美の祝典 II 水墨の壮美 出光美術館

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4月30日の記事で採り上げた、東京の出光美術館の開館 50周年展、「美の祝典」は 3回のシリーズによって構成され、それぞれにこの美術館が所蔵する素晴らしい東洋美術の数々が展示されるのであるが、明日 (6/12) まで開催中の第 2回は、「水墨の壮美」と題されており、水墨画中心の展示になっている。日本の美術には、実は素晴らしい多様性があると私は思っているが、端的な例として、極彩色のやまと絵もあれば、渋い水墨画もあり、同じ画家が双方の手法で作品を残していることも多い点を考えればよいだろう。

さて、これら 3回の展覧会のそれぞれで公開されるのが、この美術館の至宝、国宝の「伴大納言絵詞」である。上巻では応天門が炎上するシーンが圧巻であったが、今回展示されているのはその 3巻中の真ん中、中巻である。ここでは、700年ほど前の作品とは思えないほど豊かな人間感情の表現があり、まさにマンガ的日本絵画の典型をなしている。今回のほかの展示品である水墨画は、もともと禅宗の影響によって発達したこともあって、露わな感情表現と異なる感覚の作品も多いが (例外ももちろん沢山あることを後で見るが)、この絵巻物で見られる日本美は、それとは対照的なものだ。この中巻では、大納言 伴善男 (とものよしお) によって応天門放火の犯人とされた左大臣 源信 (みなもとのまこと) の屋敷で始まる。これは嘆き悲しむ人々。なんという豊かな感情表現!!
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そして、さらに面白いのは、子供の喧嘩に大人が割って入る場面。伴善男の出納係が、自分の息子が隣家の舎人 (警備係であろうか) の息子と喧嘩しているのを見て家から走り出てきて、舎人の息子を足蹴にする。食ってかかる舎人に対して、自分の上司である伴善男の権威を笠に着て横暴な態度に出た出納係。この後、その復讐として舎人は、応天門炎上の夜、伴善男が不振な行動を取っていたのを目撃したと触れ回りはじめ、それが最後には伴善男が真犯人であることの発見につながるというストーリー。ここでは、異時同図法 (異なる時点の情景が同じ場面に描かれる) と呼ばれる手法が見られる。以下、赤い丸の部分が子供同士のけんか、青い丸はそれを見て走り出てくる出納係、緑の丸はわが子を守って舎人の子を足蹴にする出納係、紫の丸は、息子を自宅に引き戻す出納係の妻。この順番での場面がひとつに入っている。これは、ただ漫然と絵を見ているだけでは分からないので、このような絵巻物を見る人たちには、誰か内容を説明する付き人がいたのであろうか??? あるいは、絵の横に添えられている文章を読めば充分だったのだろうか。
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いかに能書きを聞いても、それだけでは完結せず、本物を見ることに実際の意味がある。よって、このような展覧会で実物を間近でじっくり見ることができるのは本当に貴重な機会だ。上の写真の緑の丸で描かれた出納係の子供の手には、喧嘩によってむしり取った舎人の子の髪の束がつかまれていて、それが振り回されている様子が描かれている。いやー、本当にマンガ的描写だ。これを見る人誰もがニヤリと笑ってしまうだろう。
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さて、それでは水墨画を見て行こう。そもそも水墨画は中国から伝わったもので、鎌倉時代以降、禅の思想とともに広がって行った。この展覧会には、本家本元の中国の絵画の名品がいくつか展示されている。これは、玉澗 (ぎょくかん、1180頃 - 1270頃) による「山市晴嵐図 (さんしせいらんず)」の部分。重要文化財である。有名な瀟湘八景のうちのひとつ。もともと足利将軍家に伝わり、もと一巻であったものが各景ごとに分断されたもの。本作は大友宗麟や豊臣秀吉、松平不昧らがかつて所蔵したという。建物も人も、風景に溶け込んだように描かれていて、飄々とした味わいの中に、実際の視覚とは異なる感覚で描かれた風景の不思議を見る。
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また、日本で神のごとく崇拝された中国人画家に牧谿 (もっけい、生没年不詳) がいるが、この展覧会でも彼の作品が 2点、展示されている。重要文化財の「平沙落雁図」もよいが、ちょっと色が淡すぎて写真ではよさが伝わりにくいと思うので、「叭々鳥図」をご紹介しよう。筆が闊達に動いたり慎重に停まったりする様子が、かたちに結実している。いや、かたちだけでなく、白黒なのに色があるように見えるのはどうしたことか。
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余談だが、牧谿と言えば、1996年に五島美術館で開かれた牧谿展が忘れられない。当時かなり話題になって、私が展覧会を訪れたときには図録が売り切れてしまっており、増刷したものを後日郵送してもらった記憶がある。その図録を久しぶりに手元に置いて見てみると、かなりの数の牧谿作品が集められた、すごい展覧会であったことが分かる。そして、この作品を含む 3点の叭々鳥図が紹介されていて、すべて東山御物 (足利義政のコレクション) であったという。出光美術館のコレクションのレヴェルを思い知る。

この絵は、毛倫 (もうりん、生没年不詳) の「牧牛図」。右手前では牧童が眠りこけていて、その隙に牛は手綱を解いて自由に動いており、なにやら木にからだを押し付けて背中を掻いているようだ。なんともユーモラス。
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日本における水墨画のチャンピオンというと、やはり雪舟 (1420 - 1506) ということになるだろう。昨年 11月 7日の岡山旅行の記事で、この雪舟が涙でネズミの絵を描いたという伝説のあるお寺のことを紹介したが、昨今では中国でも画聖として深い尊敬を受けていると聞く。この展覧会に出ているのは、「破墨山水図」。雪舟最晩年の作と言われ、その墨の滲みに即興性が表れていて、自由な境地を感じることができる。
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屏風絵もいくつか展示されているが、その中から長谷川等伯 (1539 - 1610) の「竹鶴図屏風」。文字通り竹と鶴の絵であるが、余白の美とはまさにこのことであろう。鶴の姿は牧谿作品に倣ったと思われ、また、墨の濃淡だけで表された竹は、独特の湿り気のある空気を感じさせる点で、彼の代表作、国宝の「松林図」に通じるものがあるように思う。まあ、「松林図」は何かがどうかなってしまったような傑作なので、等伯と言えどもあのレヴェルのものはほかにないと思うが。
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それから、文人画 (雄大な自然等を描く中国風の絵画。「士大夫」と呼ばれた知識人階級の人たちが余技で描いた絵画に倣ったもの) が多く展示されているのもこの展覧会の特色である。完全な水墨画ではないものの、絵の精神は通じるところがある。これは重要文化財、池大雅 (1723 - 1776) による「十二ヵ月離合山水図屏風」のうちの二幅。離合山水図とは聞きなれないが、各図を単独で見てもよし、並べて見ると場面の連続したひとつの山水図になるということらしい。樹木の葉の様子がやけに細かいかと思うと、岩山は現実にはあり得ないほどデフォルメされた湾曲を示している。絵画における自然の再構成法として、一度見たら忘れないような独特の味わいがある。
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これもやはり重要文化財の、与謝蕪村 (1716 - 1783) の「山水図屏風」。大雅と共通する作風で、二人はよく共作も行った。驚くほど自由であり、かつ鮮やかだ。時代の感性であったのだろうか。
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そして、私が最近気になっている浦上玉堂 (1745 - 1820) の作品。国宝に指定されている代表作「凍雲篩雪図」は川端康成の旧蔵で、6月 5日の記事でも採り上げた。出光美術館には 2点の重要文化財の玉堂がある。ひとつは「籠煙惹滋図 (ろうえんじゃくじず)」。そしてもうひとつは「双峯挿雲図 (そうほうそううんず)」。一世代上の大雅や蕪村に比べると、何か抽象画すら思わせるほど、対象物の形態が曖昧模糊としている。細かいところなどじっくり見ていると、突飛なようだがシャガールのようにも見えてくるから不思議だ。日本にもいろんな画家がいるものだ。
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ほかにも、田能村竹田、谷文晁らの作品が並ぶが、私が興味を惹かれたのは、画家としては文晁の弟子にあたる、渡辺崋山 (1793 - 1841) の「鸕鷀捉魚図 (ろじそくじょず)」。鵜が鮎を捉える瞬間を、枝の上にとまるカササギがじっと見ているという構図だが、まるで明治以降の近代絵画のように自然な写実性を持つ。
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周知のように、崋山は幕府を非難したかどで、高野長英らとともに処刑された (蛮社の獄)。その没年は 1841年であるところ、この作品は死の前年 1840年に、蟄居中の身である際に描かれたものだという。そう思うと、なんでもないこの絵の題材が何やら意味深なものに見えてくる。鮎は抵抗空しく命を奪われるが、からだの大きい鵜の行状を、一見大人しく、だが決意をもって上から見ている者がいる・・・。

そして文人画の系譜の最後に来るのが富岡鉄斎 (1837 - 1924) である。小林秀雄なども鉄斎については頻繁に語っているが、明治・大正期に生きた巨星であり、力強い作品をあれこれ描いた人だ。その一方、「らしい」作品を模倣しやすいせいか、美術市場では最も贋作の多い画家のひとりであるとも聞く。この展覧会に出ているものは小規模なものがいくつかだが、これは「富士山図」(1869)。明治の初期の作品で、鉄斎が何度も描いた富士の絵の中で、現在確認される最も初期の作品がこれであるそうだ。山腹と山頂が分断されているようにも見えるが、途中にあるのは雲であろうか。それだけ富士の高さを強調しているということか。
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さすが出光美術館、この分野でも名品揃いである。第 3回は 6月17日からで、お題目は「江戸絵画の華やぎ」。これも楽しみであります。

by yokohama7474 | 2016-06-11 18:52 | 美術・旅行 | Comments(0)