佐渡裕指揮 ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団 (ヴァイオリン : レイ・チェン) 2016年 5月22日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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人気指揮者 佐渡 裕は、昨年 9月にウィーンに本拠を持つトーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督に就任した。1年も経たないうちに日本に「凱旋公演」を行うことができるというのはさすがである。上のチラシの通り、日本人が大好きな「ウィーン」を前面に立てた広告宣伝であるが、音楽の街ウィーンには、世界に冠絶したウィーン・フィルがあって、ウィーン交響楽団があって、さらには 1969年に設立されたウィーン放送交響楽団 (もとオーストリア放送交響楽団) があり、そして最後にこのトーンキュンストラー管弦楽団が来る。もちろん、ウィーン・フィル以外の順位は人によって違うと思うし、私自身も上記の順番に 100% 賛成というわけではない。だが、音楽ファン一般の評価はこの順番であろうと思うのだ。

そもそも名前が、「トーンキュンストラー」などというよく分からないものなので損をしている。「トーン」は「音」。「キュンストラー」は「芸術家」。つまりは「音の芸術家」という意味だ。なんとも分かりやすいではないか。私の世代では、N 響にもよくやって来た指揮者、ハインツ・ワルベルクが音楽監督であったというイメージがあるかもしれない。その後も、ファビオ・ルイジやクリスティアン・ヤルヴィ (父親のネーメ・ヤルヴィとともにちょうど来日中のはず) らが音楽監督を務めている。1907年設立なので、既に 110年近い歴史があるのだ。だが、残念ながらレコーディング・メディアではその演奏に親しめる機会は非常に限られていた。ある意味、「名のみ高い」という感じのオケだ。そう言えば、佐渡が以前に主席指揮者を務めたパリのコンセール・ラムルー管弦楽団も、似たようなイメージのオケである。佐渡の持つエネルギーが、この老舗オケに新たな活力を与えることができれば、こんなに素晴らしいことはない。本拠地であるウィーン楽友協会でのオケの写真は以下の通り。おっとこれは「トーンキュンストラー」の綴りの最初の「T」の字を一文字で作っているようだ。
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今回の佐渡の凱旋ツアー、スケジュールを見てみると大変過密だ。5月13日から 29日の間の 17日間に 14公演。しかも、福井に始まり、富山、新潟、長岡、名古屋、川崎、東京、もう一回東京、浜松、また名古屋、大津、大阪、西宮と、大変な強行軍だ。今回の川崎は 7回目の公演と、ちょうど折り返し地点である。会場を入るとそこには、なんとジャズピアニストの山下 洋輔からの花輪が。
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今回の日本ツアーは 2種類のプログラムからなっているが、今回は以下の通り。
 ベートーヴェン : ヴァイオリン協奏曲二長調作品61 (ヴァイオリン : レイ・チェン)
 リヒャルト・シュトラウス : 交響詩「英雄の生涯」作品40

演奏開始前に指揮者がマイク片手に舞台に出てきて、自分とウィーンとのかかわりについて話をした。その内容は、このブログでも今年 3月 7日の記事として書いた、東京フィルのリハーサルの際に聞いた内容とほぼ同じ。バーンスタインの弟子になってニューヨークで指揮者修行ができるかと思いきや、そのバーンスタインの指示で片道切符を持ってウィーンに移ったとのこと。これが若い頃のマエストロ佐渡。あまり変わらないようでいて、やはり若いですな。
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さて今回の演奏会、実に素晴らしいものとなった。このオケを生で初めて聴いたが、佐渡の開放的な音楽性との相性はかなりよいように思われる。まず最初の曲、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、成功していない演奏では、妙に静かな感じになるものだが、今回は最初から最後まで大変雄弁な演奏になった。その主役はヴァイオリニストのレイ・チェン。1989年台湾生まれだから、今年未だ 27歳だ。
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15歳でカーティス音楽院入学。2008年にメニューイン・コンクールで優勝したのち、2009年には難関エリーザベト王妃コンクールに史上最年少で優勝と、輝かしいキャリアだ。そして実際その音を聴いてみると、クリアかつ力強いもので、いささかも弛緩する瞬間がない。とにかく 45分を超える全曲を雄弁に語り続ける演奏で、なんとも素晴らしい。このヴァイオリニスト、これからが楽しみである。オケの方は正直、冒頭のティンパニの後に続く木管には多少課題を感じたものの、弦楽器は最初から深い音を奏でて、それからあとの音楽的情景を決定したと思う。これは素晴らしく力のあるオケであり、ソリスト、指揮者とともに輝かしい音楽を奏でたのだ。

後半の R・シュトラウスの「英雄の生涯」も、パワー全開の素晴らしい演奏。最初の弦のうねりからして気合充分で、この絢爛豪華、光彩陸離たる交響詩へのワクワクするような旅立ちであった。音楽は終始一貫して輝かしく、何か大きなものを描写するようなこの曲の神髄を堪能することができた。コンサートマスターの女性、リーケ・デ・ヴィンケルのソロ・ヴァイオリンも、オケそのものとの演奏同じく、気合みなぎるもの。何度か、気合が入りすぎて技術的におっと危ないという箇所もあったが (笑)、全体の中では些細なこと。これだけ高いモチベーションを持って演奏すれば、これからも個々の演奏の質はさらに上がって行くものと思う。その意味で、佐渡の持ち味とよくあったオケであり、今後の活動の成果に本当に期待が高まる。
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アンコールは 2曲。最初がヨハン・シュトラウスの「ピツィカート・ポルカ」だ。言うまでもなく、純然たるウィーンの音楽。ここで佐渡は指揮台に立たず、オケの中に入らんばかりの近い位置で、指揮棒を持たずに指揮をした。オケの反応は素晴らしく、自在なテンポ設定によくついて行っていた。ただ、佐渡が半分客席の方に体を傾けて指揮すると、何を勘違いしたのか、一部の聴衆が手拍子を始め、マエストロもびっくりした表情を浮かべていた (笑)。だが、この客席との一体感が佐渡の真骨頂であり、大変にほほえましい情景であったと言えるだろう。そして 2曲目のアンコールは、リヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」の演奏会用組曲のクライマックスであるワルツ。なるほど、ウィーンと、今日の演奏会のメイン曲目の作曲家である R・シュトラウスを組み合わせるとそうなるわけだ (それから、最近発売されたこのコンビでの初録音 CD が、「英雄の生涯」とこの「ばらの騎士」組曲なのだ)。このノリのよい演奏を聴きながら私は、佐渡の師匠であるバーンスタインが果たして「英雄の生涯」を録音していたか否かを考えていた。うーん、バーンスタインの「英雄の生涯」とは、聞いたことがないな。そもそもヨーロッパでの彼の R・シュトラウス録音は、フランス国立管との「サロメ」の 7つのヴェールの踊りくらいではないか。あ、もちろん、ウィーンで録音した「ばらの騎士」全曲は素晴らしい名盤だが・・・。そして帰宅して調べたところ、やはりバーンスタインによる「英雄の生涯」の録音はなく、ニューヨーク・フィルと行った R・シュトラウス録音も、「ツァラトゥストラ」「ドン・ファン」「ティル」「ドン・キホーテ」しかない。そうすると今日の佐渡の演奏は、もしウィーンでバーンスタインが「英雄の生涯」を指揮していたら・・・という想像を満たすものではなかったか。

そんな充実感満点のコンサートであったが、演奏終了後、階段を下りてロビーに出ると、既に指揮者はそこにいて、熊本地震の募金集めを行っていた。箱を持って立っているマエストロの前に聴衆の列ができて、順番にお金を入れてどんどん進んで行くというもの。このような感じで、聴衆とのスキンシップが図られた。
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指揮者とはひとりでは音を出さない音楽家。ゆえに、共演するオーケストラとのめぐり合わせが重要になってくる。そのめぐり合わせのご縁まで含めて指揮者の能力だとすると、マエストロ佐渡は今後いよいよその能力を発揮することであろう。

by yokohama7474 | 2016-05-21 22:37 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by とねお at 2016-05-22 01:11 x
私(1960年代前半生まれ)と大して歳が変わらないはずの貴方がウィーントーンキュンストラー管弦楽団を生で聴くのが初めてとは信じられませんね。
バーンスタインを聴くためにあの時代にザルツブルクまで行ったお方が一体なにをやってられたんでしょうか?
ウィーントーンキュンストラー管弦楽団は1980年代中頃に既にクルト・ヴェス指揮で初来日を果たしてるし、
1989年にはカラプチェフフスキー指揮でも再来日しています。
私は1989年来日の時に初めて生を聴きました。この時は歌手のヤノヴィッツが同行していて、
ヤノヴィッツ引退公演という設定にもなっていて、ヤノヴィッツはマーラーSym4の独唱や一部の公演ではモーツアルトのアリアを数曲を歌っています。
東京では東京文化会館・サントリーホールでの2公演がヤノヴィッツも出演したコンサートでした。私は東京文化会館でのコンサートを聴きに行きました。
そしてヤノヴィッツが出演しないオーケストラだけの公演もあって東京では日比谷公会堂で開かれました。
1989年当時すでに日比谷公会堂ではクラシックのコンサートは滅多に開かれていなかったので、私は父の世代には日本のメインのホールであった日比谷公会堂で海外オーケストラがどういうふうに聴こえるのかを体感したくて日比谷公会堂でのコンサートにも行ったものです。

今、佐渡が指揮しているオーケストラはその頃のメンバーの後輩になるのですがもう全く別のオーケストラですね。
かつてのウィーントーンキュンストラー管弦楽団はウィーンの下町の訛りが聞こえてくるような感じの演奏をしていましたよ。
今のウィーントーンキュンストラー管弦楽団はハッキリとウィーンらしい特色はもうありませんね。
世界中どこにでもあるような積極的に弾く機能的なオーケストラを目指している単なる普通のオーケストラに変貌してしまっています。
Commented by yokohama7474 at 2016-05-22 08:43
> とねおさん
早速のコメントありがとうございます。大変参考になると同時に、私の過去の記事をよくご覧頂いているようで、大変恐縮です。ご指摘の通り、私は一体何をしてきたのでしょうね (笑)。今後なるべくチャンスを生かすように頑張りますので、機会あればまたお立ち寄り下さい。
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