ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2016 ピエール = ロラン・エマール ピアノ・リサイタル 2 2016年 5月 4日 東京国際フォーラム ホール D7

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フランスが生んだ現代音楽の鬼才、ピアニストのピエール = ロラン・エマールの独奏によるオリヴィエ・メシアン (1908 - 1992) の壮大な曲集、「鳥のカタログ」の、昨日に続く第 2回である。エマールは 1957年生まれなので、今年まだ 59歳。とにかく現代音楽 (って、100年くらい前の音楽も指しますがね) の分野においては並ぶ者のない存在で、そのひとつの証左は、メシアンの弟子でもあり、やはり現代音楽に大きな足跡を残した大作曲家 = 大指揮者であったピエール・ブーレーズが 1977年にアンサンブル・アンテルコンタンポランを創設するときにピアニストとして採用されたということである。そのときわずか 20歳の若者であったわけだ。日本で知られるようになったのはそれほど古いことではないと記憶するが、まあそれはもう鮮やかなテクニックで人々を唖然とさせるピアニストなのである。
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既に初回の記事で書いた通り、このエマールほどの一流のピアニストが、メシアンの超大作の細部について語り、その鳴き声が再現されている鳥の映像まで見られるとは、大変に貴重な機会なのである。繰り返しだが、このメシアンの「鳥のカタログ」は全曲演奏に 2時間30分以上を要するソロ・ピアノのための曲で、全曲は 7巻 13曲からなっている。今回のエマールの演奏では、曲順はもともとのものから自由に変えられており、今回演奏されたのは以下の 5曲。
 カオグロヒタキ (第 2巻から)
 キガラシコウライウグイス (第 1巻から)
 ノスリ (第 7巻から)
 イソヒヨドリ (第 1巻から)
 ダイシャクシギ (第 7巻から)

うーん、相変わらず知らない鳥の名前が多い (笑)。唯一ユスリタカリ、いや違った、ノスリだけはなんとなく分かるぞ。猛禽類の一種。こんな鳥だ。
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実は私はこのコンサートを聴く前に、上野の東京都美術館で超大混雑の若冲展を見てきており、もしかするとエマールも会場に足を運んだとすると面白いなぁと夢想していたのである。プライス・コレクションの若冲最晩年の鷲図など見ると、エマールほどの芸術家なら何かを感じて、それが演奏に活きるはず。
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まあ、開館前からあれだけの長蛇の列なので、なかなか鑑賞は容易ではないが、エマール対若冲という思いもかけない顔合わせが実現するかもしれない東京という街は、なかなかすごいところだと強調しておこう。若冲展の記事は、当然ながら追って書くが、ちょっと記事のネタが溜まっているので、少し先になってしまうでしょう。

まあそれはそれとして、今回もエマールの演奏は鮮烈極まりない。昨日の記事で書き損ねたが、彼が曲の解説の中で言っていたのは、この長大な曲には様々な鳥の鳴き声の模倣は出てくるものの、それだけではなく、鳥の暮らす環境、つまり、峨々たる岩山もあれば、海もある。メシアンはそれをみごとに音で描いているということらしい。今回の演奏でもそれは何度か強調された (ちなみに、投影された鳥の映像には、いくつか昨日と同じものもあった)。面白かったのは、昨日の演奏会ではこの曲集の冒頭の曲が演奏され、今日の演奏会では最後の曲が演奏され、そして明日の演奏会ではちょうど真ん中の、全曲でも最も長大な曲が演奏されるということ。これはエマールの解釈と密接に関連する選択であろうと思う。

因みにこのメシアンの「鳥のカタログ」、書き始められたのは 1956年で、完成は 1958年。エマールによると、当時メシアンはいかに新しい音楽を創造するかで大いに努力を続けていたため、この曲集には随所に作曲者の工夫が見られるという。初演者はメシアンの妻であるイヴォンヌ・ロリオ。我々のよく知る彼女の肖像はこのような眼鏡のおばあさんだ。
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ところがネット検索すると、若い頃の写真も見つかる。これ、どうですか。マン・レイのシュールな写真かと見紛うばかりの洗練ぶりだ。うーん、でも見比べると確かに上のおばあさんと同じ顔に見える。
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尚、今回エマールが説明するには、2曲目に演奏された第 1巻のキガラシコウライウグイスは、フランス語で「ロリオ」というらしい。愛妻の苗字と同じであるのは偶然か故意か。因みにコウライウグイスとはこんな鳥。
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メシアンの音楽を純粋に楽しむ際に、このような情報は余分かもしれない。だが、私はエマールの説明と演奏を聴きながら、いつのまにやら人間が過ごす時間の有限性といったようなことを考えていた。この作曲家が苦労して音にした鳥たちは、皆既にあの世に飛び立っており、初演したピアニストも作曲家自身も、既にこの世の人ではない。でも彼らが精魂込めて作り上げたこの音楽は、60年を経てもこのように多くの人が耳を傾けるのだ。鳥の鳴き声が様々であるように、人の生き様も様々。この長い曲の作曲を通してメシアンが伝えたかったメッセージは、限られた時間だけこの地球上に暮らすことを許された命の尊さではなかったか。そう言えば、今日見た若冲の奇跡の連作、動植綵絵に込められたメッセージもそれと共通する。冴えわたるエマールのタッチに耳を澄まし、しばしの沈黙に命の意味を考えているとき、隣の席のオバサンのお腹が、グゥ~ッと大きく鳴った (笑)。このコンサートは 13時30分スタート。皆さん昼食を取ってから来られていて、この音楽を聴きながらその昼食を消化中ということにならざるを得ない。そうだ。これこそ生きている証。もしメシアンが聴いていれば、その腹の音も音楽の重要な要素の一部、全然 OK! と、親指を立てたに違いない・・・???
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このコンサートでは、エマールの人となりを示すちょっとしたトラブルがあった。演奏の合間にステージ後ろの壁に投影される鳥の映像で、未だエマールの説明が済んでいないのに出てしまったものがあった。そのときエマールは手を振りながら "No, no, sorry." と英語を喋ったのだ。聴衆に対する説明は一貫してフランス語であるにもかかわらず、ここで英語を使ったのは恐らく、投影を担当するスタッフと事前に英語で打ち合わせをしていたからではないか。なので、このときの彼の発言は、誰にともなく発されたものでなく、そのスタッフに向けられたものであったろう。スタッフをないがしろにしない彼の人柄が表れていたと思う。演奏後は譜めくりの若い女性や通訳にも握手を求めていて、大変丁寧な応対ぶりだと思ったものだ。

さて、明日演奏される第 3回は、演奏時間が 60分。全 13曲のうち既に10曲演奏済なので、残り 3曲だが、そのうちの 1曲、第 4巻の ヨーロッパヨシキリだけで演奏時間 30分を要する。いよいよクライマックス。腹が鳴らないように気をつけながら、心して聴きたいと思う。

by yokohama7474 | 2016-05-04 23:41 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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