887 (作・演出・美術・出演 : ロベール・ルパージュ) 2016年 6月25日 東京芸術劇場プレイハウス

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カナダ、ケベック出身の演出家、1957年生まれのロベール・ルパージュに関しては、昨年 10月18日の記事で、「針とアヘン」という舞台をご紹介した。映像の魔術師と異名を取るルパージュの、文字通り魔術的な手腕に舌を巻いたのも記憶に新しいが、その彼が再度来日し、今度はこの「887」という作品を上演。しかも今回は作・演出だけでなく主演も務めるという。これは必見である。東京では 4回の上演が既に終了してしまったが、次の週末、7/2 (土)、3 (日) の 2日間、新潟のりゅーとぴあでの公演が未だ残っている。もしこの記事をご覧になって興味をお持ちの向きは、是非新潟まで足を延ばしてみてはいかがであろう。それだけの価値はあると思う。あ、飽くまで個人の感想です (笑)。これは東京での会場となった池袋の東京芸術劇場のプレイハウスの入口。
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この芝居のイメージを持って頂くため、冒頭のチラシをご覧頂こう。何やらアパートのような建物のセットの傍らで思いに耽っている様子であるのが、ルパージュ本人だ。実はこのチラシ、右側が開くようになっていて、開いてみるとそこにはこのような写真が。うーむ、ルパージュさん、しゃがみこんで一体何を考えているのやら。
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実はこの作品、昨年世界初演されたばかりで、今回が日本初演であるが、ルパージュ自身の幼年時代を主題にしており、題名の 887 とは、当時ケベック・シティで彼が住んでいたアパートの番地である、「マレー通り 887番地」に由来する。あーなるほど、では題名をあれこれ考えても意味はなく、聞いてみないと分からないですな (笑)。Google Map で位置を指さすルパージュ。
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この作品は (昨年見た「針とアヘン」も、内容はほぼそれに近いものであったが) 一人舞台で、例外的に 2度ほどほかの人物が幻想的にシルエットで現れるのみ。今回はルパージュ自身が一人で自らの幼時について、その頃経験した思いについて、そして世界をどう見ていたかについて、あれこれ喋る。そしてまた、現在の友人との対話まで再現して見せるシーンもある。その間、約 2時間10分。休憩もなく一人で話し通すのであるが、冒頭で、最近の記憶が曖昧で古い記憶の方が鮮明であると自ら語ってみせる割には、この作品のためにそれだけの長いセリフを暗記するとは、矛盾ではないですか (笑)。言語はほとんど英語で、友人との会話のみ彼の日常語であるフランス語になるが、ステージの奥に日本語字幕が出るのである。ちょっとでもセリフに詰まったら終わりではないか!! ただこの点については、ルパージュの右耳に何か詰まっていたので、さすがにそこからプロンプターの音声が流れているのではないかと思う。いやしかし、それだからと言って彼のこの驚異的なセリフの流れに価値がないということは全くない。全く自らの言葉として滔々と喋り続けるその姿と、例によって鮮やかこの上ない舞台上の効果によって、2時間はあっという間である。休憩が入らないのも、流れが続くという意味で大いに賛成したい。これがルパージュさんです。
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まず観客の誰もが感嘆の声を挙げるであろうシーンは、アパートの住民の紹介だ。建物のミニチュアがぐるりと回ると、そこにはアパートの各部屋のベランダが現れ、ルパージュの説明とともに、それぞれの窓に小人のような小さな人影 (や、ある場合には犬の姿) が映って、動き回るのだ。もちろんこれは人形ではなく、事前に撮影した映像を裏から投影しているのであろうが、そのリアルなこと。ネット上でそのような映像を探してもそのものズバリの写真が出てこないが、これがアパートのベランダ側。全部で 8世帯あり、それぞれの窓に「小人」が現れるのである。
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また、この写真 (ベランダ側は向かって右の方の面で、ここでは見えていない) の窓に少し見えている映像で、少しは「小人」をイメージできるかと思う。
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ルパージュの語る近隣の住民像はコミカルでアイロニカルだ。カッコよくて逞しい彼の父はしかし、タクシーの運転手に身をやつしているし、家には認知症の始まった祖母もいて、家族の間には若干の波風がある。その意味では、自身の家庭の情景は大変ノスタルジックに描かれはするけれども、やはりそこもコミカルでアイロニカルな要素を免れないのだ。深夜の窓から父のタクシーを見守る子供。帰ってきて欲しい父親はしかし、煙草をふかしたあとにまた仕事に出掛けてしまう。ほかの家の人が練習しているショパンのピアノの調べの切なさ。このような情景は、誰しも全く同じ経験をするわけではないが、でもなぜ、懐かしく思ってしまうのだろうか。やはり、ルパージュの語りと演出によって、観客はそれぞれが自らの記憶の中に似たような思いをした場面を、自然と探すからではないか。そんなことのできる演出家は、そうそういるものではないだろう。これは書棚 (主人公はケベックの詩人の書いた詩を暗唱する責務を負っていて苦労しているが、その詩人の本をどこに入れるかで話題になる書棚) のひとつひとつの枠が外れて幼時の思い出につながる場面。素晴らしい意外性だ。
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また、現代のルパージュの部屋が出てくるシーンには、壁に縦書きで「縁絆創」と墨書してある掛け軸が下がっているが、一体どういうことか。答えは分からないが、彼は演劇学校時代に日本の伝統演劇を専門に学んでおり、初来日した 1993年には、2週間に亘り昼夜歌舞伎座に通い詰めたらしい。うーん、確かに歌舞伎の舞台転換の見事さには瞠目すべきものがあるが、ルパージュの魔術的手腕のひとつの源が歌舞伎にあるかもしれないと思うと、嬉しくなるではないか。そういうことなら、毎年来日してもらって、同じ演目でもよいから、是非繰り返し彼の作品を日本で見ることができるようにして欲しい。

この作品、人間の孤独と社会の大きな流れの双方に思いを至らせながら、巧まぬユーモアがそこここに溢れている点でも、「針とアヘン」との共通点を感じるが、その後者の方、社会の大きな流れに、ひとつの重点がある。カナダの歴史にはイギリス系とフランス系の争いがもともとあって、ルパージュの生まれたケベック州はフランス語圏であり、最近はいざしらず、以前から独立運動が活発であったことは常識の範囲では知っているが、ここでは、60年代には相当活発な活動を見せた様子が描かれている。1967年にフランスのド・ゴール大統領がモントリオールを訪れてフランス系住民に呼びかけたことで、大きな盛り上がりを見せたらしい。この芝居ではルパージュが小型のカメラでミニチュアを後方画面に大写しにするシーンがいくつかあるが、これは、スピーチに熱狂する人たちの前を、ド・ゴールがリンカーンに乗って通り過ぎるシーン。前後に、ケネディ暗殺シーンや連続殺人鬼の話も出て来るので、何か起こるのではないかとハラハラする。だがド・ゴールは、あのフレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」(フィクションだが) でリアルに描かれている通り、実に 31回も暗殺未遂に遭っているという大物。ここでは何も起こりはしない。
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幻想的なシーンのいくつかの中でとりわけ印象深いのが、神経のニューロンを表したこのシーン。ルパージュは、人間が社会において描き出す悲劇や喜劇もうまく表現するが、人間の内面に巧まずして視覚的に迫って行く手腕も大したものだ。これは一度見たらなかなか忘れないイメージだ。
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ここで、プログラムに記載されているルパージュ自身の言葉を引用しよう。

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この作品は、一つの大義を掲げる大人の意見表明ではありません。これは前思春期の少年の記憶の中への侵入であり、そこではしばしば政治的なことと詩的なことが混ざり合っているのです。
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私が上で述べてきた感想が、作者自身によって裏打ちされているのを知るのは意義深いことである。これは脚本家として、演出家としての彼の度量を示す言葉であろう。是非是非、これからも頻繁に来日して、その魔術を見せつけて欲しい。場合によっては、「ルパージュ劇場」とでも題して、常打ち公演をして頂けないものだろうか。ロベール・ルパージュ、覚えておくべき名前である。

by yokohama7474 | 2016-06-27 00:28 | 演劇 | Comments(0)
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