教授のおかしな妄想殺人 (ウディ・アレン監督 / 原題 : Irrational Man)

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人間誰しも好き嫌いがある。食べ物、動物、植物、服装、画家、作曲家、あるいはほかの人の性格まで、人それぞれ、好きなものもあれば嫌いなものもある。それは当然のことで、だからこそ人間社会は多様で面白いのである。さてここで私自身の告白なのであるが、最近までウディ・アレンは嫌いな映画監督であった。何やら等身大の人々が出て来て、鬱陶しい話をする。そして監督本人は弱々しく見えるのに、実はモテモテで、ハリウッド女優と結婚したり (名指揮者アンドレ・プレヴィンからミア・ファーローを奪取)、あろうことか自分の養女に手を出したり。自らがユダヤ人であることもうまくネタにして、いい商売をしている。そんな印象であったのだ。
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ところがである。Thank God! 数年前に劇場で「ミッドナイト・イン・パリ」を見て、少なくとも 10回は大きくうなずき、膝をポンと大きく打ったものだ。これは文句なしに面白い映画。いやもちろん私とて、それ以前に「ウディ・アレンの影と霧」や「セレブリティ」は見ていた。だが、彼のその前の代表作の数々、「マンハッタン」「ブロードウェイのダニー・ローズ」「カイロの紫のバラ」等は見ていなかったし、見る気もなかったのである。だが「ミッドナイト・イン・パリ」によって私は前非を悔い、それ以降の彼の映画は必ず見るようになったのだ。遅ればせながら私が最近気づいたことには、ウディ・アレンの映画には紛うことなき人生の真実が、あるときは冗談めかして、またあるときはシリアスに描かれているということだ。そんなことができる監督はそうそういない。そして彼の場合、脚本は必ず彼自身のもの。今日び、それをこのような頻度で続けることができる監督は、世界広しと言えども彼だけであろう。

驚くべき過去の数本の映画に続いて現在公開されているこの映画。例によって奇妙奇天烈な邦題がついているが、原題は極めてシンプルで、"Irrational Man"、つまり「非合理的な男」である。これこそこの映画を語るべき正しい題名。「教授のおかしな愛と青春と追憶の妄想殺人」は明らかにおかしい。あれ? 私は邦題を間違えていますかね。でも、まあそんな感じの邦題であることは間違いない (笑)。いやもちろん、「非合理的な男」では日本語として違和感があるのは事実。だから例えばいっそもっと詩的な邦題にしてはいかがか。例えば、「非合理教授の非合理殺人」とか。あるいは「He is ヒー合理」とか。「素敵な愛と青春と追憶」よりはよいと思いますが。

ま、私はこの映画の日本における興行成績の責任があるわけではないので、邦題はひとまずおいて、映画の中身について語ろう。邦題にある通り、これは大学教授が殺人を犯す映画。その教授が非合理的な人なのである。演じるのは今年 42歳になるホアキン・フェニックス。23歳で夭逝した天才俳優、リヴァー・フェニックスの弟という紹介はもう古いだろうか。
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彼の演じる大学教授は、哲学を専攻し、人生に倦んだ人。複数の女性から言い寄られるのだが、生きる意味を見失っている彼には、すべて空しいこと。そう、彼があるきっかけで生きる意味を見出すまでは。ある種の狂気をはらんだ教授像はニヒル (もう死語?) なものであり、ある意味で、多くの男が理想とするところだろう。なにせ彼は、死の衝動に駆られて、酔狂でロシアン・ルーレットまでしてしまうのである。
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そのような「おかしな教授」に惚れる学生を演じるのは、エマ・ストーン。「アメイジング・スパイダーマン」シリーズのヒロイン役に続き、「バードマン」、そしてウディ・アレンの前作「マジック・イン・ムーンライト」にも出演。新たなウディ・アレン・ファミリーだ。
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聞くところによると、ウディ・アレンは彼女のことを「知性がにじみ出ている」と大絶賛。うーん、このオジサンの前科 (?) を知っていると、今年まだ 28歳のエマも、なにがしかのアレン・マジックに囚われているのではないかと心配になってくる。大丈夫かね、これ。
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あ、いや、私が心配しようと何しようと、全くどうでもよいのですがね (笑)。ともあれ、前作の彼女も素晴らしかったが、ここでも非常にのびやかに等身大の女性を演じている。つまり、エキセントリックな男に惹かれて常識的な男をふるが、いざそのエキセントリックな男が本当にエキセントリックな行動を取ると急に怖気づき、もとの男のもとに戻ろうとする。だが待て。この映画のコンテクストからは、教授をして妄想殺人に走らせたのは、実は無意識のうちにこの女性が背中を押したからではないのか。男の行動は非合理的かもしれないが、少なくとも正義感に基づくものであり、そのきっかけを作ったのはほかでもない、この女であるのだ。ウディ・アレンが飽くことなく描いてきた男と女の奇妙な力関係がここにも明確に表れている。そうなのだ。非合理的なのは男だけではない。女もそうであって、ただ女の方が逞しいので、男のようなバカなのめり込みはしないということだろう。

ただ、全体の印象としてこの映画は、過去何本かのウディ・アレンの作品に比べれば感銘度は低いようにも思う。ホアキン・フェニックス演じる主役が最後に経験する悲劇は、限りなく喜劇に近いもので、その意味ではそこに描かれた人生の真実には抜き差しならないものがある。だが、できればもう一歩、とぼけた味わいとリアリティが欲しかった。つまり、主役の教授がエキセントリックに描かれている分、観客の感情移入もそれほど高まらない可能性があると思うのだ。

ともあれ、ウディ・アレンは昨年 80歳 (!) になった。もしまだエマ・ストーンを口説く意欲があるなら素晴らしいことだ (私の思い込みならスミマセン)。こうなったら世界中の男の羨望を一身に受け、力尽きて倒れるまで、面白い映画を撮って欲しい。こらこら、真面目な顔するでない (笑)。
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by yokohama7474 | 2016-06-28 23:01 | 映画 | Comments(0)