ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタル (ピアノ : コリー・スマイス) 2016年 6月12日 横浜みなとみらいホール

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このところの東京は、女流ヴァイオリニストがすごいことになっている。既にこのブログでも採り上げたムローヴァ、庄司紗矢香に加え、諏訪内晶子、五嶋みどりが活動を展開している上、このヒラリー・ハーンまでいるのだから、これはもう大変だ。男性ヴァイオリニストでも、樫本大進、クレーメル、レーピンらが入れ替わり立ち代り舞台を賑わせている。これは逆に言うと、いかに一流の演奏家であろうと、東京では耳の肥えた聴衆に試されるということでもあって、そこで奏でられる音楽の質は、競争原理によって上がって行くはずである。世界でも有数の音楽都市、東京は日夜このような充実の中にある。

米国ヴァージニア州レキシントンで 1979年に生まれたハーンは、もちろんこの世代のヴァイオリニストとしては過去 15年くらいに亘って一頭地抜けた存在であるが、実は経歴を眺めてみても、コンクール受賞歴が見当たらない。それだけ若い頃から、コンクール歴を要さないほど図抜けた存在であったわけであるが、それにしても、たとえ 10代で才能を開花させたとしても、その開花した才能を継続するのは実に大変なこと。30代後半となってますます活躍の場を広げている彼女には、現在に生きる音楽家としての真摯な姿勢が感じられる。
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今回彼女は日本で 10日間に 7回のリサイタルを開き、この横浜でのものが最終日であった。曲目はどの回も同じで、以下の通り。
 モーツァルト : ヴァイオリン・ソナタ第 35番ト長調K.379
 バッハ : 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第 3番ハ長調BWV.1005
 アントン・ガルシア・アブリル : 無伴奏ヴァイオリンのための 6つのパルティータより第 2曲「無限の広がり」、第 3曲「愛」
 コープランド : ヴァイオリン・ソナタ
 ティナ・デヴィッドソン : 地上の青い曲線

休憩前の前半ではモーツァルトとバッハという伝統的なレパートリー、後半は彼女自身の委嘱によって書かれた現代の曲と、彼女の母国米国の音楽。しかも前半と後半に 1曲ずつピアノ伴奏のない曲が含まれているという具合。凝った内容であり、ハーンのヴァイオリンの表現の幅を知るには絶好の機会である。

ハーンのヴァイオリンを聴いていると、毎回、一瞬たりとも危ういところがない。例えば音の入りが弱く霞んでしまうとか、走り過ぎて音が濁ってしまうとか、情熱をこめすぎて音程が怪しくなるとか、静かに終わるときに音がかすれるとか、そういうことは一切ない。感情的にも技術的にも極めて安定しており、最初から最後まで、これしかないという確信をもって音を紡ぎ出しているように思われる。だからこそ、いかなるスタイルの音楽にも適性を示すことができるのだろう。最初のモーツァルトは、ピアノ・ソナタにヴァイオリンが伴奏するようにすら思われる曲で、ヴァイオリンが休んでいる時間が長いのだが、弾いていないときにも彼女は音楽に参加しているような気がしたものだ。その次のバッハではもちろん、ほかに呼吸を合わせる人もおらず、たった一人でテンポを作って進めて行かなければならないわけだが、孤独や不安など微塵も感じさせない堂々たる音楽で、「なんという素晴らしい曲だろう!!」と改めて思わせるものであった。私は、2002年に彼女がニューヨークのカーネギーホールで初のリサイタルを開いたときに、たまたま現地で聴くことができたのだが、そのときにもバッハの無伴奏を弾いていた。こんなに若くして、あの大舞台でよく一人だけでテンポを創り出せるなぁと思って聴いていると、途中で弦が切れてしまったのだが、全く慌てる気配もなく退場、そして再登場し、チューニングして音を確認しながら、「まだですね」などと聴衆に話しかけていたのを思い出す。20代前半にして既に音楽も確立していたし、ステージマナーも一流であった。

そのような前半を経験した上で後半の曲目を聴くと、また新たなハーンの進歩を感じることができるのであった。前半は暗譜であったが、後半は譜面台を置き、それを見るためにわざわざ眼鏡をかけた点が、まずひとつの進歩 (笑)。だが、実際には譜面はほとんど見ているようには思われず、ここでも均一な音の流れが聴衆に強く訴えたのである。以前彼女はチャールズ・アイブズのヴァイオリン・ソナタを演奏していたし、チャイコフスキーのコンチェルトとのカップリングにヒグドンという自分の師匠の作品を選んで録音するなど、米国の作品に積極的に取り組んでおり、今回のコープランドもその流れなのであろう。私は昔からバーンスタインの演奏や自作自演でコープランドの管弦楽曲には親しみがあるが、室内楽はあまり知らない。この曲はシンプルなようでいて、なかなか味わいのある曲である。

ハーンの録音で最近話題になったものと言えば、「27の小品 ヒラリー・ハーン アンコール」という録音がある。上のポスターと同じ写真をあしらったジャケットだ。
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これは、ハーン自身が過去数年に亘って取り組んだ「アンコール・プロジェクト」の成果だ。つまり「演奏時間 5分以内で、ヴァイオリンとピアノのための作品」という条件で彼女自身が様々な作曲家に依頼をして集まった 26曲に、公募で採用された 1曲を加えた合計 27曲をセットとしてまとめたもの。今回のツアーでの伴奏者でもあるピアニスト、コリー・スマイスとの録音で、CD 2枚組である。昨年のグラミー賞を受賞したアルバムだ。今回のリサイタルで最後に演奏された米国のティナ・デヴィッドソン (1952年生まれ) の「地上の青い曲線」はその 27曲のひとつ。ピアノもヴァイオリンも特殊奏法で始まる、鮮烈かつ抒情的な曲だ。また、後半の最初の曲目、スペインのアントン・ガルシア・アブリル (1933年生まれ) とは、このアンコール・プロジェクトで知遇を得たが、その彼がハーンのために新たに作曲した無伴奏ヴァイオリンのための 6つのパルティータのうちの 2曲が、今回演奏されたもの。これら 2曲を含む 3曲は、今年の 4月にワシントンで初演されたばかりというから、今回は日本初演ということになる (6曲揃っての演奏は、まだされていないようだ)。ちなみにこの 6つのパルティータ、"HILARY" という名前のそれぞれのアルファベットを使い、1. Heart (心)、2. Immensity (広大さ)、3. Love (愛)、4. Art (芸術)、5. Reflexive (内省)、6. You (あなた) となるとのこと。なかなか洒落ていますな。曲は若干辛口でしたけれど (笑)。

そしてアンコールに 3曲が演奏されたが、それぞれにハーンが曲名を客席に向かって日本語で (?) 紹介した。最初は、「サトー・ソーメー、ノ、ビフー、デス」と言ったのだが、佐藤聰明はもちろん知っているが、「ビフー」が "Beef" の聴き間違えなのか、あるいは "Be who" という意味をなさない英語なのかと思ったら、「微風」であった。日本風の情緒豊かな曲。2曲目は、英国のマーク・アンソニー・タネジ (ラトルの親しい友人だ) の「ヒラリーのホーダウン」、3曲目がマックス・リヒター (今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで庄司紗矢香が演奏したヴィヴァルディの「四季」の再構成版はこのブログでも紹介した) で、ハーンの紹介は英語で "Mercy" だったが、邦訳では「慰撫」。そう、これら 3曲はいずれも、アンコール・プロジェクトの 27曲から採られている。いずれも耳になじみやすい曲で、その場で売っていた CD もよく売れたことだろう。私もそのうち買ってみよう。

改めてヒラリー・ハーンの優れた音楽性と、現代に生きる音楽家としての明確な姿勢に感銘を受けたわけだが、満場の聴衆もそれは同じであったようで、終演後のサイン会は長蛇の列。疲れも見せずににこやかに応対するハーンであったが、サインは以下のようなもの。名前の下に何か書いてあるようですね。むむ、もしかしてト音記号が横になっているのだろうか???
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あらゆる世界的音楽家がしのぎを削る東京で、またひとりの非凡な才能がツアーを終えた。次回はどんな趣向で楽しませてくれるだろうか。

by yokohama7474 | 2016-06-12 22:21 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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