素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店 (マイク・ファン・ディム監督 / 原題 : The Surprise)

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この映画は予告編を見て少し気になっていたのだが、この「素敵なサプライズ」という邦題にどうもなじめず、結局劇場に足を運ぶことはしないまま日数が経ってしまっていた。何せ都内では 2軒の映画館にしかかかっていない。神奈川では 1軒だけだ。なかなか時間を見つけるのが難しい。ところが、家人が先に見て、これは絶対お薦めだというので、まあそこまで言うなら騙されたと思って見てみるかと、半信半疑ながらも(笑)、重い腰を上げたのであった。

ここで突然話は変わるが、オランダ映画を見たことがある人が、日本にどのくらいいるだろう。かく申す私も、オランダの絵画やオランダのオーケストラなどはこのブログでもあれこれ語って来たものの、また、オランダを舞台にした映画なら幾つか知っているものの、この国で制作された映画となると、一本も思い出すことができない。しかるにこの映画は、その珍しいオランダ映画なのである。なので、若干先走って言ってしまうと、もう少しでこのホンワカラブストーリー系の邦題の雰囲気に騙されて、珍しいオランダ映画の佳作とのめぐり合わせを逸するところであった。人生やはり、周りの人の意見に耳を傾けた方がよい。私がもし、家人の推薦に耳を貸さずに「そんな映画よりも、『64 (ロクヨン) 後編』の方がよい!!」と突っぱねていれば、一生この映画を見ることはなかったかもしれない。あ、もちろん、「64 (ロクヨン)」はひとつの例であって、なんら悪意はないので念のため (悪意どころか、見たかった前編を見損ねて、まさかこれから後編だけ見るわけにも行かず、悔しい思いをしているところ)。

オランダは何度も訪れているし、オランダ人の知り合いもそれなりにいるが、独特の雰囲気がある国だ。新興プロテスタント国として、もともとの支配者であるスペインから 17世紀に世界の覇権を奪取し、多くの埋め立て地を含む平地だけからなる小さな国土でありながら、他国と他国の間に入る貿易によってみるみる富を蓄積した国。しかしながら、やがて産業革命を成し遂げた英国に、あっという間に出し抜かれてしまった国。それゆえ彼らの多くは、今や一小国となってしまった自国の現状を淡々ととらえている一方、経済も文化も自国だけで完結するとは思っていないようで、未だに他国との関係を非常に重視しており、全国民 (かどうか知らないが、ほぼそうだろう) が全く問題なく英語を喋る。日本人のように、自国民同士で他国語で喋ることを気まずく思うこともない人たちだ。文化的には非常に豊かな国であることは、改めて説明するまでもないだろう。
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この映画の冒頭に日本語で、「この映画には数か国語が使われており、一部の言語の字幕には色をつけるなどして違いが分かるようにしています」といった珍しいメッセージが出てくる。どこに色つき字幕が出てくるかを明らかにするとネタバレになってしまうのでここでは伏せるが、これはなかなかシャレた説明である。実際、オランダ語がメインで出来ている映画であるが、舞台となる「奇妙な (旅行) 代理店」はベルギーのブリュッセルにあるという設定であって、英語はもちろん、フランス語やドイツ語、また私には分からないが、もしかするとフラマン語なども使われているのかもしれない (?)。主人公たちが自然に言語をスウィッチする点がまずオランダらしい。

ストーリーは、あるトラウマにとらわれたオランダの中年貴族 (独身男性) が老いた母を看取った後、自殺願望に取りつかれて「奇妙な代理店」にある依頼をするが、同じ「代理店」を起用した女性と意気投合し、生きることの意味に自然に目覚めて行くという展開。おっとそんな書き方をすると、私自身でこの邦題に疑問を呈しておきながら、その邦題の雰囲気と同じように、ホンワカ恋愛物だと思われてしまいますな (笑)。実際のところこの映画は、ホンワカ恋愛物とはほど遠く、大変にブラックな要素に満ち満ちていて、その意味で、映画の流れのセンスは抜群であると思う。例えば冒頭のシーンでは主人公がヘッドフォンでモーツァルトのレクイエムの冒頭部分、「レクイエム・エテルナム (永遠の安息を)」を聴いているが、その隣の大きく立派なベッドでは、彼の母親が実際に死の床に伏しているというブラックぶり。しかも、その母親がすぐに死んでしまうのか否かという点で、その後のシーンではなんとも軽妙な呼吸が描かれているし、人生とは誠にままならぬものだという感覚がよく表現されている。実はモーツァルトのレクイエムは、その後も「代理店」で流れる広告映像の BGM として同じ「レクイエム・エテルナム」が使われているほか、ちょっと息詰まるトラックの暴走のシーンでは、同じ曲の「コンフターティス (呪われし者)」が使われている。その暴走トラックを眺める主人公たちの映像はこちら。実はこの後に切り返しショットが出てくるのだが、ストップモーションでありながら女性の服が風に揺れているという場面は、なんともいいシーンになっている。おっと、またまたホンワカ恋愛物だと誤解される表現だ。
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モーツァルトが出たついでに書いてしまうと、このレクイエムが死への暗い熱情を表すとすると、その反対の、生の躍動を表す音楽は、同じモーツァルトによる有名なディヴェルティメント (喜遊曲) ニ長調K.136の冒頭部分だ。私の大好きなイ・ムジチ合奏団の録音のジャケットをご紹介しておこう。明るい疾走感のある素晴らしい曲。
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よい映画には、忘れられないイメージの断片が多くちりばめられているもの。これはまさにそんな映画である。主人公が衝撃の場面を目撃する断崖のシーンで突然雨が降るのに、その後すぐにあがってしまったり、「代理店」の受付や立派な建物の受付のセキュリティで、複数の言語での呼びかけが必要であったり、広大とはいえ自身の屋敷の敷地内ならともかく、車で移動する主人公がパジャマ姿であったり。
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また、ホテルでドキドキしながら踊りの練習をする主人公のステテコ風の下着の独特な作りが、16世紀ベルギーの画家ブリューゲルの描く農民のはいているものにそっくりだったり。この地方独特の下着なのだろうか。日本ではこれ、売っていないでしょ (笑)。
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それからなんと言っても、執事役のおじいさん (演じるのは 1946年生まれ、ベルギー人のヤン・デクレール) がいい味出している。
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ネタバレになるので詳細は書くことができないが、この人が最後に出てくる場面で描かれる彼の「選択」は、なんとも胸が熱くなるものだ。ここに至るまでの展開もかなり凝っているが、でもその凝り方が嫌味ではなく、なるほどと思わせるものがある。脚本もよく練れているが、それをうまい流れで演出している。

このような優れた映画を撮った監督は誰かというと、ほかでもない (って、本当は初めて聞く名前である) マイク・ファン・ディム。1959年生まれのオランダ人だ。彼の初監督作品は、1997年の「キャラクター / 孤独な人の肖像」という作品で、なんとそれはアカデミー賞外国映画賞を受賞。その後ハリウッドから多くのオファーを受けるが断り (例外として、あのロバート・レッドフォードとブラピ主演の「スパイ・ゲーム」の監督を務めるはずだったが、自分の思うように作れないため降板。トニー・スコットが監督した)、母国オランダで CM を中心に活動を続けてきたという。この映画のプログラムに掲載されているインタビューに面白い言葉がある。

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アカデミー賞受賞後はハリウッドからオファーが殺到しましたが、興味が湧く企画はほとんどありませんでした。(中略) あの頃の経験を振り返ると、ミシュランの星を獲得したのに、ハンバーガーを作れと頼まれたようなものですよ。
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ヨーロッパ人が米国の分業制を皮肉る言葉としては、なかなかに気が利いているではないか。そしてこの作品が、ようやく長編映画の第 2作。世界にはいろいろな才能があるものだ。これは主人公 2人に演技をつける監督。
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このような大変ユニークで優れた映画であったわけであり、見終ってみると、このホンワカな邦題も、まあよいではないかと思われるから不思議だ。監督自らが喩える「ミシュランの星つき」の手腕は、伊達ではありませんね。彼の次回作がいつになるのか分からないが、記憶にとどめておきたい映画であった。

by yokohama7474 | 2016-06-18 01:58 | 映画 | Comments(0)
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