると、この頃、歌曲やピアノの小品を作曲して出版することでなんとか生活をしていた彼は、スコットランドの旧家の子孫からの行進曲の委嘱を喜んだという。ドビュッシーは学生時代の 1880年に、あのチャイコフスキーのパトロンとして名高いフォン・メック夫人が家族とともにヨーロッパに滞在する際に、娘のための家庭教師ピアニストの役を務めたことがあって、そのときに家族での演奏用であろうか、いくつかピアノ連弾曲を書いたり、「白鳥の湖」をピアノ連弾用に編曲したりしている。余談だが、チャイコフスキーの名作、交響曲第 4番は 1877年の作で、ドビュッシーはこの当時の「最新作」をフォン・メック夫人を通じて知ったらしい。ドビュッシーが「牧神」とともに近代に目覚める前には、このような下地があったわけだ。ところでこのスコットランド行進曲は 5分くらいの短い曲で、さほど印象的な内容でもないが、暗譜によるメルクルの指揮は非常に明快で、オケもよく乗っていた。上々の滑り出しである。

2曲目のブルッフのスコットランド幻想曲は、この作曲者の作品としては大変有名なヴァイオリン協奏曲第 1番には劣るものの、そこそこポピュラーな曲である。これは協奏曲とは題されていないが、実質的にはヴァイオリン協奏曲に近く、ハープもオケのパートにしては重要な役割を担う。ヴァイオリン独奏は、このオケのソロ・コンサートマスターであり、サイトウ・キネン・オーケストラでも活躍している、豊嶋泰嗣 (やすし)。この人、随分以前からずっとこのオケのコンマスであるが、調べてみると、1964年生まれで、1986年に桐朋学園を卒業と同時にその地位に就任したらしい。実にもう 30年ということになるわけだ。彼のヴァイオリンはいつでも非常に艶やかである。指揮のメルクルともども、様々に移り変わる曲の表情を巧まずして表現していて、充実した演奏であった。
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だがやはり、当初の期待通り、この日の真骨頂はなんといってもメインのメンデルスゾーンに聴くことができた。私はメルクルの音楽をそれほど沢山聴いてきたわけではないが、初期ロマン派にはかなり適性があるように感じていて、特に、ドイツの作曲家でありながら、重厚さよりも、自ら描くのを得意とした水彩画のように鮮やかさを身上とする音楽を書いたこの夭逝の天才、メンデルスゾーンは、メルクルの音楽性にぴったりだ。実際に演奏が始まると、冒頭の陰鬱さにもどこか清潔感があり、すぐに曲の雰囲気が出来上がってしまった。そしてヴァイオリンが高音で感傷的な旋律を歌い出すと、なんとも美しい音のカーヴが目の前に現れたのだ。続けて演奏される 4楽章の味わいはなんとも素晴らしいものであり、切れ味鋭く畳み掛けるところもあるかと思うと、その一方で主旋律を支える中声部 (弦で言えばヴィオラやチェロ、金管で言えばホルンが担うことが多い) の充実も際立っていて、終始オケの好調が保たれていた。無理なく音楽の起伏が作り上げられていて、随所に、あぁいい曲だなぁと思わせる箇所があった。そして、終楽章のコーダ手前、遅いテンポで弦と絡むクラリネットとファゴットがなんとも美しいと思っていると、そこから最後の盛り上がりは徐々にテンポを加速して、鮮やかにまた晴れやかに、クライマックスが築かれたのである。そして終演後のカーテンコールでは、まずはそのクラリネットとファゴットを立たせ、そしてホルン、チェロ、それからオケ全員、という順番で起立させるのを見て、いやなるほどと感服。指揮者が会心の出来と思う奏者の演奏は、聴いている方にも伝わってくるものなのだ。そしてなんと、指揮者自ら、今回で退団するチェロ奏者 (貝原正三) に花束を渡して長年の労をねぎらうという心温まるシーンも見られた。

終演後にサイン会があるというので並んでいると、楽員たちとともにメルクルも熊本地震の募金集めのために一旦ロビーに出て行き、それが終わるとすぐに走って (!) 戻ってきてサインに応じてくれた。先刻終えたばかりの熱演の痕跡を如実に残す汗をかき、火照った顔をしているにもかかわらず、実に丁寧な対応であった。手元に金、黒、白とあるペンを指して、たどたどしい日本語で「ドノイロ?」と訊くので、「ア、キンイロデ、オネガイシマース」と、あ、いや、普通に日本語で「金色でお願いします」と言うと、このようなサインをしてくれた。気取りのない、親しみやすいマエストロである。新日本フィルの来年度の定期演奏会には登場しないようだが、このオケとの相性は大変によいと思う。またこの組み合わせを聴いてみたいものである。
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とこうして演奏会の余韻を記事に書いていると、スコットランドを旅行したときの思い出があれこれ蘇ってくる。ネス湖、エディンバラ、ロスリン礼拝堂 (「ダ・ヴィンチ・コード」の舞台のひとつ)、コーダー城 (シェイクスピアの「マクベス」の舞台 --- もちろん創作なのだが)、そして、乗るはずだった船に乗り損ねて行けなかったフィンガルの洞窟 (いや実際には、桟橋到着はギリギリ間に合ったものの、エディンバラからの長時間連続ドライヴの結果、しばしの間の自然の摂理に従っているうちに、船が出てしまったのだが・・・涙)。その中でも、メンデルスゾーンが実際に足を運び、そこでこの「スコットランド」交響曲の着想を得たホリールード宮殿、あのメアリー女王の居城の中にある礼拝堂の廃墟で、イヤホンガイドからこの交響曲の冒頭部分が流れたときの感動を忘れない。というわけで、我が家のガラクタコーナー (いや、本当は「世界遺産」コーナーと名付けているのだが 笑) のスコットランド関連展示をご紹介しよう。バグパイプを吹く楽人たちの間に見える城は、右がエディンバラ城、左がコーダー城 (ちなみに後ろの城はイングランドのもの)。そして手前に長いからだ (?) をウネウネと見せているのがネッシーだ。ほら、メンデルスゾーンが聴こえてくるでしょう!!
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by yokohama7474 | 2016-04-30 00:16 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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