サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィル ベートーヴェン・ツィクルス 第 4回 2016年 5月14日 サントリーホール

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ラトルとベルリン・フィルのベートーヴェン・ツィクルスも 4回目。会場で売っているプログラムを買い求める人の数は回を追うごとに減っていて、既に購入済の人が多いようだ。つまり、今回のツィクルスを複数回楽しんでいる人たちが多いことを実感する。今回演奏されたベートーヴェンの曲は以下の通り。
 交響曲第 4番変ロ長調作品60
 交響曲第 7番イ長調作品92

前回の記事で、ベートーヴェンの交響曲には一般に偶数番と奇数番とで区別があると書いた。だが、この 4番 (偶数) と 7番 (奇数) の組み合わせには何か特別なものがあると思う。まずこの 4番という交響曲が、前日の 8番同様、一筋縄ではいかないのだ。あの有名な、シューマンが評したという言葉、「2人の北欧神話の巨人に挟まれた乙女」という評価 (つまり、前後の 3番と 5番という力強い交響曲の間に挟まれたたおやかな音楽という意味) は既に過去のものであることを明確にしておこう。この 4番が乙女だとすると、勇猛果敢なアマゾネスではないだろうか (笑)。
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そのことを広く世に知らしめたのは、あの不世出の鬼才、カルロス・クライバーであったろう。
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ベートーヴェンの 4番・7番のプログラムは彼の得意のパターンであったし、バイエルン国立管を指揮した生演奏は私も日本で聴くことができた。また、そのコンビでの 4番の録音がオルフェオ・レーベルから出たとき、その勢いに圧倒されたファンがこぞってこの 4番の凄まじい力強さについて唱えたものだ。特に終楽章でファゴットが「火を吹く」と話題になった。そしてもちろん、今回のメインのプログラムである 7番の方は、恐らくは世界でも演奏される機会が最も多い交響曲のひとつと思われる曲目。クライバーのような異常な演奏ではなくとも、この曲を実際に聴いて鳥肌立つことは結構ある。さて今回のシリーズ、率直に厳しい感想も書いてきた私であるが、この「大曲 2曲」の今回はどのような演奏であったのか。
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一言で要約しよう。今回の演奏には脱帽だ。ラトルとベルリン・フィルの長所が全面に現れた、素晴らしい演奏であった。実は、このブログにも頻繁にコメントを下さる知人、吉村さん (仮名? 笑) と今日の休憩時間に話したことには、やはりこのオケを聴くには、前面に弦楽器、奥に管楽器という配置に限る。私はもともとどんなコンサートホールでも、第 1ヴァイオリンを正面から聴くことのできるステージ右側が基本的に好きなのであるが、今回のツィクルスで音楽を体験している席という意味では、初回がステージ右側、2回目は左側のそれぞれ 2階席であったところ、今回は 2階正面の席であったので、聴こえてくる楽器のバランスがこれまでと若干異なることに気付いた。ベルリン・フィルの殺気立った弦に浸るためには、やはりそれを正面から聴くに限る。なるほど、こうして聴くと規律の良さや音色の美しさもさることながら、そのソリッドな音の響きを体験してこそのベルリン・フィルだ。まさに殺気立つ弦楽合奏の奥に聴こえる管楽器は、やはり溶け合って流れる感じよりも、中空で輝く星のようなものだ。これぞベルリン・フィルと言える演奏に巡り合えた感慨はまた格別だ。

ラトルの 4番は、クライバーのように疾走する炎の音楽ではなく、緊密な音の響きを楽しむべき機会となった。この 4番と 7番の共通点は、いずれも開始部分に序奏を持つということであるが、4番の序奏は、遅く暗く、あたかも人生の指針を模索するような雰囲気だ。そして、立ち込める暗闇が瞬時にしてさぁっと晴れて行くような主部の到来には、メリハリの効いた表情づけが不可欠。その意味では、ベルリン・フィルほどこの曲の真価を明確にしうるオケは世界でも希少であろう。ラトルの指揮ぶりはいつも小さく、決して流麗な表情づけにはならないものの、音の充実度という点では、世界でも真似のできない高度なものとなっている。そして演奏後には、火を吹くような演奏をしたファゴット奏者のみが単独で起立する栄誉に浴した。

そしてメインの 7番。ここでラトルの意外な戦法を目の当たりにすることとなった。つまり、初回の記事でご紹介した通り、今回の連続演奏会のプログラムに載っているラトルのインタビューでは、弦楽器の規模を表すコントラバスの本数は、1番・2番は 3本、9番は 8本、それ以外はすべて 5本になるだろうと語っている。ところが今回は、4番では予定通り (?) 5本であったコントラバスが、7番では 6本であったのだ!! そして、木管楽器はオリジナル通り 2本ずつであるが、おっと、もともとのスコアにはないはずの、コントラファゴットも 2本入っている!! この写真の左が低音を奏でるファゴット (7番では火を吹くことはないが 笑)、右がさらに低い音を出すコントラファゴットだ。随分大きさが異なる。
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さてこのように低音を充実させた今回の 7番であるが、いやはやすごい演奏であった。今回のツィクルスでは常にそうであるように、ラトルはすべての反復記号を実践し、熟したオケの音を楽しむようである。そして第 1楽章と第 2楽章、そして第 3楽章と第 4楽章はそれぞれアタッカで続けて演奏されたが、これもラトル流の、音楽に勢いを作り出す工夫であったろう。今回もオケの音には重量感満載で、颯爽と駆け抜ける切れ味鋭い演奏というよりは、強い音でひたすら突き進む感じ。また、今回のツィクルスでしばしば見受けられる、非常に丁寧な情緒の表現。この 7番で言うと、第 1楽章でテンポが緩やかになる個所でのオーボエの濃い表情や、初演以来「永遠のアレグレット」と親しまれる、葬送行進曲風の第 2楽章の引きずるようなリズムの豊かな表情。そして第 3楽章から第 4楽章に向けて高まる集中力。終楽章の最後に向けて弦楽器の各セクションがこれでもかとばかりに強い音を奏でて行き、これでもかという激しいリズムの繰り返しによって、いかなる人も興奮に導かれる。そして自分の両腕に鳥肌が立つのを感じる中、音は天空から地表に帰ってきて、ドスンと着地する。次の瞬間、弾けるように沸き起こる拍手。これぞラトルとベルリン・フィルの真骨頂であろう。

そして、オーケストラが引き上げた後の舞台に、ラトルは二度呼び出された。昨日の天皇・皇后両陛下の影響は今日はなく、聴衆が興奮のままに拍手を続け、ブラヴォーの声もかかる。ラトルは昨日のように舞台奥にだけ出てくるのではなく、ちゃんと前の方の指揮台近くまで歩み出る。そして万雷の拍手に応え、オケのメンバーに起立を促す。おっとっと、既にオケは退場済であった。架空のオケに指示を与える、ラトルの英国人らしいユーモアだ。最後まで気持のよいコンサートであった。

そして今回、終演後のサイン会に出てくるのは、オケのメンバーではなく、ラトルその人。うーん、きっと最後の第 9の後であろうとの私の思惑は見事に外れた。ちょっと残念だったので、その購入がサイン会参加条件となっている CD を販売している場所で、担当の若い女性に声をかけてみる。「あのぅ、この CD セット、もう持っているんですけど、ここで買わないとサインもらえないんでしょうか?」係の女性の返事は、「はい、そうです。でも滅多にない機会ですから」というもの。若干いらだちを覚えた私は、なるべく笑いにかまけて、「あーそうですか。滅多にない機会はそうかもしれませんけど、同じ CD セットを 2回買うわけにも行きませんよね。ちょっと納得いかないようにも思うんですけどね」と意地悪なコメントをしたのであるが、係の女性は、ただにこやかに微笑むのみ。まあよい、前回に引き続き今回も、昔のラトルの写真で我慢しよう。1987年、当時ラトルが音楽監督を務めていたバーミンガム市交響楽団の初来日だ。こんなに若かった当時のラトル。
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そして私が二度目にもらったラトルのサインがこれ。前回のでっかいサインに比べると小さいですな (笑)。
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そんなわけで、この連続演奏会もいよいよクライマックス、明日の交響曲第 9番の演奏へ。期待が膨らみます。うんうん、そうだよねと、ベートーヴェンさんもおっしゃっています。
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Commented by michelangelo at 2016-05-15 12:32 x
yokohama7474様

ベルリン・フィルを良く知らない私にとって、貴ブログのご感想を拝読するのが楽しみでした。又、サイモン・ラトル氏の「昔と今」「ウィーン・フィルとベルリン・フィル」に関しましても丁寧に紐解いて下さり、ありがとうございます。

一文「細部にも気配りを示すラトルの演奏」より、興味深く感じたと同時に、指揮者のアイデアに脱帽です。昨年、ヤルヴィ氏の首席指揮者就任記念「マーラー第2番」においても、バンダの位置を知りたがる人が結構いらっしゃいました。第5楽章1回目(約1分30秒~)L3&C3扉、2回目(約4分30秒~))L3&C3扉、3回目(約14分30秒~)L2&L3&C3扉、4回目(約17分30秒~)L3&C3&C4&R3扉と拘りが感じられました。

貴ブログを通じ、初めて最初の奥様の写真を拝見しましたが、確か2番目の奥様はイギリス人(作家)でした。豊かな音楽や環境と共にライフ・パートナーが変わるように、私自身は筆跡も変化すると考える人間なので、「サイン会参加条件」に対する長年のお客様への対応にガッカリしました。

もしかしたら、主催者やスタッフが悪者を演じ「出来るだけマエストロの負担を減らす」べく努力していた可能性も有りですが、既に購入済の「ベートーヴェン全集14,000円」を無効とするあたり、ホスピタリティが全く感じられません。お客様と喜びを共にシェアする気持ち、他のサービス業界を見習い改善して欲しいと、何年も前から願っています。※スタッフに寄り対応が違う可能性もありますので、千秋楽に全集をお持ちになられては如何でしょうか?
Commented by 吉村 at 2016-05-15 22:30 x
7番は今のベルリンフィルが出したい音が鳴っていたんだと思います。カラヤンのころとも、アバドの時とも違う。三ツ星レストランのジレンマとして最高に美味しいものを驚きと共に提供することがあるわけですが、ベルリンフィルも同様の宿命を負っていると思います。カンテサンスでの食事を思い出してました。
低音の凄みと木管の名人芸が圧倒的だったと思います。シェフ・ラトル、最高だったと思います。東京にこうして来てくれて感謝ですね。
Commented by yokohama7474 at 2016-05-15 23:48
> michelangeloさん
コメントありがとうございます。指揮者はある種の職人でもある場合が多いでしょうから、こだわりはいろいろあるものだと思いますが、受け手としてはそれを自由に味わいたいと思います。サイン会についてのご提言、ありがとうございます。最終回の顛末は別の記事にアップしましたが、まあ、サインは機会があれば頂ければ記念になるというくらいですから、今回はご縁がなかったと思ってあきらめます。またお時間あればこのブログを覗きにいらして下さい。
Commented by yokohama7474 at 2016-05-15 23:50
> 吉村さん
おっしゃる通りですね。もともと自発性にかけては世界で並ぶもののないオケですから、指揮者との共同作業で新たなものを追い求めて行くのはなかなか大変だと思いますが、今後もまた楽しみですね。
by yokohama7474 | 2016-05-14 23:16 | 音楽 (Live) | Comments(4)