ワーグナー : 歌劇「ローエングリン」(指揮 : 飯守 泰次郎 / 演出 : マティアス・フォン・シュテークマン) 2016年 6月 1日 新国立劇場

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東京・初台の新国立劇場は、このワーグナーの「ローエングリン」とはゆかりがある。1997年にオープンした際の演目のひとつがこれであったのだ (こけら落としは團伊玖磨の「建 (TAKERU)」、そしてもうひとつのオープン記念演目はヴェルディの「アイーダ」)。このときの「ローエングリン」は私も見たが、日本におけるワーグナー演奏の立役者である若杉弘の指揮、作曲者の孫にあたるウォルフガンク・ワーグナーの演出であった。それから 19年。このオペラハウスには課題は未だあれこれあれど、この劇場でオペラを常打ちしているということ自体に、私は大きな意味があると思っている。東京は世界でも恐らく唯一、夥しい数の世界のオペラハウスの引っ越し公演が次から次へと行われている街。そんな中で、ちゃんと専門のオペラハウスがあって、ドイツ・イタリアの名作オペラだけではなく、日本の作品、フランスの若干マニアックな作品等々、非常によく考えられた多彩なプログラムを継続して上演していることは、日本の文化度の高さを示す事実として誇ってもよいと思う。

この「ローエングリン」、新国立劇場では、2012年には早くも新たな演出で上演されたが、今回上演されているのはその再演である。この劇場ではどの演目も、会場で販売されているプログラムに、その演目のこの劇場での過去の上演記録が掲載されている。設立 20年弱にしてこの意気込みは、大変興味深い。これがこの先 50年、100年と続いて行くと、どんどんデータが蓄積して行くわけであって、ただ外からやってくる演奏を有り難がるだけではない、ここから発信するオペラも重要性なのであると認識されるであろうから、大変結構なことではないか。
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今回は 5回の上演であるが、週末公演は完売だし、そもそも他のコンサートとのダブりもあって、半分あきらめかけていたのだが、たまたまネットで安い席 (この劇場では最安値席のコストパフォーマンスは非常によいのだ!!) が売りに出ていたのと、やはりたまたま、別件で有給休暇を取る必要あったので、この平日の 17時からという公演に出かけることとした。あまり「たまたま」を連発すると、あらぬ疑いをかけられるので、このへんにしておきましょう (笑)。

今回の上演、2012年に比べると、主役は同じクラウス・フロリアン・フォークト。指揮は、前回のペーター・シュナイダー (ワーグナーには大変実績のある指揮者である) から、現在の新国立劇場音楽監督、かつてワーグナーの聖地バイロイト音楽祭で修業し、やはりワーグナーを中核レパートリーとする飯守 泰次郎に変わっている。
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このブログでもワーグナーについてはいろいろ採り上げてきているが、彼の主要作品 10作のうち、「楽劇」と名付ける前の初期の 3作、すなわち、「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」そしてこの「ローエングリン」は、後期の超ヘヴィー級の作品群に比べると、なんともチョロいと思いがちであるが、今回の演奏は 17時に開演し、40分間の休憩を 2回挟んで、終演は 22時過ぎ。上演時間は、たっぷり 5時間である!! なんのことはない。ワーグナーにチョロいことなど、なにひとつとしてないのである。ご存知ない方のためにごくごく簡単にストーリーを述べると、ブラバント公国 (主として今のベルギー域内) の姫であるエルザのもとに、白鳥に乗った騎士がやって来て、彼女の窮地を救う。2人は結婚するのだが、騎士はエルザに対し、自分の氏素性を尋ねないことを結婚の条件とする。しかしながら、敵方のそそのかしもあり、遂にその禁を破って騎士の正体を知りたがるエルザに対して、騎士は自分を聖杯騎士団、パルシファルの息子であるローエングリンだと名乗って、いずこともなく去って行く、というもの。・・・えっ、それだけ? それで 5時間もかかるの ??? と思う方は、ワーグナーとのご縁のないと推測されるので、無理してこの曲を聴かれることもないと思う (笑)。でも、聴いてみればそれはそれで、なかなかの感動ではありますよ。有名な結婚行進曲もあり、それに先立つ第 3幕への前奏曲は、元気がないときに聴くと効果抜群の、天下の名曲です。

今回改めて思ったのは、ワーグナーでこれほど合唱が重要な作品は、ほかにないということだ。もちろん「オランダ人」でも「タンホイザー」でも「マイスタジンガー」でも、合唱は重要だ。でもこの「ローエングリン」では、いわばギリシャ悲劇のコロスのような役回りも合唱が担っていて、登場人物たちの感情やドラマのうねりを表すには欠かせない存在なのである。今回の演奏におけるオケ (東京フィル) と合唱は、決してすべての部分が完璧とは言わないが、職人的で安定感のある飯守の指揮のもと、大きなドラマの線を描き出したという点で、明らかに日本のワーグナー演奏の水準が高まっているという事実を示していた。19年前のオープニング公演よりも、劇の進行の中で白熱して行く音楽の説得力は格段に増していたと、つくづく思う。当時は二期会の合唱団が歌っていたが、今回はもちろんこの新国立劇場専属の合唱団。最近ではオペラ以外でも、在京のオケの演奏会に出演することも多く、素晴らしい存在感を誇っている。合唱指揮を担当する三澤洋史は、1999年から 2003年までバイロイト祝祭音楽祭で合唱指導のスタッフを務めた実績の持ち主。
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主役を務めるクラウス・フロリアン・フォークトはドイツ人で、もともとハンブルク・フィルのホルン奏者であったが声楽家に転向したという変わり種。現在を代表するヘルデン・テノール (英雄的テノール) である。容姿もこんな感じで、なかなか精悍だ。
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ただ彼の歌い方は、静かな部分はファルセット (裏声) 気味で、それはそれで美しいのだが、いわゆるヘルデン・テノールという印象とは少し異なるような気がする。もちろん、第 3幕の夫婦喧嘩のシーン (?) などでは激しい部分もあるので、表現力の幅は聴き取ることができた。今回の公演のチラシによると、来年秋のバイエルン国立歌劇場来日公演 (指揮は、同歌劇場の音楽監督で、次期ベルリン・フィル音楽監督であるキリル・ペトレンコ) で、タンホイザーを歌うらしい。

実は今回の歌手陣、フォークト以外はそれほど驚くような出来ではなかったような気がする。オルトルート役のペトラ・ラングは随分以前にバイロイトの FM 放送でその名前を毎年のように聞いていて、もうかなりのベテランだと思うが、表現力は一貫して強いものの、ほんのわずかだが、時折声に不安定な要素があったように思う。エルザのマヌエラ・ウールも、頑張ってはいたが圧倒的な出来とも思えなかった。小柄で黒っぽい髪なので、遠目には日本人のようにも見え、逆に、日本人でもこのくらい歌える人はいると思う。

だがこの演奏、上記の通り、トータルとしての演奏水準はかなり高かったと思うのだ。それには演出も関係していよう。プログラムに載っている演出家の言葉によると、舞台上にあれこれ乗せるのではなく、「舞台で人間の感情を表現するには、感情の広がりを見せるための空間が必要」と述べている。よって、セットは極めてシンプル。ローエングリンの最初の登場シーンは、白鳥に乗って出てくるのではなく、白鳥の翼を背負って空から降りてくるのだ。はいはい、感情の広がりを見せるための空間を舞台上に空けて空けて。
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そして後ろの壁面の升目のようなところにいろいろな照明と映像投影がなされ、これが舞台の単調化を防いでいて、大変工夫されていると思った。これも第 1幕から。
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非常に印象的だったのは、第 2幕の幕切れである。この幕では、上から巨大な金属のコイルのようなものが下りてきて、エルザにすっぽり覆いかぶさったりするのだが、最後のシーン、エルザにはその小型版コイルのようなものが被せられ、結婚式に向かって鮮やかな赤いカーペットの上を歩き出すのだが、彼女はそこでつまずいて倒れてしまう。そこに、あの不吉な「禁問の動機」が鳴り響くのだ。うーん。オケも渾身の音で鳴っていて素晴らしく、総合芸術としてのオペラの力を感じる瞬間でしたね。
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この話、まるで日本の鶴の恩返しのように、禁忌を扱っている点が面白い。なぜに名前を知られると霊力がなくなってしまうのか分からないが、民俗学的には、何か説明がつくのでしょうな。でも、やはり演出家がプログラムに寄せた文章に面白いことが書いてあって、それは、エルザが危機から救われた後、素性を知らない人と結婚しなければならない状況に陥ったことは苦しかっただろうということ。「素性の全く判らない男から結婚を申し込まれ、『名前も問うてはならない』と命じられ、それを応諾しなければならないのですから。彼女が特に弱いわけではなく、同じ立場に置かれたら世の中の女性の 99%が同じ質問をするでしょう」とのこと。ははは、その通りですな。なので第 3幕前半、ローエングリンとエルザの 2人の会話において、エルザの細かい仕草などにリアリティがあったのは、演出家のきめ細かい指示によるものであることは明らかだ。ミュンヘン生まれのこのマティアス・フォン・シュテークマンという演出家、新国立劇場ではほかにも「さまよえるオランダ人」「魔弾の射手」を演出しているほか、2013年にはバイロイトでワーグナー生誕 200年記念として行われたティーレマン指揮の「リエンツィ」の演出も手掛けたという。ドイツでは一時期、なんでもかんでも「読み替え」と称して音楽の妨げとなるような饒舌な現代風演出が多かったが、彼のような新世代が新たな潮流を作り出して行くのだろう。
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そのような発見に満ちた「ローエングリン」を堪能した。たまたま会社を休んだ日に見ることができてよかった!! (笑)

by yokohama7474 | 2016-06-02 01:28 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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