レーピン & 諏訪内 & マイスキー & ルガンスキー (トランス = シベリア芸術祭 in Japan) 2016年 6月18日 サントリーホール

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世の中には夢の共演とか夢の対決とかいう言葉がある。それぞれが高い知名度と独自の世界を持つ天才、英雄、ヒーロー、スターなどが顔を合わせ、火花を散らし、組んずほぐれつ、何か大変なことが起こることへの、抑えられないワクワク感。このブログでもご紹介した、「バットマン vs スーパーマン」とか「キャプテン・アメリカ シビル・ウォー」とか言った、スーパーヒーロー同士の戦いを描いた最近の映画などは、そのような人の心理にうまく働きかけるものであった。もちろん現実世界でも、アントニオ猪木対モハメド・アリ (古いなぁ。アリのご冥福をお祈りする) とか、マイク・タイソン対マイケル・スピンクス (これも充分古い) などもあった。あ、比喩が適当ではないかもしれないが、このブログでは、クラシック音楽に興味のない人たちにも楽しんで頂くことを目標のひとつにしているので、ついつい調子に乗ってしまいました。もちろん、ポピュラー音楽の世界でも、ポール・マッカートニーとエリック・クラプトンとか、もっと言うと USA フォー・アフリカによる "We are the World" とか、日本で言うと五木ひろしと都はるみとか、桑田佳祐と Mr. Children とか、いろんな夢の共演が開かれてきた。

さて、ではそろそろ本題に入ろう (笑)。この記事のタイトルは、上のチラシの文句をそのまま転用していて、クラシック音楽の知識のない方にはチンプンカンプンかもしれないが、これはすごい顔合わせなのだ。つまり、
 ワディム・レーピン : ヴァイオリン
 諏訪内 晶子 : ヴァイオリン
 ミッシャ・マイスキー : チェロ
 ニコライ・ルガンスキー : ピアノ
というこの 4人。世界的な知名度には多少のばらつきはあるかもしれないが、いずれ劣らぬ現代最高の名手たちだ。彼らが一堂に会して演奏するこの機会は、大変貴重なものであり、なんともワクワクする。しかも開催は土曜の夕方。きっとチケットは超高額で、会場のサントリーホールは押すな押すなの超満員、チケットを求める人たちであふれ返っているのだろう。と思ったのだが、実はチケット代はそれぞれのアーティスト個別の演奏会と変わらず、しかも行ってみると会場にはかなりの空席が。一体どうしたことか。

この夢の共演は、実は「トランス = シベリア芸術祭」という、音楽とバレエをメインとするイヴェントの日本版。このイヴェントの芸術監督が、上記メンバーで最初に名前の出ている、ロシア人ヴァイオリニストのワディム・レーピンであるのだ。
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1971年生まれだから今年 45歳になる。だが彼は同い年のピアニスト、エフゲニー・キーシンや、3歳下のヴァイオリニストであるマキシム・ヴェンゲーロフらと同様、少年の頃からソ連 - ロシアの神童として知られていたので、へぇー、もう 40歳半ばかと思ってしまう。昔はちょっと太めで半ズボンをはいた神童であったが、既にごま塩頭の年齢となり、その立ち姿は今ではすっきりとスマートで、名実ともに現代を代表する名ヴァイオリニストとなった。私は知らなかったのだが、彼の出身はシベリアのノヴォシビルスク。その場所で、3年前からトランス = シベリア芸術祭を立ち上げたという。実は今回日本でもこの豪華な演奏会以外にいくつか公演があるのだが、スヴェトラーナ・ザハーロワというバレエダンサーが踊り、レーピンがアンサンブルを率いて伴奏するものが 3回ある。バレエに疎い私はよく知らないが、現代最高のバレリーナであるらしいこのザハーロワは、今のレーピンの奥さんである由。ほぅ、これはこれは。
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この芸術祭は、そのように歴史が浅いものの、さすがレーピンの手腕であろう。既に様々な世界的な音楽家が出演していて、今回の会場であるサントリーホールには、過去の芸術祭での演奏風景の写真パネルがいろいろと展示してある。レーピンと共演するケント・ナガノ。シャルル・デュトワ。今回も出演しているマイスキー。
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さて、これでコンサートの概要はお分かり頂けようが、さて、上記 4人のメンバーを見ると、ヴァイオリンが 2人にチェロにピアノ。ここには 2つの疑問がある。まず、レーピンとともに世界的ヴァイオリストであり、年齢も近い諏訪内が、果たして第 2ヴァイオリンのパートに甘んじるか否かということ。もうひとつ。こんな編成で演奏できる曲目など、全く思いつかない。弦楽四重奏には必ずヴィオラが必要だ。どうなっているのか。・・・ご安心下さい。これらの問題はちゃんと解決されるのだ。まず最初の問題は、レーピンと諏訪内の 2人だけの演奏では、第 1ヴァイオリンと第 2ヴァイオリンが拮抗する曲を選び、それ以外の曲目ではこの 2人のいずれかが第 1ヴァイオリンとなることで、「どちらが上位か」の問題は回避。そして第 2ヴァイオリン奏者とヴィオラ奏者もちゃんと出演する。
 田中杏菜 : ヴァイオリン (1996年生まれの若手でノヴォシビルスクで勉強中)
 アンドレイ・グリチュク : ヴィオラ (名ヴィオラ奏者ユーリ・バシュメットが結成したモスクワ・ソロイスツのメンバー)

さあそうなると、実際には 6人の演奏家が登場するわけだ。一体いかなる曲目だったのか。役割分担がなされ、よく考えられている。
 プロコフィエフ : 2つのヴァイオリンのためのソナタ ハ長調作品56 (レーピン、諏訪内)
 ドヴォルザーク : ピアノ五重奏曲 イ長調作品81 (諏訪内、田中、グリチュク、マイスキー、ルガンスキー)
 チャイコフスキー : ピアノ三重奏曲 イ短調作品50 「偉大な芸術家の思い出に」(レーピン、マイスキー、ルガンスキー)

最初のプロコフィエフは上記の通り、2つのヴァイオリンが拮抗する曲で、一応音域で第 1と第 2があるようには見えたが、技量の差は想定されていないだろう。以前、クレーメルが誰かと演奏した録音を聴いた記憶があるが、まさにクレーメルにはぴったりな、あるときは悪魔的、あるときは瞑想的な曲である。レーピンも諏訪内も、クレーメルのような鋭さよりは朗々と歌うことに持ち味があるが、ここでは非常に切れのよいデュオを見せ、さすがと思わせた。やはり夢の共演、お互いのプライドというものもあるだろう。
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2曲目のドヴォルザークは、一転して郷愁あふれる、いかにもこの作曲家らしい名曲。ここではマイスキーのチェロが素晴らしい。彼は現代においてヨーヨー・マと並ぶ世界最高のチェロ奏者だが、ヨーヨー・マがその流麗で軽々とした表現を得意とするなら、マイスキーは魂の奥に響くような重さを身上とする。ユダヤ系ラトヴィア人で、ソ連時代に強制収容所に入れられた経験も、彼の音楽の表現力の重要な部分を形成しているだろう。
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ピアノのルガンスキーは、以前広上淳一指揮 NHK 交響楽団との協演を記事にしたこともあるが、1972年生まれの長身のピアニスト。日本での知名度はもうひとつかもしれないが、今やロシアのみならず世界的に見ても間違いなくトップクラスのピアニストである。
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彼らの紡ぎ出す音は、抒情的に揺蕩うかと思うと突然走り出す箇所が何度も出てくるこの曲に、大変新鮮な息吹を与えていたものと思う。もしかすると常設の一流弦楽四重奏団とピアニストの共演の方が、さらに密に呼吸を確認しあう演奏になったかもしれないが、世界クラスのソリストたちが集まる夢の共演においては、整理された音よりもむしろ、それぞれの持ち味を聴きたいと思うもの。その意味でもマイスキーが出色であったと思う。弦楽四重奏団のチェリストは、あそこまで上手くないことが多いからね (笑)。

そして後半のチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出に」も、情緒あふれる第 1楽章と、様々な表情を見せる変奏曲の第 2楽章ならなる、素晴らしい名曲。私は、1997年に録音されたこの曲の CD で 26歳のレーピンの演奏を楽しんで来た。せっかくなのでそこに掲載されている写真を載せておこう。若いなぁ。おっ、右側に座っているピアニストは、諏訪内と同じ 1990年にピアノ部門でチャイコフスキーコンクールを制し、「同期」として一時期彼女とデュオを組んでいた、ボリス・ベレゾフスキーではないか。
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それから実演で聴いたこの曲の演奏としては、このマイスキーと、そしてまたまた名前が登場する (笑) クレーメル、そしてアルゲリッチという、これまた究極の 3人の夢の共演が忘れがたい。これぞまさしく、偉大な音楽家たちがそれぞれに異なる個性をぶつからせた、面白い演奏として記憶に残っている。それに比べると今回はまだ、お互いを尊重した (?) 演奏に聴こえたように思う。レーピンのヴァイオリンには艶があるのだが、同時に、うまくほかの奏者とその色合いを合わせるようなところが感じられた。つまり、技巧をひけらかすような雰囲気は微塵もないので、人によっては少し物足りないという気がしたかもしれない。マイスキーのチェロ (ところでこの人はいつもイッセイ・ミヤケデザインの衣装を着るのだが、今回、前半は黒、後半はシルバーであった) はいつも同じく心を揺さぶる情緒的音楽。そしてルガンスキーはと言えば、時に大きな音で流れを支配することもあるが、常に大きい音に終始したアルゲリッチとは異なり (笑)、場面に応じて見事な脇役ぶりだ。結果として、3人がうまく支え合う説得力のある音楽に感動したが、もしかすると、さらに自由にやってもらうと、もっと刺激があったかもなぁとも思ったものである。

さて、是非とも書いておきたいのがアンコールだ。後半の奏者はレーピン、マイスキー、ルガンスキーの 3名であったが、演奏終了後ステージには諏訪内、田中、グリチュクも登場。総勢 6名となった。つまり、第 1ヴァイオリンが 2人になってしまったので、最初の疑問ではないが、こんな編成で演奏できる曲なんて絶対ないだろうと思いきや、ステージではアンコールが始まった。演奏されたのは、フランスのエルネスト・ショーソン作曲、「ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲」の第 2楽章。私はこの曲を知らなかったが、あの詩情あふれる曲を数々書いた (なにせ、代表作は私も大好きな「詩曲」である!!) この作曲家のナイーヴな感性を思わせる抒情的な音楽で、ソロを弾いたレーピンが素晴らしい呼吸で他の奏者たちをリードした。全く音楽の歴史には様々な曲があるものだと感心し、また、これだけのメンバーが一堂に会して奏でる音楽は、やはり特別なものだなぁと実感した。

上述の通り、客席にはかなり空きがあったコンサートで、実にもったいないことだと思ったが、これらの演奏家はそれぞれ単独で充分な集客力を持つことが、逆に作用してしまったのであろうか。確かに、トランス = シベリア芸術祭の引っ越し公演ということなら、次回はこのような夢の共演ではなく、個別の音楽家によるコンサートでもよいかもしれない。ノヴォシビルスクの動物園で生まれたホッキョクグマの赤ちゃんの映像を見つけたが、よく考えると、ここの動物園なら、そのままホッキョクグマが生活できる気温なのだろう。高温多湿の夏がある日本では、そうはいかない。音楽も同じように、日本で日本人の手によるだけではできないことを、是非是非お願いします!!
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by yokohama7474 | 2016-06-19 23:28 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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