ユーリ・テミルカーノフ指揮 サンクト・ペテルブルグ・フィル 2016年 6月 2日 サントリーホール

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昨年 6月、このブログを始めてまだ間もない頃に、ロシアの名指揮者ユーリ・テミルカーノフが読売日本交響楽団を指揮した 3回の演奏会を採り上げた。そして彼は今、1988年以降音楽監督を務めるサンクト・ペテルブルグ・フィルと来日している。このコンビはこのところ 2- 3年に一度は日本に来ているが、ソ連時代には「レニングラード・フィル」として不世出の鬼才エフゲニー・ムラヴィンスキーの薫陶を受けたオケと、その表現力の深さでは現代屈指と言ってもよい 77歳の巨匠テミルカーノフの、長く続く蜜月ぶりを、日本にいながらにして聴けるとは幸運なことだ。今回の来日では、ピアノのチョ・ソンジン、ヴァイオリンの諏訪内晶子を主たるソリストとして全国で 7回のコンサートを開く。但しそのうち 2回は、昭和女子大と聖徳大学の学内公演だ。これらの大学のホールは随分以前には来日オケの演奏会場として使われていた時代もあったが、その後便利な場所に優れたホールがあれこれできたせいで、最近ではあまり使われなくなっているのが実情ではある。なので、今日び、こんな素晴らしい演奏家の学内公演があるとは、学生さんたちはこれまた幸運なことだ。
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ロシアのオケの常として、曲目はどうしてもロシア音楽中心になってしまうのはある程度やむを得ないが、本当はベートーヴェンとかブラームスとか、あるいはブルックナー、マーラーなど採り上げて欲しいところ。今回は特にどのプログラムもすべてロシアの作品で、少々がっかりと言うと語弊があるだろうか。だがそんな中で、今回の曲目は最も私の食指をそそるもの。
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第 7番ハ長調作品60「レニングラード」

この曲は演奏時間 80分を要する大曲であるが、私は 2003年にもこの同じ演奏者によるこの曲の演奏を同じサントリーホールで聴いていて、それが大変に強烈なものであったのだ。今でも、あの演奏の終楽章の大団円において、灼熱の音楽がマグマのように噴き上げながら熱を放射するのを聴いた興奮は忘れられない。あれは何かを記念したコンサートだったと思って当時のプログラムを見てみると、サンクト・ペテルブルグ建都 300年祭であった。あの素晴らしい演奏の再現を求めて、私はこの今回このコンサートに足を運んだのである。だがしかし、今回のプログラムに寄稿されている東条 碩夫 (とうじょう ひろお、最近のコンサートで最も頻繁にお見掛けする音楽評論家だ) の文章によると、1994年にも東京芸術劇場で同じコンビの演奏があって、そちらはもっとすごい演奏であったとのこと。それは知らなかった。

ともあれ、そのような期待を抱いて入ったサントリーホールは、あろうことか空席がかなり目立つ状態。残念なことである。たまたま 2003年に聴いたときと同じような場所の席に座って大編成のオケを見渡すと、トランペット、ホルン、トロンボーンに打楽器と、日本人のエキストラの顔が見える。また、NHK が演奏を映像収録していた。これは彼らの本拠地での写真。
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さて演奏であるが、やはり凄かった。特に金管が鳴り出すともう耳が痛いくらいで、しかも昔ながらのロシア風と言うべきか、朗々とつややかに響くというよりも、なんというのか、強いアクセントで鋭く耳に入ってくるので、その迫力たるや凄まじいものであるのだ。分厚い弦も多様な音を繰り出して圧巻であったし、木管楽器の自発性も瞠目すべきもの。テミルカーノフはいつも指揮棒を持たずに丁寧に譜面を見て指揮するのであるが、職人性に依拠しながら、音楽の大きな流れを作り出すことに長けている。既に 70代後半に入っているとは言え、80分の大作でこれだけ骨太の音楽を引き出せるのは本当に大したもので、4楽章を一気に聴かせ切った感がある。だがその上で、13年前に聴いた演奏との比較を試みると、実は今回はむしろ、細部のニュアンスにこだわったきめ細かい演奏なのではないかという気がするのである。例えば第 1楽章の「戦争の主題」による壮大な盛り上がりが終わったあとの脱力感とか、第 2楽章の冒頭の中間色の弦の進行とか、第 3楽章で延々と 2本のフルートが絡み合う箇所の深い表情とか (終演後、指揮者は、コンサートマスターの次にソロ・フルート奏者に起立を促して、さもありなんと思ったものだ)、その他、クラリネットやファゴットのソロになんとも言えない彫りの深さを感じる瞬間があった。その分、全曲のクライマックスで音楽はまたもや灼熱と化したとは言っても、音の温度の高さよりも、その表面の色使いの多彩さにこそ聴くべきものがあったと言いたい。もともと、同じロシアの先輩であったスヴェトラーノフのような爆演タイプの指揮者ではないので、これはテミルカーノフの円熟と言えるのであろう。その意味では、なかなか聴けない練達の音楽であったと言ってよいと思う。尚、これだけの大曲なので、アンコールは演奏されなかった。

さて、少しこの曲について触れておきたい。この交響曲は第二次世界大戦中、1941年 9月から約 900日に亘ってドイツ軍がレニングラード (現在のサンクト・ペテルブルグ) を包囲した際に、戦火の中で書かれたシンフォニーである。ショスタコーヴィチ自身はこの非常時に国のために戦いたいとの意思を表明したようであるが、さすがに徴用はされず、音楽院の消防隊に配属されたそうだ。このジャケット写真はそのときのものであろうか。
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私は 2013年に初めてサンクト・ペテルブルグを訪れ、エルミタージュ美術館を含む各地の観光では非常に感銘を受けたが、ガイドが説明してくれるレニングラード包囲の頃の惨憺たる状況に衝撃を受け、帰国してから、スターリンの評伝と、それから、マイケル・ジョーンズという人の書いた「レニングラード封鎖」という本を読んだ。そして、そこに描かれた凄まじい地獄絵図に言葉を失ったのである。
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いかに戦時下とはいえ、このような異常事態 (レングラード包囲戦のみならず、独ソ戦全般) における敵同士であったドイツ人とロシア人は、もう未来永劫憎しみ合ってもおかしくないと思われるほどだ。餓死せずに生き残るだけで人々が精いっぱいであったとき、未だドイツの包囲下であった 1942年 3月にこの交響曲は初演されている。その後西側でもトスカニーニ、ストコフスキー、クーセヴィツキーらが競って取り上げた。今私の手元には、前二者の指揮による当時の録音の CD があり、加えて興味深いのは、戦後の 1946年、チェリビダッケがベルリン・フィルを指揮した CD もあるのである。ロシア人と凄絶に殺し合ったドイツ人が、戦後すぐにこの曲を演奏したとき、演奏者も聴き手も、いかなる感情を抱いたであろうか。それを考えると、人間の持つ恐ろしさと素晴らしさを、ともに感じてしまうのである。この曲の初演に関しては、ひのまどかの「戦火のシンフォニー」という本も手元にあるが、未だ読んでいない。歴史的事実に興味はあるのだが、読むにはかなり精神力を要するであろう。

そんなわけで、前項のマヤコフスキーと併せ、ソ連時代の芸術家の苦闘に思いを馳せてみた。そんな過去を当事者として持つロシア人たちが演奏するショスタコーヴィチは、やはり傾聴に値するとも言えるが、ただこの平和な時代には、曲そのものの持つ生命力に虚心坦懐に耳を傾けることが大切であろうとも、一方では思うのである。時は流れても、音楽は残る。なんという素晴らしいことか。

by yokohama7474 | 2016-06-03 01:02 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by 吉村 at 2016-06-03 10:18 x
まずは、第一楽章後半の音量にびっくりしましたが、実は木管パートの美しさも抜きん出た繊細な演奏でしたね。
ショスタコーヴィチは、音楽以外のいろんな情報が邪魔なこともあるので、実演に集中して聴くのはよいものですね。ロシアの巨匠らしく、あまり指揮棒を動かさず、オケの合奏能力を誇示するのも、実演でみないとわかりませんしね。
今晩はフィラデルフィア行って来ます。
Commented by yokohama7474 at 2016-06-03 22:44
> 吉村さん
テミルカーノフの演奏には常に傾聴に値するものがあると思います。オケも凄かったですね。フィラデルフィア、私もこれから聴きます。
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