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レヴェナント 蘇えりし者 (アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督 / 原題 : The Revenant)

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たまたま昨日、スウェーデンの人たちと夕食を取っていて、スカンディナヴィアの国々の歴史・文化と東アジアのそれらについてとりとめのない会話を続けていたところ、強いて言えば二つの発見があった。ひとつは、このブログで 5月 7日に記事を書いた映画「獣は月夜に夢を見る」の原題が、ノルウェイ語でもスウェーデン語でもなくデンマーク語であること (ま、どうでもよいと言えばどうでもよいが 笑)。もうひとつは、彼らスウェーデン人が山や川で感じる自然との一体感は、ほかの国民には分からないと思っていたところ、日本人とはシェアできるような気がすると発言したことだ。我々にしてみれば、厳しい北欧の自然の中で暮らす彼らは、何かスピリチュアルなものを感じる感性に富んでいて、騒々しい都会に暮らす日本人とは全く違う哲学的な人種だと思いがちだが、実は日本も非常に豊かな自然に恵まれた国だということだろう。

なぜそんなことを冒頭に書いているかというと、この映画には自然の優しさと厳しさ、またそこに生きることの素晴らしさと残酷さが、痛いと感じられるまでに描かれているからだ。そもそも、先に発表されたアカデミー賞でレオナルド・ディカプリオが念願の主演男優賞に輝いたことや、監督賞 (なんと 2年連続!!)、撮影賞まで受賞したこと、それから坂本龍一が音楽を担当したことで、日本でもこの映画に対する期待が高まったはずであった。だが、封切り後未だ 1ヶ月も経過していないはずなのに、既に各地のシネコンではどこも 1日に 1回だけの上映という若干淋しい事態。一体何がいけないのだろうか。そう不思議に思って劇場に向かったのだ。
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タイトルの Revenant とは聞き慣れない言葉だが、幽霊とか、長い不在の後に戻ってきた人という意味らしい。なので、副題の「蘇えりし者」とはそのものズバリの意訳なのである。そしてこの映画の内容も、極めて単純。単純すぎてネタバレにはならないと思うので書いてしまうと、アメリカの西部開拓時代、仲間とともに狩りをして獲物の毛皮を持ち帰るハンターの一隊のひとりが、クマに襲われて瀕死の重傷を負う。そして彼が意識はあるがとても動けない状態のときに、仲間のひとりが彼の息子を殺してしまい、本人も、そのまま死ぬだろうと見越されて放置される。しかし男は凄まじい執念で動き出し、過酷な環境を壮絶に生き抜き、そしてついに敵を追い詰め、復讐を果たすという話。実在したヒュー・グラスという猟師が経験した想像を絶する実話をもとにしているらしい。Wikipedia にもこの人物の項目があるが、それを見る限りは、息子を殺されたというくだりは創作のようである。作り手側に、復讐の理由づけに補強が欲しいという意図が働いたということだろう。

いやそれにしても仮借ない映画である。冒頭のシーンでは川がサラサラと流れており、そこで水を飲むシカともども、ゆるぎない自然の営みをひしひしと感じざるを得ない。そう、いきなり冒頭にして、人間と自然の関係を考えずにはいられないのだ。そしてやってくる悲劇。まるでスピルバーグの「プライベート・ライアン」の冒頭シーンのように背筋が寒くなる。そしてこの感覚が、2時間半を超える長丁場の中で何度も訪れるのだ。けだし、恐るべき映画である。レオ様の雄たけび。
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驚くべきシーンがいくつもあるのであるが、特に瞠目すべきは主人公がクマ (グリズリー) に襲われるシーン。こんな感じなので、まるで自分がクマに襲われているように感じる。このクマの前では、カメラでさえその息で曇ってしまうのだ (笑)。うおー、一体どのように撮影しているのか。CG にしては出来過ぎ。
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そして不屈の主人公は、このクマの死骸から採った毛皮を身にまとって、およそ人間業を越えたサバイバルゲームに身を投じる。彼の命を危うくしたクマがその死後、毛皮となって彼の命を守るというこの皮肉。それぞ自然界の掟。
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レオ様、という呼び方は既に過去のものなのだろうか。ディ・カプリオのここでの演技はまさに鬼気迫るもの。いやもちろん、これまでの彼の主演映画、とりわけ最近の「ジャンゴ」や「ウルフ・オブ・ウォール・ストリート」でも体を張った演技に痛く感動していたが、この映画における彼の演技はまさに神がかり的。しかも撮影はすべて屋外で自然光でなされたというから驚きだ。今時のハリウッドのトップスターともなると、このくらいやらないといけないのであろう。頭が下がります。

イニャリトゥの演出もまさに仮借ないもので、私がこれまでに見た彼の映画、「21グラム」や「バードマン」に比べても、かなり進化していると思う。彼は 1963年生まれなので、今年まだ 53歳。これからどんな映画を撮るのか、末恐ろしい。
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この映画にはまだまだ素晴らしい Surprise がある。主人公の敵役を演じるのは、昨今大活躍のトム・ハーディだ。
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「マッドマックス」の新シリーズで主役を張るかと思うと、このブログでもご紹介した「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」や「チャイルド 44 森に消えた子供たち」のような渋い作品ではまた全く違った顔を見せる。このような悪役を以前演じているのか否か知らないが、いやー、観客が主人公に感情移入するためのにっくき敵役を嬉々として演じている。それから私のイチオシは、まだ若いジム・ブリンジャーを演じるウィル・ポールター。
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彼の顔は一目見たら忘れまい。「メイズランナー」で仕切りたがり屋を演じていた彼だ。そうそう、眉の吊り上がったこのユニークな顔 (笑)。カッコいい主役は無理かもしれないが、今後の活躍が期待される。
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それから、本作の音楽について少し述べておこう。上述の通り、日本では坂本龍一の名前ばかり喧伝されているが、実際には 3人の名前が音楽担当としてクレジットされている。これは、彼がアカデミー作曲賞を受賞した「ラスト・エンペラー」のケースと同じ。いや、「ラスト・エンペラー」の場合は様々な音楽が使われていて (ヨハン・シュトラウスの皇帝円舞曲も含め)、加えてメインテーマがはっきりくっきり流れていた。しかるにこの映画において情緒的な音楽 (バーバーの「弦楽のためのアダージョ」を思わせるものであった) が鳴り響いたのは、教会のシーンと、それからラストの決闘の後のシーンくらいではないか。それ以外は音楽と呼ぶよりも音響と呼びたい感じであった (まるで耳鳴りのような高い音をバックに弦楽器がミニマル風の音楽を奏でる感じは、私の好みである)。プログラムによると、美術は映画監督タルコフスキーの初期の作品「アンドレイ・ルブリョフ」を参考にしたということだが、いやいや、あちらはロシアの話。こちらはアメリカの話。所詮歴史が違うでしょ (笑)。でもまあ、この教会のシーンは心に残る。ところで、エンド・タイトルを見ていると、音楽の箇所でシアトル交響楽団の名前がクレジットされていた。
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そして我々が迷い込む迷宮は、必ずやアリアドネの糸によって脱出のヒントが与えられるであろう。だが、人間が他の動物に生のままかぶりつく様子を見ると、なんとも言えないすさんだ気持ちになる。おぉ、これぞゾンビ映画のひとつの秘訣である。この映画は決してゾンビ映画ではないが (笑)、人間も動物である以上、生き残るためにはほかの動物の命を取るしかないわけだ。その仮借ない描写から、人間の本質を考えさせられる。そのことと関連しているか否か知らないが、昨今のハリウッド映画のエンド・タイトルで出て来る、「この映画では動物は傷ついていません」という歌い文句が見当たらなかったのである。

というわけで、この映画が絶賛の嵐で家族連れ満載、というわけにならなかった理由が少し分かりましたよ。だが、これは絶対に見るべき価値のある映画。この映画がアカデミー賞 3部門を受賞したことで、私もちょっとアカデミー賞を見直す気になったものだ (笑)。イニャリトゥ監督とディ・カプリオの今後の活躍に大いに期待しよう。これぞサバイバルのガッツポーズ。
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by yokohama7474 | 2016-05-25 00:34 | 映画