京都 南山城の古寺 一休寺 (酬恩庵)、観音寺、寿宝寺、蟹満寺、神童寺、海住山寺

以前の記事で、奈良国立博物館での信貴山縁起絵巻を中心とする展覧会について述べたが、せっかく奈良まで来たのだから、どこかを見て回ろう。実は今回、通常は寺めぐりの際にも特にこだわりを見せない家人から、珍しくリクエストがあった。女性雑誌に載っていた寺関係の特集に、このような立派な仏像が紹介されていて、どうしても見てみたいと言う。
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これはもちろん、京都府だが奈良との県境に近いところにある蟹満寺 (かにまんじ) の本尊で、白鳳時代 (約 1,300年前) の国宝、釈迦如来像だ。なるほどその手があったか。今回は奈良市内を離れ、この南山城と呼ばれる地域に遊んでみよう。沢山の素晴らしいお寺が存在しているが、私ももう二十年以上足を運んでいない。仏像や古寺に対する知識満載とはお世辞にも言うことのできない家人に、南山城のすごさを見せてやろう。

奈良市内でレンタカーを借りて一気に北上。最初に訪れたのは、一休寺の愛称で知られる酬恩庵。この一休とは、もちろんあの、とんちで有名な一休さんだ。室町時代の実在の高僧、一休宗純 (1394 - 1481) が晩年を過ごしたのがこの寺。かなり広い敷地を持ち、今の季節は新緑が目に眩しいのだ。これは紅葉の季節ならかくやと思わせる風景だ。
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門を入って間もなく、一休和尚の墓が見えてくる。と言っても一般の人が詣でることはできない。なぜなら一休は後小松天皇の落し胤とされていて、その墓所は宮内庁の管理となっているからだ。だが、実際に皇位にあった人ではなく、一般的な人気も高いことから、宮内庁の粋な計らい (?) で、門の隙間から墓所の建物を覗き見ることができる。注意書きにも、「隙間から覗き見ぬこと」とは書いていないから大丈夫。
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さすがよく整理されている。この寺の方丈 (僧の住居するスペース) には、一休が死の前年に彫らせて自らの髪とひげを植えたと伝わるリアルな彫刻があり、重要文化財に指定されていて大変有名だ。この顔つきは、とんちの一休さんとは違って、しばしば凡人を驚かすような大胆な行動を取った、常軌を逸したと思われるほど激烈な彼の人間性を思い知ることができる。
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方丈の庭園はまた厳しい枯山水だ。ちょうど一休の墓所が垣根の向こうに見える。つまり死後も彼はこの庭を、常人とは反対側から見続けているということだ。
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その一方、もちろん観光客へのサービスも必要なのであろう。境内にはこれらの親しみやすいものが。奥に進んで行って、「このはしわたるな」のところでやむなく引き返して来ましたよ。だって、ねぇ、こちらにはトンチはありませんからね (笑)。
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そして、あっと目に付いたのが、この季節に赤々と色づいている一本の木だ。なるほどさすが一休の寺。なんでもかんでも人と同じではなく、狂い咲きと言われようとどうしようと、色づきたいときに色づく奴がいてもよい。その意気や、よし。
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そしてこの寺には、一休寺納豆という名物が。かなり濃厚な発酵物で、ご飯のおともや、山椒がわりの調味料によいだろう。冷蔵庫に入れると乾燥してダメになってしまうが、常温ならいつまででも食べられるとのことだ。
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さてそれから少し南下して、観音寺へ。ここは今ではこの昭和に再建された小さなお堂がひとつあるきりだが、昔は興福寺の別院のひとつで、隆盛を極めたという。
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失われた過去の栄光を今に留めるものがたったひとつ、奇跡的に現代に伝えられている。天平時代 (約 1,200年前) に作られた国宝、十一面観音像。
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日本に国宝の十一面観音像は 7体あって、もちろん私はどれも何度も (いや、六波羅蜜寺のものだけは 12年に一度開扉の秘仏なので、一度しか拝んでいないが) 拝観している。その中で最高だと信じるのは、奈良、桜井市の聖林寺の像だが、ここ観音寺の像は、同じ乾漆作り (漆を塗り重ねて作る奈良時代特有の方法) でもあり、似ている雰囲気もありながら、男性的な聖林寺像に比べて優しく女性的であると思う。厨子の中のお姿を近くでじっくり拝見できるのが嬉しい。本当に最高の彫刻技巧を誇る、素晴らしい仏像だ。ただ私の記憶には、子供の頃に読んだ、随筆家岡部伊都子の「観光バスの行かない・・・・・」という本に書かれていたことが鮮明に残っている。それは、昭和のある時期 (20年代?) にこの像を補修する際に、指先や衣を、聖林寺像そっくりに変えてしまったということ。今久しぶりにその本を取り出してきたので、関係個所を少し抜粋しよう。

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「右手は小指だけが元通りであとはすっかりかえました」と箱の中にゴロゴロしている古い指をみせられた。何指になるのか手にとってみた指のかるさに、しかしこの指のままであった方がずっとこの方らしい風格があったのにと思わずにはいられない。(中略) 天衣も両横にはねていたのを、聖林寺のように内に空を抱いて曲げられた。(中略) 背丈も肉づきもちがう人間が、同じ形や服装をするバカらしさを思う。
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かなり激しい非難のように思われる。現在ではオリジナル主義が厳密に守られているので、国宝仏の指や衣をそのように変えることは許されていないだろうが、昔は大らかだったのだ。だがしかし、この像の至高の美しさは、その事を知った後でもいささかも揺らぎはしない。日本の美術に興味のある人なら、必ず見なければならない仏像と申し上げておこう。

さてそれから向かった寿宝寺は、本尊の千手観音像は知っているものの、実際に拝観したことがなかったので、是非見たかった。このような小さな門構えであるが、収蔵庫が建っている。庫裏に拝観をお願いすると、小さな男の子をあやしながら若い女性が出てきてくれ、収蔵庫を開けて下さった。
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重要文化財に指定されている平安時代の千手観音像は、非常に珍しいことに、実際に千本の手を持っている。彩色をほとんど施していないが、唇の朱は完成時からそのままであるとのこと。また、もともと千手観音には手の一本一本に目があるとされるが、この仏像には墨で目が描きこまれているのが、何本かの手で未だに見ることができる。千年前の祈りを今に伝える貴重な像である。また、昼間に正面から光を受けるときの表情と、夜、月明かりで照らされるときの表情が違うとの説明があり、実際にその場で収蔵庫のライティングを変えて頂ける。これもまた貴重な機会である。お寺の男の子はちょっと退屈していましたが (笑)。
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さて次が、最初に仏像の写真を掲げた蟹満寺だ。この門や本堂は、ご覧の通りかなり新しい。素晴らしい仏像を保管・維持するための環境がよくなっているのは歓迎すべきことである。
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さて、この珍しい寺名にはいわれがある。「今昔物語」に出てくるものだそうだ。昔このあたりに住んでいた信心深い娘が、あるときに村人のとらえられた蟹を助けてやった。その後その娘の父が、蛙を捕まえた蛇に対して、「娘を嫁にやるから」と言って、その蛙を放させた。ところがその蛇が人間の姿となって娘に求婚しに現れ、親子が恐怖に怯えていると、多くの蟹が現れ、命に換えてその蛇を退治した。親子はその蛇と蟹たちの菩提を弔うためにこの寺を建てたというもの。なかなか珍しい話ではないか。少し冷静になって考えてみると、「お父さん、それはやはりあなたが軽率なことを言ったのが悪いのでしょう」とも思うし、「蟹が命と引き換えに蛇を退治したのに、蛙はなぜ恩返しに来なかったのか」という素朴な疑問も沸いてくるが、ま、それはこの素晴らしい釈迦如来像の前では今やどうでもよいこと。薬師寺の本尊にも比すべき白鳳彫刻の傑作を味わいたい。

次は修験道の寺、神童寺 (じんどうじ) だ。大昔、役行者がここで修行をし、神童に変化した神を見たことから、その名を冠した寺を創建したと伝わる。訪問者はまず本堂に通され、そこで大きな蔵王権現像と、痛々しく破損した十一面観音像等を拝観する。これらは文化財指定はないものの、鬼気迫る彫刻たちだ。そして少し登ったところにある収蔵庫では、6体の古い重要文化財の仏像を拝観することができる。中でもユニークなのはこの平安時代の不動明王。
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直立していて、髪は弁髪ではなく螺髪、そして膝から下を出しているこのお姿は、あの有名な園城寺や曼殊院の黄不動に通じるものがある。
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だが黄不動は画像。古い時代の彫刻でこのようなお姿は非常に珍しい。ちなみに寺の人の説明では、以前行われた京都検定の試験で、「白不動はどの寺にあるか」という質問が出て、回答できた人は少なかった由。そのような回答できなかった人たち 20名ほどが、わざわざこの寺にまで仏像を見に来られたとのこと。世の中、いろんな知識が試されるのですなぁ・・・。

さぁ、ここまででもかなりの質と数の古寺を巡ってきたが、まだあと少し時間がある。行ける可能性のあるのは、笠置寺と海住山寺 (かいじゅうせんじ)。山道を走りながら時刻を読み、後者に絞ることとした。ここは有名なお寺ではあるが、普段文化財を公開していないので、これまで行く機会がなかったのだ。それに、2体所蔵している重要文化財の十一面観音のうち、より有名な方は既に奈良国立博物館で対面済。それはこんな仏像だ。小ぶりだが素晴らしい壇像彫刻。
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さて、その海住山寺に辿り着くと、ちょうど現在寺宝の公開をしているとのこと。
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そもそもこの寺は、仏像を見ることができなくても、平安時代 (1214年) に建立された国宝の五重塔が素晴らしい。いちばん下に見える屋根のようなものは裳階 (もこし) と言われ、もともとは風雨を避けるための庇であるが、以下でご覧頂く通り、屋根の曲線との対比としての直線が、実に美的な感覚を湛えていて、素晴らしい。
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そして、本堂で初めてお目にかかった、もう一体の重要文化財の十一面観音。これはまた、なんとも素朴な仏さまで、古色がなんとも印象的だ。
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とまあ、こんな感じで、南山城の古寺を久しぶりに回って、改めてこの地にかつて花開いた文化の豊かさを思い知った。最近ではこの南山城の寺院は、北は禅定寺 (一度だけ訪れたことがある) から南は浄瑠璃寺・岩船寺 (これらは有名なので何度も訪れたことがある) まで、まとめて紹介する本やサイトがあれこれ見つかる。バラエティに富んだ寺の数々なので、未だに訪れたことのない方には、新たな発見があること請け合いである。お奨めしておきます。

by yokohama7474 | 2016-05-08 00:54 | 美術・旅行 | Comments(0)