2016年 05月 15日
サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィル ベートーヴェン・ツィクルス 第 5回 2016年 5月15日 サントリーホール
このように考えると、もちろん若い頃から世界的な活躍を続けているラトルではあるが、彼よりも上の世代の英国の音楽家たちとの交流も、ひとつのバックボーンになっているのだと思われる。彼が、天下のベルリン・フィルのあと、英国のロンドン交響楽団の音楽監督に就任するということも、その流れにおいて考えてみると意味のあることのように思うが、いかがなものであろうか。
さて、サントリーホールを舞台に、5日間に亘って繰り広げられて来た、サー・サイモン・ラトルとベルリン・フィルによるベートーヴェンツィクルスも最終日。作曲者畢生の大作にして、音楽史上永遠の問題作、交響曲第 9番ニ短調作品125「合唱付」の演奏だ。どの指揮者にとってもこの曲を演奏するということはもちろん、かなりの決意の要ることであろうし、聴き手にとってもそれは同様。世界でも類を見ない年末の集中演奏で、日本人にとってもおなじみとはいえ、本来はそうそう気安く聴ける音楽ではないのである。
会場に入ると、恒例のラトル / ベルリン・フィルによるベートーヴェンの新全集セットを購入した人だけが参加できる終演後のサイン会は、今日はコンサート・マスターの樫本大進とフルートのエマニュエル・パユの二人であった。樫本は初日に続いて 2回目 (ツィクルス第 2回の演奏会のときも出ていなければ)。パユはもちろんベルリン・フィルの顔であるが、私が今回、これまでの 3回の演奏会でステージを見ていた限りでは、これまでの演奏には参加していなかったのではないか。演奏開始前にステージを見ていると、パユは今日は演奏に参加しており、逆に樫本は、これまでのトップの位置からひとつ下がり、ベテランのダニエル・スタブラヴァがトップであった (ところで彼、開場時にはまだ私服でホールの外をうろうろしていましたよ 笑)。これがパユとスタブラヴァ。
この演奏、一口で言ってしまえば、ベルリン・フィルというオーケストラの本領発揮というところか。その圧倒的な音の力で、最初から最後まで集中力をもって一気に突き進んだという印象だ。第 1楽章では、激しい闘争の部分と柔らかな主題のコントラストを際立たせて、地の底から湧き上がるような音楽を聴かせた。第 2楽章はティンパニの炸裂が印象的な空中浮遊の音楽で、中間部の諧謔味もまたひとしお。第 3楽章は、ここでも流麗という言葉はあまり似合わないが、感情の起伏を大きな呼吸で音にしたようなイメージだ。ラトルの音楽は巨匠的という言い方はぴったり来ないが、そもそも音楽が持つ力が充分に語りかけるのだ。そして第 4楽章でも、先行主題のテーマはかっちりと明快で、それを打ち消す低弦の雄弁なこと。そして始まった「歓喜の歌」の主題は、最初は消えてしまいそうな蝋燭の炎のように弱くゆっくりと奏され、そうして徐々に熱を加えて行った。トルコ行進曲の後のフーガではテンポを上げ、最後の大団円前には音楽は一旦停止しながら、コーダに向けて最後の爆発を見せた。要するに、非常にメリハリのきいた演奏であり、終始一貫して、今自分の目の前で素晴らしい音楽が鳴っているという実感を深く感じられるものであった。ラトルとベルリン・フィルのコンビが発するエネルギーに、聴衆の誰もが圧倒されたことであろう。合唱団は新国立劇場合唱団であったが、さすがに歌いなれた曲、全員暗譜である。だがその声の表現力の素晴らしいこと。また、今回のソリストは以下の 4名で、登場は第 2楽章と第 3楽章の間であった。
ソプラノ : イヴォナ・ソボトカ
メゾソプラノ : エヴァ・フォーゲル
テノール : クリスティアン・エルスナー
バス : ドミートリ・イワシェンコ
プログラムによると、このうちソプラノ以外の 3名は、昨年から、ベルリン、パリ、ウィーン、ニューヨークとずっと同じメンバーで、ソプラノだけがどういうわけか何度か入れ替わっている。今回の歌唱では、どの歌手も安定してはいるがあまり突出せず、オケとともに優れたアンサンブルをなしていたと思う。ちなみにテノールのエルスナーは大柄な人で、確か昨日は客席に座って聴いていたはず (笑)。
今回の演奏、終演後の聴衆の反応は素晴らしく、私が聴いたこのシリーズの 4回の中では最も盛り上がったと言えるだろう。私は、指揮者が二度舞台に登場したところで退出したが、そのあとにラトルは何か客席に話しかけていたようだ。どなたか聞かれた方、内容を教えて下さい。
そんなわけで、全 5回のベートーヴェンへの旅は終了した。現代においてベートーヴェンを聴く意味には、これからも考えを巡らせる必要があるだろう。もういい加減聴き飽きたと思うこともないではないが、一流の音楽家の演奏は常に何か考えのヒントをくれるものであると思う。これからラトルがどういった活動を展開して行くのか、また、ベルリン・フィルが新たな音楽監督キリル・ペトレンコとどのような音楽を聴かせてくれるのか、大変に楽しみである。ベルリン・フィルご一行、またのお越しをお待ち申し上げています。あっ、いずれまた、私からそちらをお尋ねすることもできればいいなぁとは考えていますが・・・。