生誕 140周年記念特別展 墨外 東京芸術劇場ギャラリー 1

e0345320_23590872.jpg
これは、別項で採り上げたカラビッツ指揮 読響の演奏会を聴きに池袋の東京芸術劇場に出向いた際に、ホール横のギャラリースペースで開催されていた展覧会が目に留まったもの。私の場合、街を歩くときには常に面白いものはないかどうかジロジロ見ることにしていて、その習慣のおかげでいろいろ拾い物をして来たと思っている (あ、決して地面に落ちている金を拾って歩いているわけではありませんよ 笑)。骨董の世界では、このように屋外で常に探求心を持って価値あるものを探すことを、「捨て目を利かせる」というらしい。うーん、いい言葉である。この展覧会は、捨て目が利いて、遠くから様子を覗いた時点で、これは見る価値があるだろうとピンと来たというわけだ。実際、たった 5日間だけしか公開されない素晴らしい仏画の数々を無料で見ることのできた充実感は、この上ない (あ、決してタダだからよかったと言っているわけではありませんよ 笑)。

田中墨外 (ぼくがい 1877 - 1957) は、明治日本画の巨星、橋本雅邦の弟子で、日本古来の装飾方法である截金 (きりかね) を復活させて終生仏画の制作に取り組んだ画家である。彼の名前は、私もこれまで全く聞いたことがなかったし、ネット検索してもほとんど情報がない。このような容貌であったらしい。昔の芸術家らしい一徹さを伺わせる表情ではないか。そして展覧会の趣旨も、何か襟を正したくなるようなものだ。
e0345320_10320827.jpg
e0345320_00164051.jpg
展示されている作品群は 30点ほどであろうか、ライティングの効果もあって、その神韻縹緲たる出来栄えにまさに立ちすくむ思いを抱かせる。そもそも日本古来の仏画の繊細さ、優美さ、ある場合には力強さには、仰天するしかないのであって、古くは奈良時代、平安時代から鎌倉・室町に至るまで、海外に流出したものを含めて仏画の逸品は数多い。だが、江戸時代に至っては仏教美術自体が彫刻も絵画も需要が減ってしまい、水準が下がって行ってしまったのである。従い、墨外が活躍を始めた明治時代には、截金という技法自体がほぼ廃れてしまっていたのではないか。截金とは、金や銀やプラチナの薄い箔を細かく切り、それを貼って文様を表す技術。たとえば仏像に施されるこのような装飾だ。
e0345320_00244370.jpg
この技法によって、ほとけの荘厳さが増すことは間違いなく、今でも古い仏像の一部に截金が残っているのを見ると、それだけで感動してしまう。墨外の作品では、あたかも中世の仏教絵画が明治・大正・昭和の時代に蘇生したかのような印象を覚える。以下、それぞれの制作年は定かではないが (昭和?)、私が感動した作品をいくつかご紹介する。

これは十三仏画。十三仏とは、江戸時代になってから成立した仏の組み合わせで、もともとは死後の過程をつかさどる十王に対する本地仏ということらしい。肌色で目立っているのはいずれも如来で 5体。地味な 7体は菩薩で、唯一明王としてノミネート (?) されている不動明王は緑色だ。
e0345320_10330585.jpg
これは阿弥陀如来。全身截金。繊細かつ美麗である。
e0345320_10333426.jpg
虚空蔵菩薩。もし平安時代の仏画を制作された直後に見れば、こんな感じだったのではないか。
e0345320_10340438.jpg
e0345320_10341738.jpg
十一面観音。水瓶から花がすっと空中に伸びているのが独特だ。
e0345320_10344008.jpg
e0345320_10493239.jpg
不動明王。これは有名な青不動 (京都・青蓮院蔵の国宝) からヒントを得たものであろう。
e0345320_10351928.jpg
e0345320_10353037.jpg
孔雀明王。高野山にある快慶作の彫刻が有名だ。
e0345320_10360012.jpg
e0345320_10361170.jpg
この展覧会では、截金を使用した仏画だけではなく、水墨画でほとけを描いたもの、風景を描いたもの等も展示されている。それらはさすがに第一級の日本画に比べれば若干見劣りするところがあるかもしれない。だが、截金作品で切り詰めた墨外の神経を和らげるような効果があったのではないかと、勝手に想像したくなる。例としてひとつ、太陽の赤などに少しだけ色彩を使用した蓬莱山図の写真を掲載しておこう。
e0345320_10364074.jpg
この墨外、作品が絵画の本質を失うのを恐れて、「絵を売らない」という信条に徹した人らしい (あ、それゆえに今回の展覧会も入場無料なのであろうか)。生計はどのように立てていたのかといった下世話なことはこの際気にせず (?)、彼の作品の世界に浸ることは実に幸せな経験だ。会場に説明が貼ってあり、また私が購入した小冊子 (絵葉書16枚付きで 1,000円とリーズナブル) にも記載されていることには、昭和 12年には護国寺月光殿や日本橋三越本店で墨外の仏画作品が展示されたとのことで、その時に専門家から高い評価を得ている。中には、私が若冲展の記事でその名前を引用した美術史家、野間清六 (当時東京帝室博物館 美術課長) の言葉もあり、興味深い。

これらの墨外の作品群は初公開とあるが、どこが所蔵しているのであろうか。これだけのものであれば、どこかの美術館で一括保存・公開してもらえれば、宣伝次第で集客は可能であると思う。それにしても、鑑賞者側も、捨て目を利かせることでいろいろな巡り合わせの機会があるもの。今後も捨て目を利かせ続けたい。そのためには、どんなに日常生活が忙しくとも、それだけの気持ちの余裕を持たないといけないという自分への戒めでもある。あ、もちろん、入場有料の場合は代金をお支払いします!!

by yokohama7474 | 2016-05-29 10:51 | 美術・旅行 | Comments(0)