シルヴァン・カンブルラン指揮 読売日本交響楽団 (チェロ : ジャン = ギアン・ケラス) 2016年 6月24日 サントリーホール

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つい先週のことである。以前ロンドンで一緒に働いていた英国人から、息子が名門大学を優秀な成績で卒業したと自慢のメールをもらった ("Fatherly Pride" という、いい言葉を初めて知った) ので、「若者は希望だね。英国が EU に残ろうと残るまいと」と、英国風にちょっとブラックな返事をしたのだが、今週私は出張に出ていて、今日 24日に帰国してネットニュースを見ると、なんとなんと、23日の英国の国民投票で EU 離脱派が勝利だと!! この先世界経済はどうなってしまうのか。誰も予測できない領域に入って行ってしまうのであろう。・・・と、文化ブログなのに経済のことなど書いているのは、上に掲げたこのコンサートのポスターに、「神様、教えて。なぜ時は、こんなにも早く過ぎ去ってしまうの?」というコピーが載っているのを見て、EU 発足なんてついこの間と思っていたのに、25年を経ずしてこんな状態になってしまうとは一体なぜだろう、と思ったからだ。だが、このポスターはそもそも一体なんだ。ここで神に語り掛けているらしい若い女性は、今日の演奏会の出演者ではない。実は読売日本交響楽団 (通称「読響」) の演奏会の宣伝は、最近この手のイメージものが多く、それはそれで気を引いて面白い。世界でも東京だけであろうが、コンサート会場では毎回、大量のチラシが配られている。私のようにコンサートにしょっちゅう行っている人間にとって、ほとんどは無用の長物なのだが、丹念に見て行くと新情報も時にはあって、実際、チラシの新情報がほかのどこよりも早いということはかなりあるのだ。そんな中、しばらく前に見た同じコンサートのチラシがこれだ。
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うーん。「聴き逃すな!」とう命令形は、上のチラシの「神様、教えて」という乙女の祈りのような詩的なイメージとは随分違って、なんとも直接的ですなぁ (笑)。でも、この 2種類のチラシの相乗効果によるものか、会場はかなりの大入りであった。曲目はこんなに渋かったのにである。
 ベルリオーズ : 序曲「宗教裁判官」作品3
 デュティユー : チェロ協奏曲「遥かなる遠い世界」(チェロ : ジャン = キアス・ケラス)
 ブルックナー : 交響曲第 3番ニ短調「ワーグナー」(第 3稿)

ここで指揮を務めたのは、この読響を常任指揮者として率いて既に 7年。1948年フランス生まれの名指揮者、シルヴァン・カンブルランである。
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幸か不幸か彼は英国人ではないが、同じ EU の中心メンバーであるフランスの人であるから、今日のニュースにはもちろん無関心でいられるわけもない。だが音楽家とは因果な商売だ。いつどこでどんな曲を演奏するかは何年も前に決まっていて、そのときの精神状態などお構いなしなのだ。いやいやプロたるもの、いついかなる時にも最上の結果を出すべきだ。そして今回もカンブルランは、自らの音楽を見事に貫いたのだ。

最初のベルリオーズの序曲「宗教裁判官」は、ベルリオーズの序曲集アルバムには大抵含まれているが、単独で採り上げられる機会は非常に少ない。作品 3という若い番号が示す通り、作曲者 23歳のときの作品で、完成しなかったオペラの序曲である。ここには様々な表情の音楽が出てきて、いかにも若い作曲者の意気込みを感じるような作品であるが、カンブルランは丁寧に、だが作品の粗削りさはそのままに表現してみせた。爆発的な音量よりはフランスらしい粋なニュアンスが勝っていて、いろいろ寄り道 (?) する音楽も、いかにもベルリオーズらしい楽想を持っているので、聴いていて大変面白かった。

2曲目は、20世紀フランスを代表する作曲家、アンリ・デュティユー (1916 - 2013) のチェロ協奏曲である。日本でそれほど人気のある作曲家ではないと思うが、昔シャルル・ミュンシュが初演して録音もある交響曲第 2番とか、ボストン交響楽団の音楽監督としてミュンシュの後継者にあたる小澤征爾も、「時の影」という作品を委嘱していることが、それなりに知られていよう。超前衛的という作風ではないものの、ただ夢幻的であったりエスプリに富んでいるということでもなく、かなり厳しい音楽であるという印象がある。生没年で分かる通り大変長命であった人で、今年は実は生誕 100年なのだ。これは 2008年、92歳のときの写真。
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このチェロ協奏曲、20世紀チェロの巨人、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの委嘱によって 1970年に書かれたもの。「遥かなる遠い世界」という題名はボードレールの詩集「悪の華」の「髪」という作品から採られたという。早速手元に堀口大學の古い訳を持ってきて見てみると、どうやら以下の引用部分の最後の個所がそれに当たるようだ。

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匂ひの森よ、汝が奥に、
ものうさのアジア洲、火のごときアフリカや、
亡びしとさながらの、在らぬ國、遠つ國、生きたりな!
UNQUOTE

この詩の内容は、床をともにする女性の豊かな髪に触れて恍惚としているというもので、あれ? 厳しい作風という上記の私の評価とはちょっと題材の選択は違うような気がする (笑)。5楽章からなる曲のタイトルのそれぞれ (「謎」「眼差し」「うねり」「鏡」「賛歌」) がボードレールの詩から採られている。チェロは孤独に呟いたり、天空を駆けるような高音域での跳躍を見せたり、非常に多彩な音楽的情景が表されている。ここでチェロ独奏を弾いたのは、1967年生まれのカナダ人、ジャン = キアス・ケラス。名前はそれなりに有名だが、私は今回初めて耳にする。技術的には安定しているのはもちろんだが、大仰な表現を避ける堅実さを感じた。それは、アンコールで演奏したバッハの無伴奏チェロ組曲第 1番の冒頭も同じで、このバッハこそむしろ、「遥かなる遠い世界」と称すべきではなかったか。一見平面的とでも言えそうなくらい流れのよい演奏であったが、何か遠くにある美を見つめている視線を感じた。あ、ポスターの「神様、教えて」のイメージと呼応したものか (笑)。それにしてもこのケラス、年は既に 50近いのだが、アンコールの紹介も一生懸命日本語で喋っていて、なかなかの好青年という感じである。
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そして後半に演奏されたのはブルックナーの 3番。作曲者が憧れのワーグナーにスコアを見せたところ褒められたので、感激してそのワーグナーに献呈されたことから、「ワーグナー」の副題で呼ばれることが多い。何度も改訂されていて、いろいろな版があるが、今回は当初第 2稿での演奏と発表されたが指揮者の希望で第 3稿に変更になったとのこと。カンブルランは読響に着任した当初からマーラーは結構採り上げていて、今月も 5番の演奏があるが (残念ながらそれには行けない)、ブルックナー指揮者のイメージはあまりない。昨年 7番を振ったとのことで、これが未だ 2曲目のブルックナーのようだが、採り上げペースが遅いのは、この作曲家は前任者のスクロヴァチェフスキの得意レパートリーであったことと関係しているのだろうか。だが、今回の 3番は非常にカンブルランらしい鋭さのある演奏で、タイプとしてはスクロヴァチェフスキと似ている面もあると思う。つまり、ドイツ的な重い音楽をズシーンと重く演奏するのではなく、早めのテンポで切れ味よく演奏するタイプだ。私はこの 3番は未だ初期の未熟な作品だと思っていて、音楽が唐突に停まったり、同じ主題が何度も表れて先へ進んで行かないような箇所に、それがブルックナーだと分かっていても、時にイライラするのが常なのだ。しかし今日の演奏はその粗削りな面も含めて大変見通しがよく、指揮者の音作りの志向がはっきり感じられる演奏であったので、大きな充実感を味わった。あ、書いてから気付いたが、これって上に書いたベルリオーズの演奏の感想と同じではないですか!! 読響ではもともと、ザンデルリンクやマズアやレークナーというドイツ系指揮者が、ズシーンと重い音楽を行っていた (加えて、スペイン人のフリューベック・デ・ブルゴスもドイツの血を引く人であった)。それを思うと今回の演奏はまさに新天地。カンブルランをシェフに頂いているだけのことはあろうというものだ。このようなブルックナーであればもっと聴いてみたい。

終演後、指揮者とソリストによるサイン会があった。熱演が終了してからまだそれほど時間が経たないのにカンブルランは、既にオシャレな背広にネクタイ (!) という恰好に着替え、ケラスとフランス語で何やら喋りながら登場。丁寧なサインをしてくれた。ヴァイタリティある人だと思う。
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ケラスもこの通り、今月の別の演奏会でソリストを務めるピアニストの小菅優の紹介欄を侵犯しないように (笑)、きっちりとサインしてくれた。
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このオケの予定を見ると、なんと 7月にも 8月にも定期演奏会を行っている!! 競争の激しい東京の音楽界において、夏休み返上でライヴァルたちに差をつけようという意気込みによるものか。ただ、人間休みも必要です。楽員の皆さん、くれぐれもご無理のないよう!!


by yokohama7474 | 2016-06-24 23:28 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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