獣は月夜に夢を見る (ヨナス・アレクサンダー・アーンビー監督 / 原題 : NÅR DYRENE DRØMMER (When arimals dream)

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前回の「マジカル・ガール」の記事でもご紹介した、ヒューマントラストシネマ有楽町では、シネコンでは見ることができないような佳作をあれこれ見ることができて、その活動は本当に意義深いと思う。実際、例えば米国に住む人たちが通常見ることができるのはほとんどがハリウッド映画であろうし、その他の地域の大都会でも、東京に匹敵するほど見ることのできる映画の選択肢が多い街は、ちょっとないのではないか。それはコンサートや美術展 (や、レストラン) と同様で、その気にさえなればかなりハイレヴェルの文化的生活を送るための要件が、東京では整っているということができる。

この映画はデンマークとフランスの合作だが、宣伝に使われているイメージは完全に北欧のものだ。なにせ原題 ("NÅR DYRENE DRØMMER") に、通常のアルファベットでは使われない丸とか斜線が入っているのだ!! 北欧、スカンディナヴィア 3国とはもちろん、スウェーデン、ノルウェイ、デンマークだが、私はノルウェイ以外の 2国に主として仕事で数回行っただけで、そのノルウェイが実は EU にも加盟していないということを数年前まで知らなかった。そもそもこれらの国それぞれの首都名くらいは常識として言えるにせよ、その民族・宗教・歴史等々の面からの違いを認識することは日本人には非常に難しい。なぜにそんなことを書くかというと、この映画で使われている言語が何語であるか分からないからだ (笑)。恐らくはデンマーク語なのであろうが、ノルウェイ出身の役者も出ているし、そもそもこれらの国の間で言葉の違いがどのくらいあるものなのだろうか。日本でも最近紹介されたデンマークの画家、ハンマースホイの最後の「ホイ」の表記は "ØI" なので、やはりデンマーク語なのか。このようなハンマースホイの作品は、フェルメールが異常な人気を持つ日本では、かなりツボにはまるタイプであろうと思う。
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それはともかく、私がこの映画を見たいと思ったのは、やはりこの北欧のイメージに包まれたホラーという点であった。「僕のエリ 200歳の少女」というスウェーデンの吸血鬼映画が以前話題になったらしい。私はそれを見ていないが、最近ではノルディック・ホラーなどという言葉もあるようだし、ちょっと楽しみだ。上のポスターの宣伝文句、「僕は君のそばにいる。たとえ君が "何者" でも ---」を見て、そして題名に月夜とあるし、また、血圧の低そうないかにも北欧人らしい主演女優の唇から血が流れているので、これは人狼 (最もすっきりする用語は「狼男」であろうが、ここでは出ているのが女性であり、「狼女」とはあまり言わないので・・・) ものであろうという推測は大体つく。真偽のほどはここでは明らかにしないが、いずれにせよ通常の人間と違う女性と、彼女を守ろうという男の恋の物語だとは申し上げておこう。尚、この映画の海外版のポスターは以下の通りである。
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おっと、これでは私がせっかく秘密にしておいた映画の設定がバレバレではないか!! 全く西洋人は、こういう直接的なメッセージでないと理解できないのだろうか。日本版のポスターのニュアンス溢れるそこはかとなさを、私としては支持したい。画家ハンマースホイもきっと賛同してくれるに違いない (笑)。

映画は、期待通り寒々とした北欧の雰囲気が一杯だ。まず最初のシーンは、このように夕闇に浮かぶ漁村の映像で始まる。
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ここに住む 19歳のマリーは、最近自分の体にできた発疹のような異変に気付きつつ、荷揚げした魚を裁く仕事につき、そこでいじめにあったり、恋心を感じる男性との出会いを経験する。
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彼女は、意識がなく車いすを利用している母親と、意志の強そうな父親との三人暮らし。画面は飽くまで静謐感を湛えたまま、この家族の抱える謎を秘めてストーリーは進行する。やがて起こる悲劇にマリーは反応し、自らその正体を認識した上で、人生の選択をする・・・。まあそんな感じで、ストーリーとしてのひねりはさほどあるわけではなく、ホラー特有のわっと驚かせるシーンは何度かあるものの、それほどショッキングな作りにはなっていない。つまりここで観客が対峙するのは、飽くまで静かに運命に立ち向かう若いマリーの姿なのである。そのマリーを演じるのは、1994年にデンマークのユトランド北部の小さな島、本作のロケ地の近郊で漁師の娘として生まれ育ったというソニア・ズー。今回がスクリーン・デビューだ。
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映画のプログラムに記載されているインタビューによると、幼い頃から映画に出たいと願っていたがチャンスがなく、この映画で一気に道が拓けたとのこと。演技をするにあたっては、日本の暗黒舞踏を習ったりして、「身体の意識を高めて、自分自身のより攻撃的で動物的な性質に近づく」努力をしたそうな。うーむ。日本では様々な文化に触れるチャンスがあると冒頭に書いたが、このあたりはヨーロッパの文化のあり方とはちょっと違いますな。日本で映画デビューする若い女優が、こういうことを考えたりするであろうか。ええっと、例えば「ちはやふる」という初主演作を撮影するにあたって、広瀬すずが暗黒舞踏を習っただろうか・・・。まぁ、いい悪いと言える問題ではないでしょうが、絶対にないなぁ、それは (笑)。

あ、そうそう。この映画では死者を教会で弔うシーンが出てくるが、この地域のキリスト教はカトリックかプロテスタントか、はたまた何か特殊な宗派であるのか、興味があった。劇中では映像でそれを確認できるシーンはないものの、ヒントがあった。それは、バッハの「マタイ受難曲」の第 15曲 (そして以下、第 17曲、第 44曲、第 54曲と繰り返される) のコラールが葬儀のシーンで合唱で出てきて、それに続くお通夜 (?) のシーンでも同じ曲が数人で演奏されたことだ。つまりデンマークはルター派プロテスタントなのか。バッハの曲は以下の通り。
https://www.muzikair.com/jp/track/8zmnnn

このように、雰囲気満点の映画ではあったのだが、正直なところ、作品全体の出来としてはもうひとつという印象。印象的なカットがあれこれある割には、ストーリー自体のひねりは皆無に等しく、もう少ししたたかに観客を驚かせる要素があった方がよかったと思う。ホラーという範疇を前提として考えれば、見る人の神経をぞわっと逆撫でするような恐怖心をいかにして呼び覚ますかという工夫が欲しかったところ。この作品の監督は、(奇しくも前の記事で南欧スペインの新人監督をご紹介したが) こちらは北欧の新人監督、デンマークのヨナス・アレクサンダー・アーンビー。もともと同国の先輩監督、あのラース・フォン・トリアー監督の「奇跡の海」「ダンサー・イン・ザ・ダーク」で美術アシスタントを務めた人。フォン・トリアーは、もしかしたら天才なのかもしれないが、ちょっと最近はどうなってしまったのか知るのが怖いような気がする、ある意味で良識を超えてしまった監督。そのような人の下で働くと、返って実務屋としての能力が磨かれたかもしれない。デンマーク特有の人間ドラマを作り続けて行って欲しい。
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ハンマースホイからも沢山ヒントがあると思いますよ。
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最後に、これだけユニークな映画を上映しているヒューマントラストシネマへの応援メッセージとして、この劇場に行くと必ずスクリーンで見ることになる宣伝をご紹介しよう。これ、一度見たら忘れないでしょう。人狼よりも怖いかも (笑)。
https://www.youtube.com/watch?v=v4_7hc2ma2k

by yokohama7474 | 2016-05-07 22:55 | 映画 | Comments(0)
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