ヘイル、シーザー! (ジョエル & イーサン・コーエン監督 / 原題 : Hail, Caesar!)

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人は生きていると、ときに「おっと危ない」という思いをするものである。それをヒヤリ・ハットなどと称してもよいかもしれないが、普段は結構冗談めかして、例えば上司の悪口を言っているときにその上司が通りかかったような時に、「いやぁー、あれはヒヤリ・ハットだったよー」などと使ったりするものである。だが私は今回、冗談では済まない、本当のヒヤリ・ハットを味わったのだ。あろうことか、コーエン兄弟の新作が公開されているのを 2週間以上知らずにいたのだ!!! しかもこの新作は、通常のシネコン等メジャーな場所では上映していないという、この非常事態。もう少しで見逃してしまうところであったし、見逃したこと自体に気付かないということになりかねない、危機であった。人生 50年、こんな危機にはそうそう遭遇したことはない。それでも私にはツキがあった。ある時、何か見落としている「見るべき」映画がないかどうか調べてみて、あまりなさそうだから邦画の「64 (ロクヨン) 前編」でも見に行くかと思っていた矢先、この映画が目に留まったのである。私が現代最高の映画監督と崇め、日本から離れていた時に公開された 2本以外、すべての長編監督作品を見ているコーエン兄弟の、その新作である。ま、とは言っても、本作を含めて長編はまだ 17本 (「ブラッド・シンプル」は 1本と数えて) しか監督していないのであるが。
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うーん、あんまり「現代最高の映画監督」というとんがった感じではないですな (笑)。でもそれが彼らのよいところ。ハリウッド風の大スペクタクルでもなく、芸術至上主義でもなく、だらしない人やずるい人や弱い人が沢山出てくる、それが彼らの映画である。この写真にはそのような彼らのすっとぼけた感じが出ていて、よいではないか。右のジョエルが 1954年生まれ、左のイーサンが 1957年生まれ。アカデミー作品賞、監督賞ほかを受賞した「ノーカントリー」以降メジャーになったかと思いきや、どうも彼らの一般的な知名度は未だ低いままであるように思う。私は昔、彼らの作品「未来は今」(1994) を映画館 (やはり非常に限定的な公開であった) で見たとき、少ない観客の間から、終映後自然に拍手が沸き起こったことを忘れない。この監督のファンには、どうもそのような連帯感があるような気がする。それから 20年以上経っているが、彼らがメジャーになりきらないことに、ファンはどこか屈折した満足感 (?) を抱いているのかもしれない。

だがこの映画、驚くほど多くの有名俳優が出ているのだ。ジョージ・クルーニー。スカーレット・ヨハンソン。ジョシュ・ブローリン。レイフ・ファインズ。チャニング・テイタム。そして、(知名度は低いかもしれないが、あの素晴らしい) ティルダ・スウィントン。また、コーエン兄弟監督作品の常連で、ジョエル・コーエンの妻でもあるフランシス・マクドーマンド。このような綺羅星のごとき役者陣を起用しているにもかかわらず、マイナーな上映にとどまっているのは一体どうしたことか。これらの役者の出演が信じられない方のために、以下この映画における出演シーンの写真を連発で掲載する。
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しかしこのように写真を並べると、一体どんな映画かと思われるかもしれない (笑)。舞台は 1950年代ハリウッド。ローマ時代を題材とした映画が撮影されていて、ジョージ・クルーニーがローマ帝国の軍人役を演じているが、その彼が誘拐されるという話。ジョシュ・ブローリン演じる映画会社の辣腕プロデューサーが、わがまま女優役のスカーレット・ヨハンソンのスキャンダルを隠したり、芸術派監督役のレイフ・ファインズに大根役者を押し付けたりする一方で、ジョージ・クルーニーの居場所を捜索する。誘拐者の正体は? 一体その狙いは? ・・・という映画。登場人物の何人かには、実在のモデルがいるようだ。

正直なところ、見終った感想は、この作品はこの監督のフィルモグラフィーの中では地味な位置づけに終わるだろうな、というもの。もちろん、いわゆる常識に属する事柄として、1950年代のハリウッドが赤狩りに揺れた時代であるという理解がないといけないであろう。だが、それを知っているから笑いの向こうに何かとてつもないものが見えてくるかと言えば、残念ながらそうではないような気がする。コーエン兄弟の最良の作品に見られる、とぼけた味わいの奥から、のっぴきならない人生の危機 (これもヒヤリ・ハットと言ってもよいかもしれない) が見え隠れするような気配は、ここからはあまり感じられなかった。もちろん、面白いシーンはあれこれあって、例えば、オスカー・ワイルドの「サロメ」におけるユダヤ人らの救世主論争を思わせる、キリスト教とユダヤ教の各宗派の代表の喧しい議論など、テンポもよくて笑える。また、上の写真にあるフランシス・マクドーマンド (フィルムの編集者役) の登場シーンも、誠に可笑しい。謎の役者役チャニング・テイタムも、楽しんで演じているのがよく分かる。だが、もうひとつ、全体のパンチに欠けるような気がしてならないのはなぜなのか。

そんな中、私としては、姉妹のジャーナリスト役を一人二役で演じた、ティルダ・スウィントンの、さりげないながらもなぜか強い印象を与えるその存在感に、賛辞を捧げよう。以前、「クリムゾン・ピーク」の記事でも紹介したが、彼女はもともと、英国の鬼才、デレク・ジャーマンの一連の作品で世に出た英国人。デビューはこの監督の「カラヴァッジオ」であったらしい。1960年生まれなので、当時 26歳。
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そしてこれが、信じられない名作「ザ・ガーデン」での彼女。神々しいまでに美しい。
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今ここでデレク・ジャーマンについて長々と語るつもりはないが、彼の奇跡的名作を彩った女優が、デビューから 30年を経た今、全く持ち味は異なるがやはり大変優れた監督であるコーエン兄弟の作品に出ているとは本当に面白い。調べてみると彼女はケンブリッジ卒で、専門は政治学と社会学だという。恐るべし。これが最近の彼女の素顔だが、透明感がありながら、そのパンクな髪型に独特の強靭さを感じてしまう。これからさらに年を重ねて、一体どんな演技を見せてくれるのか。
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話が監督から女優に飛んでしまったが (笑)、ヒヤリ・ハットを克服して見ることのできたこの映画、やはり何かのご縁があっての巡り合わせであろうと思う。特定の監督の作品を追いかけることには大いに意味があるので、万難を乗り越えて見ることができたことを忘れてしまわないように、心にとどめておきたい。万人にお薦めはしませんが・・・。この人たち、わざと万人受けしない作品を撮って、あえてマイナーな存在 (?) にとどまろうとしているのかもしれませんね。

by yokohama7474 | 2016-06-07 00:17 | 映画 | Comments(0)
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