ダニエーレ・ルスティオーニ指揮 東京交響楽団 (ヴァイオリン : フランチェスカ・デゴ) 2016年 6月26日 サントリーホール

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オーケストラ音楽をあれこれ生で聴いてくると、名匠巨匠ベテランの成熟した演奏会もよいのだが、これからが伸び盛りという若手音楽家の演奏会にも喜びを見出せるものだ。今回の演奏会はまさにそういう機会であった。さてではここで問題です。この人は誰でしょう。
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この若者、今回東京交響楽団 (通称「東響」) にデビューした指揮者なのである。イタリアはミラノ出身のダニエーレ・ルスティオーニ。1983年生まれなので、今年まだ 33歳。指揮者としてはまだまだ駆け出しの年齢だ。だが、既に英国ロイヤル・オペラハウス、バイエルン国立歌劇場、パリ国立オペラなどで指揮をし、今後はチューリヒ歌劇場やメトロポリタン歌劇場でのデビューが決まっているという。そしてなんとなんと、2017年秋からは、大野和士の後任として、名門リヨン国立歌劇場の音楽監督に就任するという。このポストは大野以前にもジョン・エリオット・ガーディナーとかケント・ナガノが務めたという歴史があり、もうそれだけで一流指揮者の証明のようなものである。もちろんオペラだけでなく、オーケストラ指揮でも盛んに活動している。素顔の彼はこのように、俳優でもできそうなイケメンだ。
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実は私もこの指揮者のことをろくに知らなかったのであるが、既に記事で採り上げた今月 11日の鈴木雅明指揮の演奏会で配布されていた今月の東響のコンサートをまとめたプログラムで彼のことを知り、これは是非とも聴きに行きたいと思ったもの。最近の東京のオケでは、各月ごとの演奏会をまとめたプログラムを用意していて、自分が行くもの以外の同じ楽団のコンサートについての情報を得ることができて、大変重宝している。それがなければ今回、このコンサートには行っていなかったに違いない。このルスティオーニはイタリアの若手指揮者三羽烏のひとりに数えられているらしいが、ほかの二人は誰かというと、まず、東京フィルの首席客演指揮者を務めるアンドレア・バッティスティーニ (28歳)、もう一人は、これも名門ボローニャ歌劇場の音楽監督であるミケーレ・マリオッティ (36歳)。なので、このルスティオーニは年齢的には三人の中の真ん中ということになる。

さて今回の曲目は以下の通り。
 グリンカ : 歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
 ショスタコーヴィチ : ヴァイオリン協奏曲第 1番イ短調作品77 (ヴァイオリン : フランチェスカ・デゴ)
 チャイコフスキー : 交響曲第 6番ロ短調作品74「悲愴」

おー、なんとこれは全曲ロシア物ではないか。イタリアの若手指揮者がなにゆえにロシア物? そこには明確な理由があって、このルスティオーニ、2008年と 2009年の 2年間、サンクト・ペテルブルグのミハイロフスキー劇場の首席指揮者を務め、その際に巨匠ユーリ・テミルカーノフ指揮のサンクト・ペテルブルグ・フィルによるロシア物を沢山聴いたらしい。なるほど、それならこのプログラムにも期待が募るというもの。

最初の「ルスランとリュドミラ」序曲は、颯爽と駆け抜けるべき華やかなショー・ピースで、若手指揮者にはふさわしい。だが演奏が始まってみると、その音は意外にも重心の低いもので、雪崩のような音型においては疾走感よりもむしろ迫力が強調されていたと思う。日本のオケたる東響は、早いパッセージも力任せに弾き飛ばすことなく、非常に丁寧に演奏する。ルスティオーニの指揮はそれを煽り立てるのではなく、かなり丁寧な音作りを心がけていたと思う。かといってもったいぶったところは全くなく、若手指揮者ならではの勢いに溢れた演奏であったのである。

そして次の曲目、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第 1番は、1948年に書かれたものの、その暗くて先鋭的な作風から、スターリン死後の 1955年まで初演が叶わなかったもの。非常に陰鬱でありながら、その反動のバカ騒ぎも聴かれる複雑な曲である。ここでヴァイオリンを弾いたのは、やはりイタリア人で、今年まだ 27歳のフランチェスカ・デゴ。
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既に 8年前に (ということは当時まだ十代だ) パガニーニ・コンクールに入賞している。現在ではメジャー・レーベルであるドイツ・グラモフォンと契約していて、昨年はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集をリリースしている。おー、なるほど。これはイタリアを代表する若手指揮者と若手ヴァイオリニストの共演だ。しかもこの二人、実はこんな関係なのである。
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へぇー。若くて才能もあり、加えて見目麗しい二人が夫婦であって、彼らが揃って日本で共演とは、なんとも嬉しい話ではないか。ちなみにルスティオーニは既に 2年前の二期会オペラ「蝶々夫人」で日本デビューを果たしているが、デゴは今回が日本デビューである由。彼女は実は旦那を超えると思われる大変な長身で、ステージ映えがする。そして彼女の弾いたこの陰鬱な協奏曲、歌うべきところは歌い込み、ズンズンと進むべきところは前のめりになるくらい推進力を見せて、大変に聴きごたえのある演奏であった。ただ、もし欲を言うなら、さらに狂気を感じさせるくらいの没入があれはもっとよかったかなとは思ったものである。だがいずれにせよ立派な演奏であり、聴衆の拍手にも満足感が感じられた。そして、ステージの袖でご主人が空いた椅子に座る前で弾き出したアンコール。そこには悪魔的なものがある。うーんこれはパガニーニか。と思ってすぐに気づいたのだが、いやいやパガニーニではなくて、これはイザイだ。無伴奏ソナタの 3番。クレーメルなどもアンコールでよく弾いている強い表現力を求められる曲で、デゴのヴァイオリンはここでは本当に唸りを挙げて見事であった。そしてもう 1曲。今度こそパガニーニだ。24のカプリースの 16番。見事な技巧で聴衆を圧倒した。

そして後半の「悲愴」。以前の記事でも書いたことがあるが、この曲には、最後の最後でドラが弱々しくドワーンと鳴るのであるが、実はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲 1番でもドラが使われている。楽器編成をよく考えられたプログラムなのである (?)。ルスティオーニの「悲愴」は、エキセントリックなところは微塵もない正統派の演奏。だが、弦楽器の編成を見てみると、チェロが 8本だからヴィオラ 10本、第 2ヴァイオリン 12本で、第 1ヴァイオリンは 14本。スタンダードな編成よりも 1プルト (弦楽器セクション各 2人分) 少ない。それでいてコントラバスは、この編成なら本来 6本であるべきところ、7本であった。つまりルスティオーニの意図は、全体の音が濁らない編成で、でも低音だけはロシア音楽らしくしっかり描きたいということではなかったか。彼の指揮はオペラ指揮者らしくよく歌うかというと、必ずしもそうではなく、あまりに情緒的になることは注意深く避けていたように思う。だが第 3楽章の勢いなどは、まさに上り坂の若手指揮者の音楽で、実に爽快であり、その楽章が大音響で終わったあと (1人くらい拍手しかけた人がいたようにも思ったが 笑)、よくあるように続けて演奏するのではなく、一旦指揮棒を置いて一呼吸してから、あの美しくも絶望感に満ちた終楽章に入って行ったのである。世紀の名演ということではないにせよ、東響の献身的な演奏ぶりとともに、聴衆を感動させるには充分な熱演であった。

プログラムに載っている彼の言葉が興味深いのでご紹介する。今回のロシア音楽プロをいかにまとめるべきかについての発言。

QUOTE
私の考えでは、ロシア音楽は 1曲 1曲が丸く調和がとれていなければいけない。ラプソディのように異なる曲のメドレーであってはダメで、全体が混沌としていながら、丸くまとまっている必要があります。
UNQUOTE

おおー。音楽・映画・美術・書物・演劇・旅行と、てんでバラバラの内容をお構いなしに書きつらねる、まさに「ラプソディのように異なる」記事のメドレーであるこのブログを書いている身としては、ロシア音楽への理解に不安が生じる発言であります (笑)。

終演後、指揮者とソリストのサイン会があるというので参加した。素顔の彼らは予想通り本当に明るく爽やかなカップルで、並んだファンたちも穏やかな雰囲気であった。
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若手演奏家たちの輝かしい未来に期待しよう。

by yokohama7474 | 2016-06-28 00:10 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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