キリル・カラビッツ指揮 読売日本交響楽団 (ヴァイオリン : ヴィクトリア・ムローヴァ) 2016年 5月28日 東京芸術劇場

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2週間ほど前にベルリン・フィルという極上のオケを楽しみ、またその極上レヴェルならではの悩みにも思いを馳せたのち、日常のコンサートライフが帰ってきた。週末の午後、池袋の東京芸術劇場で聴く読売日本交響楽団 (通称「読響」)。上のポスターで見る通り、同じ曲目での 3回の演奏会の 1回目であるが、指揮者よりもヴァイオリニストの方が大きく扱われていて、しかもヴァイオリンの女王云々とある。なので、今回のソリストからご紹介しよう。あえてここでは、若い頃の録音のジャケットを使ってみる。
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1959年ロシア生まれのムローヴァは今年 57歳。若い頃から知っていると愕然とする年とも言えようが、音楽家としてはこれからいよいよ油が乗ってくる年代とも言えるだろう。ロシアの巨匠レオニード・コーガンに学び、1980年にシベリウスコンクールで優勝、1982年にはチャイコフスキーコンクールでも優勝。そして 1983年、電撃的に米国に亡命した。若い頃は本当に清楚なお嬢さん風であったが、その大人しそうなお嬢さんが亡命という冒険的手段に出て西側に移ってきたことも、マスコミの興味を惹いたものだ。そしてある時期からは、都会的なスタイルを追求してきていると言えるだろう。もちろん未だに世界第一級のヴァイオリン奏者だが、「ヴァイオリンの女王」とのコピーには少し違和感がある。その称号は、音の分厚さや堂々たる佇まいによって、アンネ・ゾフィー・ムターに捧げるのがふさわしかろう。私が前回ムローヴァの演奏を聴いたのは 2008年ロンドンにて。バックは確かダニエル・ハーディング指揮ロンドン交響楽団だったと思うが、曲はプロコフィエフの 2番のコンチェルトであった。彼女の生まれ故郷の作曲家の作品なのに、舞台上で譜面を見ながらの演奏であったのに少々がっかりしたものの、演奏は大変に緊張感のある素晴らしいものであった。それ以来随分時間が空いてしまったが、今回はリサイタルはないようで、この読響との協演のために来日した模様。

曲目は以下の通り。
 ベルリオーズ : 序曲「ローマの謝肉祭」作品9
 シベリウス : ヴァイオリン協奏曲二短調作品47
 プロコフィエフ : バレエ音楽「ロメオとジュリエット」から 7曲
   モンタギュー家とキャピュレット家、少女ジュリエット、
   ロメオとジュリエット、タイボルトの死、
   僧ローレンス、踊り、ジュリエットの墓の前のロメオ

指揮を務めるのは、1976年生まれのウクライナ人、キリル・カラビッツ。
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現在はボーンマス交響楽団の首席指揮者であり、今年の秋からはワイマール国民歌劇場の音楽監督に就任するとのこと。ボーンマス交響楽団と言えば英国の名門で、かつてサー・チャールズ・グローブスや、コンスタンティン・シルヴェストリ、フィンランドの名匠パーヴォ・ベルグルンドらがそのシェフのポストにあった。あのサイモン・ラトルもキャリアの初期にこのオケとマーラー 10番のクック全曲盤を録音している。
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そのような活躍の場を得ているこのカラビッツ、現在ヨーロッパで期待の指揮者のひとりとのこと。それを納得することには、コンサートの冒頭、「ローマの謝肉祭」序曲から、指揮者のイキのよさが炸裂だ。ヴァイオリンの左右対抗配置は取らず、ちゃんと指揮棒を持って譜面を見ながら演奏する。その指揮ぶりはかなり細かいが、ある場面では中声部のヴィオラに強い表現を求め、オケの多重的な音を巧みに引き出していた。なるほどこれなら活躍の場を広げて行くはずだ。読響も大変によく鳴っている。

そしてムローヴァが登場し、シベリウスのコンチェルトを弾いた。ここでもカラビッツは細心の注意を払って冒頭のデリケートな弦の音を紡ぎだす。ソロが入る場面にはどの演奏でも緊張感が漲るものだが、ムローヴァのヴァイオリンには情緒的な雰囲気は皆無。ただまっすぐに北欧の寒気を感じさせるような音を伸ばして行く。あ、そうだ。これがムローヴァの音。多くのヴァイオリニストが苛烈な情熱を込めて弾くフレーズを、むしろ淡々とこなして行くのだが、そのクールさの裏に揺るぎない確信と真実の情熱を感じる。繰り返しだが、「女王」という称号は似つかわしくない。彼女はどこにも君臨していない。ただ自分の内なる情熱に正直なだけである。そしてアンコールで演奏されたバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第 1番の第 1楽章。そこには孤高の音楽があった。私の個人的な思い出は、1994年に、今はもう閉鎖されてしまった御茶ノ水のカザルス・ホールで彼女がバッハの無伴奏のうち 2曲を弾いたこと。その日は雪が降っていて、聴衆は皆大変な思いをして会場に集ったわけであり、そこで聴くムローヴァの音楽は、ホールの外を舞う雪のようにクールなのに、なぜか心が熱くなった記憶がある。耳の奥底のどこかに凍りついて残っていたその音が、久々に聴くムローヴァの演奏によって解凍されたように思い、大変に感動した。

そして後半の「ロメオとジュリエット」も、大変に鮮烈な演奏。まさに上り坂にある若手指揮者の放つ活力がオケに輝きを与えていた。このカラビッツはレコーディングでもプロコフィエフを連続して取り上げているらしく、今回の読響との協演でも、もうひとつのプログラムでは彼の交響曲第 5番をメインに据えている。今回の演奏を聴くと、プロコフィエフとの相性のよさをよく分かるような気がする。例えば冒頭の「モンタギュー家とキャピュレット家」では、衝撃的な不協和音の後、弱音でたなびく弦楽器が強烈なコントラストをなしているが、カラビッツは長く伸びる和音に膨らみを持たせることで、その後の弦とのコントラストを巧みに表現していたと思う。オケの出来もなかなか素晴らしく、カラビッツの伸びる音の要求によく答えていた。但し、アンコールの「3つのオレンジへの恋」の行進曲を含めて、早いテンポの個所の木管楽器にさらなる精度があれば完璧だったのに、と思ってしまったことも事実。でもそのような課題の発見が、ベルリン・フィルを聴くのとは異なる、東京でのオケの将来性を含めた楽しみ方であると前向きにとらえよう。

終演後にはサイン会があったので参加した。ここでもベルリン・フィルの演奏会とは異なり、CD を買わずともサイン会に参加できるのだ (笑)。くつろいだ雰囲気であった。
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このようなイキのよい指揮者も聴け、女王とは呼ばないが (しつこいな 笑) 現代を代表するヴァイオリニストも聴ける東京は、やはり侮れませんよこれは。

by yokohama7474 | 2016-05-28 23:40 | 音楽 (Live) | Comments(0)