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サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィル ベートーヴェン・ツィクルス 第 5回 2016年 5月15日 サントリーホール

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今朝、先日届いたラトルとベルリン・フィルによるベートーヴェン全集に含まれているボーナスディスクでラトルがベートーヴェンについて語るのを見ていたら、面白いことが分かった。まず、昨日の 7番の演奏で使用されていたコントラ・ファゴットについて。ラトルのインタビューはいろんな比喩が入っていたり、細かいエピソードなどが紹介されていて、ウィットに富んでいるのでいつも面白いのであるが、ここでも、いわゆる古楽器 (ピリオド楽器) を使って「作曲当時の音を再現する」という発想がいかにもろいものであるかが説明され、作曲者自身も当時の楽器の性能や演奏環境の制限の中で妥協しているということが語られている。そのひとつの例がこのコントラファゴットで、ベートーヴェン存命時に存在はしたが機能が充分に完成していなかったこの楽器を、ベートーヴェン自身が使おうとしたとの記録があるそうだ。ラトルはその情報に基づき、尊敬する先輩指揮者であった故サー・チャールズ・マッケラス (1925 - 2010) に相談したところ、「面白いじゃないか」ということになって、7番の演奏で使ってみて効果が抜群であると確信したとのこと。また、ラトルが初めて第 9を指揮したのはスコットランド室内管弦楽団が相手であったそうであるが、これはマッケラスが音楽監督を務めた室内オケだ (なお、かなり以前に出版されたラトルの伝記、「サイモン・ラトル ベルリン・フィルへの軌跡」にも、1985 - 86年シーズンについての記述で、そのスコットランド室内管との第 9演奏についての言及個所がある)。マッケラスといえばチェコ音楽 (素晴らしいヤナーチェク録音の数々!) とかヘンデル、モーツァルトで有名であるが、私はロンドンで何度か彼の指揮に接して、大巨匠ではないかもしれないが、そのヒューマンな音楽は質の高いものだと思っていたので、機会あれば彼の録音を集めるようにしている。プラハ室内管を指揮したモーツァルト全集もよいが、2種類のベートーヴェン全集 (1990年代のロイヤル・リヴァプール・フィルとのものと、2006年のスコットランド室内管とのもの) も所持している。これがスコットランド室内管とのもの。但しこの全集、なぜか第 9だけがフィルハーモニア管の演奏だ。まさかラトルに気を遣ってのことではあるまいが・・・。
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もうひとつの発見は、今回ラトルとベルリン・フィルが採用している楽譜、ベーレンライター版の校訂者であるジョナサン・デル・マーが、往年の名指揮者、ノーマン・デル・マー (1919 - 1994) の息子であるということだ。まぁこの珍しい苗字からして、そうではないかと思っていたが (笑)、やはりそうであったか。ノーマン・デル・マーについては、実演に接したことはないので、実際の音というよりも、音楽家のインタビューの中で何度も絶賛の言葉を目にしたことから、ずっと気になる存在なのである。

このように考えると、もちろん若い頃から世界的な活躍を続けているラトルではあるが、彼よりも上の世代の英国の音楽家たちとの交流も、ひとつのバックボーンになっているのだと思われる。彼が、天下のベルリン・フィルのあと、英国のロンドン交響楽団の音楽監督に就任するということも、その流れにおいて考えてみると意味のあることのように思うが、いかがなものであろうか。

さて、サントリーホールを舞台に、5日間に亘って繰り広げられて来た、サー・サイモン・ラトルとベルリン・フィルによるベートーヴェンツィクルスも最終日。作曲者畢生の大作にして、音楽史上永遠の問題作、交響曲第 9番ニ短調作品125「合唱付」の演奏だ。どの指揮者にとってもこの曲を演奏するということはもちろん、かなりの決意の要ることであろうし、聴き手にとってもそれは同様。世界でも類を見ない年末の集中演奏で、日本人にとってもおなじみとはいえ、本来はそうそう気安く聴ける音楽ではないのである。

会場に入ると、恒例のラトル / ベルリン・フィルによるベートーヴェンの新全集セットを購入した人だけが参加できる終演後のサイン会は、今日はコンサート・マスターの樫本大進とフルートのエマニュエル・パユの二人であった。樫本は初日に続いて 2回目 (ツィクルス第 2回の演奏会のときも出ていなければ)。パユはもちろんベルリン・フィルの顔であるが、私が今回、これまでの 3回の演奏会でステージを見ていた限りでは、これまでの演奏には参加していなかったのではないか。演奏開始前にステージを見ていると、パユは今日は演奏に参加しており、逆に樫本は、これまでのトップの位置からひとつ下がり、ベテランのダニエル・スタブラヴァがトップであった (ところで彼、開場時にはまだ私服でホールの外をうろうろしていましたよ 笑)。これがパユとスタブラヴァ。
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今回のツィクルスで初めて 1階席での鑑賞であったので、ステージ上を見渡すことができないが、コントラバスは、ラトルが語っていたように 8本ではなく 7本。チェロを数えると 8本だったので、基本形 6本のコントラバス (つまりチェロより 2本少ないのが基本なので) に 1本追加したということだろう。楽器配置で面白かったのは、ティンパニは今回、指揮者に向かって左手奥であったが、他の打楽器、つまりシンバルとトライアングルは右手側であったことだ。

この演奏、一口で言ってしまえば、ベルリン・フィルというオーケストラの本領発揮というところか。その圧倒的な音の力で、最初から最後まで集中力をもって一気に突き進んだという印象だ。第 1楽章では、激しい闘争の部分と柔らかな主題のコントラストを際立たせて、地の底から湧き上がるような音楽を聴かせた。第 2楽章はティンパニの炸裂が印象的な空中浮遊の音楽で、中間部の諧謔味もまたひとしお。第 3楽章は、ここでも流麗という言葉はあまり似合わないが、感情の起伏を大きな呼吸で音にしたようなイメージだ。ラトルの音楽は巨匠的という言い方はぴったり来ないが、そもそも音楽が持つ力が充分に語りかけるのだ。そして第 4楽章でも、先行主題のテーマはかっちりと明快で、それを打ち消す低弦の雄弁なこと。そして始まった「歓喜の歌」の主題は、最初は消えてしまいそうな蝋燭の炎のように弱くゆっくりと奏され、そうして徐々に熱を加えて行った。トルコ行進曲の後のフーガではテンポを上げ、最後の大団円前には音楽は一旦停止しながら、コーダに向けて最後の爆発を見せた。要するに、非常にメリハリのきいた演奏であり、終始一貫して、今自分の目の前で素晴らしい音楽が鳴っているという実感を深く感じられるものであった。ラトルとベルリン・フィルのコンビが発するエネルギーに、聴衆の誰もが圧倒されたことであろう。合唱団は新国立劇場合唱団であったが、さすがに歌いなれた曲、全員暗譜である。だがその声の表現力の素晴らしいこと。また、今回のソリストは以下の 4名で、登場は第 2楽章と第 3楽章の間であった。
 ソプラノ : イヴォナ・ソボトカ
 メゾソプラノ : エヴァ・フォーゲル
 テノール : クリスティアン・エルスナー
 バス : ドミートリ・イワシェンコ

プログラムによると、このうちソプラノ以外の 3名は、昨年から、ベルリン、パリ、ウィーン、ニューヨークとずっと同じメンバーで、ソプラノだけがどういうわけか何度か入れ替わっている。今回の歌唱では、どの歌手も安定してはいるがあまり突出せず、オケとともに優れたアンサンブルをなしていたと思う。ちなみにテノールのエルスナーは大柄な人で、確か昨日は客席に座って聴いていたはず (笑)。

今回の演奏、終演後の聴衆の反応は素晴らしく、私が聴いたこのシリーズの 4回の中では最も盛り上がったと言えるだろう。私は、指揮者が二度舞台に登場したところで退出したが、そのあとにラトルは何か客席に話しかけていたようだ。どなたか聞かれた方、内容を教えて下さい。

そんなわけで、全 5回のベートーヴェンへの旅は終了した。現代においてベートーヴェンを聴く意味には、これからも考えを巡らせる必要があるだろう。もういい加減聴き飽きたと思うこともないではないが、一流の音楽家の演奏は常に何か考えのヒントをくれるものであると思う。これからラトルがどういった活動を展開して行くのか、また、ベルリン・フィルが新たな音楽監督キリル・ペトレンコとどのような音楽を聴かせてくれるのか、大変に楽しみである。ベルリン・フィルご一行、またのお越しをお待ち申し上げています。あっ、いずれまた、私からそちらをお尋ねすることもできればいいなぁとは考えていますが・・・。
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by yokohama7474 | 2016-05-15 23:17 | 音楽 (Live)