サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィル ベートーヴェン・ツィクルス 第 1回 2016年 5月11日 サントリーホール

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クラシック音楽を聴く人、聴かない人、誰でもよい。世界で最も有名なオーケストラはどこかと尋ねてみると、世界のどの都市であっても、ベルリン・フィルとウィーン・フィルの名前が出るに違いない。そう、ベルリン・フィルとウィーン・フィルは世界のオーケストラの文字通り頂点の存在なのである。だが一方のウィーン・フィルはもう長らく毎年来日しているが、ベルリン・フィルの来日は 2 - 3年に一度。しかも、現音楽監督、英国人のサー・ライモン・ラトルは 2018年で退任することが決まっているので、このコンビでの来日は、もしかすると最後かもしれない。そんなタイミングでの来日に彼らが選んだ曲目は、クラシック音楽の王道、ベートーヴェンの全 9曲の交響曲の全曲演奏だ。しかも、サントリーホールで 5日間連続という日程 (交響曲以外に、「レオノーレ」序曲第 1番も演奏される)。これは、ラトルもびっくりのチケット争奪戦になるのはやむを得ない。「えーっ、そうなんだー!!」
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彼は 2001年にもウィーン・フィルを指揮して日本でベートーヴェン・ツィクルスを指揮している。これは私の知識の範囲内で断言してしまうが、日本でこの両方のスーパー・オーケストラでベートーヴェン・ツィクルスを演奏するのはラトルが最初である。過去 30年くらい遡って、ウィーン・フィルとのベートーヴェン・ツィクルスを東京で指揮したのは、クラウディオ・アバドとクリスティアン・ティーレマン。アバドは、言うまでもなくラトルの前任としてベルリン・フィルを率いたが、録音ではウィーン・フィル、ベルリン・フィル双方とベートーヴェン全集を残したものの、ベルリン・フィルとのベートーヴェン全曲を日本で演奏することはなかった。実はそのまた前任のカラヤンは、日本で 1966年、1970年、1977年と実に 3回、ベートーヴェン・ツィクルスを行ったが、いずれもベルリン・フィルとであって、ウィーン・フィルとの唯一の来日機会であった 1959年には、多くの演奏会を開いたものの (その中にはブルックナー 8番の日本初演もある)、ベートーヴェンの演奏は 5・6・7番の 3曲だけである。ついでに記すと、日本でウィーン・フィルとベルリン・フィルの両方を振ったのは、歴代のベルリン・フィルの音楽監督、つまりカラヤン、アバド、ラトルと、それから小澤征爾だけである。

サー・サイモン・ラトルの知名度が一般にどのくらいあるのか分からないが、まあ文句なしに現代最高の指揮者のひとりと言ってよいであろう。1955年生まれなので、既に 61歳であると知って愕然とする。私が初めて彼の生演奏を聴いたのは 1985年。当時まだ 30歳であったわけだ (あ、それだけ自分も当時は若かったわけだが、どうもその実感がなくて困ります 笑)。それについては後でまた触れよう。このラトル、既にベルリン・フィルの退任を発表しているが、それに先立って 2017年からは母国のロンドン交響楽団の音楽監督に就任するとも発表しており、話題になったものだ。なぜなら、世界最強のベルリン・フィルは指揮者のキャリアの終着点であり頂点だ。いかにロンドン響がその実力と歴史において世界有数のオケであるとしても、さすがにベルリン・フィルの前では見劣りする。いろんな意味で、オーケストラの分野でも既に、「世界最強」の定義や、指揮者の考えるキャリアというものが変わってきているのだなと実感する。これが、あとで述べる今回の演奏会の感想に通じるところがあるかもしれない。

ラトルがベルリン・フィルのシェフに就任したのは 2002年だが、その数年後の雑誌の記事で、このコンビが新しいレパートリーの開拓に熱心である一方、伝統的なレパートリーの代表であるベートーヴェンの交響曲の演奏が限られているという論評を目にした記憶がある。確かにその印象はあって、このコンビは 21世紀のオーケストラ芸術は何かを考える上で、様々な冒険的試みをしてきたため、若干マニアックな趣向に走って、現地での評判にも影響があったと聞く。だが、ここへきて遂にベートーヴェンだ。世界中の注目が集まったのも無理はない。実はこのコンビのベートーヴェン・ツィクルスは、昨年 10月に本拠地ベルリンで 2回行われ、11月にパリ、ウィーン、ニューヨークと回って、今回の東京が最後になる。とさらっと書いたが、この事実が意味するのは、世界 5大音楽都市の中に東京が入っているということだ。ヨーロッパからの距離を考えると、これはまさに驚異的なこと。今回のシリーズのプログラムに掲載されているラトルのインタビューには、「日本の聴衆は、演奏会場での集中力、態度、音楽理解、どれをとっても素晴らしい。サントリーホールという世界有数の音響のホールで、ベルリン・フィルの新しいベートーヴェン像を心置きなく探索していただきたい」という発言がある。何の誇張でもなく、ラトルはこの東京を、世界有数の音楽都市と認めているということを、東京に住む我々は事実として認識しよう。気負うこともなく、謙遜することもなく。

さあそんなラトルとベルリン・フィルの連続演奏会の初日、どんなことになったのか。今回の曲目は、ベートーヴェンの以下の 2つの交響曲。
 交響曲第 1番ハ長調作品21
 交響曲第 3番変ホ長調作品55「英雄」

このブログの記事でも何度か話題にしている通り、近年のベートーヴェン演奏は、カラヤンやカール・ベームの時代のロマン主義的なそれとは様変わりで、古楽器演奏の流れが原典主義を推し進め、オケの編成も小さく、テンポも速く、ヴィブラートも少ないのが普通になっている。ラトルはもともと、ロンドンに本拠を持ついわゆる古楽器オケであるエイジ・オヴ・エンライトゥンメント管 (つまり啓蒙時代のオーケストラという意味) との共演も多く、古楽的な感性には非常に敏感な人。今回も、ヴァイオリンは左右対抗配置で、指揮者正面左にチェロでその奥がコントラバス、正面右にヴィオラで、その奥にティンパニ。そして正面奥に管楽器という配置。テンポも速く、反復指示もすべて実行する古楽スタイルではあった。ラトルのインタビューによると、1番と 2番はコントラバス 3本、9番は 8本で、それ以外は 5本の弦楽器編成にするという。これは主として管楽器の編成に合わせて弦楽器の編成サイズを変えているとのこと。なるほど。実際にこの日の演奏では、1番ではコントラバス 3本の小型編成、後半の「エロイカ」では 5本の編成であり、またティンパニも、1番の小型で堅い音のものから、「エロイカ」ではもう少し豊かに響く大き目のものに替えられていた。

このように細部にも気配りを示すラトルの演奏であるが、彼の音楽は、時として一見優等生的に見えるものの、聴いているうちに音楽が牙を剥く瞬間があって、それが彼を同時代の指揮者たちから隔絶せしめている要素だと私は思う。その特色は今回も聴き取れたのであるが、だが、今回の演奏には正直なところ、部分的にはちょっと複雑な思いを禁じ得なかった。例えば交響曲第 1番の冒頭は、弦のピチカートを木管が長い音で引き継ぐという、古典派時代としては異例の音楽であるが、ここでの音の混じり方に、ベルリン・フィルらしい音の緊密感があまり感じられなかったのはどうしたことか。その後オケは、堂々たる音から軽やかな音まで様々な表情を繰り出し、ラトルらしいデフォルメも聴かれて、決して教条的な古楽スタイルの演奏ではなかった。その意味では、このコンビならではの高水準は随所に聴かれたと思う。ただ、純粋に音楽する歓びというよりは、「こうであらねば」という妙な意地のようなものが感じられる瞬間もあったと感じたのだ。また、「エロイカ」の第 2楽章、葬送行進曲の表情づけは素晴らしいものがあって、かなり厳しくまた人間的な悲劇性を聴き取ることができた。だが、だがである。そこから違う世界に入って行くべき第 3楽章は、ホルンの軽やかさもあまり強調されず、淡々としすぎてはいなかったか。終楽章も、それぞれは非常にクリアに鳴っている音と音の絡みが、さらに緊密であってもよかったのではないか。

つまり、このコンサートを聴いて、私は少し困惑したということなのだ。コンサートマスターの樫本大進をはじめ、相変わらず鬼気迫る合奏能力を聴かせるベルリン・フィルであるが、さてこの時代、我々がこのオケから聴くべきベートーヴェンは一体いかなるものなのか、聴いているうちに分からなくなってきてしまった。日本のオケを中心に普段聴いていると、様々な工夫をして、課題を克服しながら伸びて行こうという意志が感じられる瞬間がある。それはかなり感動的なものなのだ。その一方、王者ベルリン・フィルにとっては、一体何が次に目指すべきものであるのか。それを思うと複雑な思いにとらえられるのである。指揮者もオケも相変わらず素晴らしいのに、このような思いを抱くのは一体どういうことなのだろう。客席の反応も熱狂的というものではなく、もしかすると私と同じような感想を抱いた人たちもいたのかもしれない。

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終演後、この樫本大進と、もうひとりの日本人ヴァイオリンメンバーの町田琴和 (ことわ) の 2人によるサイン会があったが、理不尽なことに、その場で売っている新譜のラトル / ベルリン・フィルによるベートーヴェン全集の CD + ブルーレイディスク 14,000円也を購入した人だけが参加できるとのことであった。私はちょうどその新譜を通販で購入し、今到着を待っているところであったので、もちろんダブりで買うわけにもいかず、参加できなかった。どのくらいの人数がサイン会に参加したのであろうか。

とまぁ、あまり色よいことを書かなかったが、このツィクルスは始まったばかり。第 2回は仕事の都合で行けないが、第 3回を聴いたところでまた記事をアップするとともに、ラトルという指揮者についてもちょっと考えてみたいと思います。

Commented by 吉村 at 2016-05-12 11:32 x
今晩の2.5のプログラム聴いて来ます。
昨夜は、3番の第一楽章で、アラーム鳴らしてる人のすぐそばRCで、ひどい目にあいましたが、美音堪能しました!
Commented by yokohama7474 at 2016-05-12 22:42
> 吉村さん
そうでした、何かアラーム音がしていましたね! 全く、ラトルが評価している日本の聴衆のレヴェルの高さに反する行為ですね! 2番・5番の感想をまたお聞かせ下さい。
Commented by 吉村 at 2016-05-12 22:49 x
2番の第一楽章最高でした。
5番もラトルが振り向きざますぐタクトを下ろす演出が決まってました。楽団員も満足そうで、聴衆も盛り上がりました!
4、7行きます。
Commented by yokohama7474 at 2016-05-13 22:44
>吉村さん
なんとなく想像できますね。その回は行けなくて残念でしたが、また土曜の 4・7番、ご一緒しましょう。
by yokohama7474 | 2016-05-12 00:25 | 音楽 (Live) | Comments(4)